1・???
お待ちかね(?)元凶の末路です。短いです。
残酷表現注意。
「━━━━!」
あまりの悪夢に、目覚めた私━━第六代モニクス伯爵は勢いよくベッドから起き上がる。
「……夢、か。目が覚めてよかった……」
あまりにも有り得ない内容を思い返し、悪寒に震える体をなだめるため腕をさする。
━━代々守り抜いてきた家が破産し、爵位と領地は国に没収され、無一文で平民に落とされたその絶望。
実に生々しいそれは、夢から覚めた今でもまだ、体と心を苛んでいる。
「おまけにこの私が、裏カジノの下働きだと……? 馬鹿な。そんなことになるはずがない」
そうだ。由緒正しいモニクス伯爵家当主たる自分が、よりにもよって並の平民にも劣るような、忌々しくも情けない立場に成り果てるなど……万が一、破産の憂き目に遭ったとしても、あっていいはずがないのだ。
「爵位返上? 領地没収? 冗談ではない。━━もしもそのような事態になったとしたら、私は即座に自害するさ」
そうあるべきだ。私は誇り高きモニクス伯爵家の、当代当主なのだから。
自らに言い聞かせたことでほっとし、周囲を見回す。
━━そして、愕然とした。
今いるのは、モニクス邸の壮麗な寝室ではない。
どことも知れない、寂れた安宿━━いや、それにも遥かに劣る、今にも崩れ落ちてきそうなボロボロの壁と申し訳程度の家具しかない、物置にもならぬほど狭い部屋で。
よく見れば今いるベッドも、ふかふかで最高に寝心地のいい自邸のものにはほど遠い、すえた臭いのする、「シーツを替える」という概念すら置き忘れたような代物でしかない。
「……ここ、は……私は何故、こんなところに……!?」
混乱の極みに達しながらも、怒涛のように忌まわしい記憶が蘇る。
━━そうだ。私はもう、貴族ではない。伯爵どころかモニクスの家名も名乗れない、ただの平民に成り果てて……
突きつけられた現実を消化できずにいる私の耳に、ノックもなくドアが乱暴に開く音が届いた。
「まだ寝てんのかよおっさん! 今何時だと思ってんだ、さっさと起きやがれ! 仕事は待っちゃくれねえんだぞ!?」
聞いたこともなければ聞きたくもないほど粗暴な声と口調に、そちらを睨みつけると、容赦の欠片もない蹴りが飛んできた。
「がっ……!? き、貴様……! 平民の分際で、モニクス家の当主だった私に何たる真似を……!!」
「あー、またそれかよおっさん。ほんっと毎朝毎朝飽きねえな。お貴族サマごっこをしたけりゃ、仕事に影響しねえ範囲でやれっつうの」
パン、パンと手に持った鞭を逆の手のひらに叩きつけながら、二十歳手前とおぼしき黒髪の少年は酷く冷ややかに、無礼にもこちらを見下ろして━━見下してくる。
「大体あんた、うちの姐さん━━ボスの情婦に手ぇ出したんだぜ? 普通なら指の二つや三つ詰められるってのに、五体満足でいられるだけ感謝しろってもんなのによお。ま、借金返済のためってのもあるんだろうが━━」
そこまで言って、少年はいいことを思いついたとでも言いたげに、身なりの割には意外なほど整っている顔をにやりと歪めてみせた。
「つってもまあ、よく考えりゃあ別にあんた、指がいくつも要る仕事してねえんだよな? つうか指あったってミスばっかだしよ。だったらいっそ……なあ?」
言いながら、ゆっくりと懐から折り畳みナイフを取り出し、ちゃきんと光る刃を見せつけてくる。
それはそれは切れ味の良さそうな有り様に、顔から血の気が引くのを嫌でも自覚した。
「や、やめろ! やめてくれ……頼む! 嫌だ!」
「だーいじょうぶ。おとなしくしてりゃあすーぐ終わるからさ。利き手じゃねえ方にしてやるし」
この上なく楽しそうにしながらも、腕を掴んでくる力は恐ろしいほどで。
「じゃあいくぞー。はい、一本目ー」
「━━━━っ、ぎゃああああああ!」
……そうして私は、左手の指のほとんどを失うこととなった。
翌日から、朝のルーティンにそれまでとは別のことが加わる。
毎朝同じように悪夢を見て同じように目覚め、同じように室内を確認してから悪夢は現実だと悟る。それから失くした指を見て、絶望のどん底に突き落とされるのだ。
そしてそれは、一年余りが経ち、カジノの金を盗もうとした私が見せしめで殺される日まで続く。
繰り返し、繰り返し━━
エピローグその1は全ての元凶である父親でした。
毎日同じ悪夢を見て同じことを繰り返す、疑似ループのような状況に陥ることになった元伯爵。妻も似たようなことになっていそうですね。
こんな目に遭っても金を盗んで逃げようとする意欲を持てるほど正気を保てていたのは、果たして凄いのか哀れなのか。
設定としては、爵位と領地が国に没収されているので、本編と1周目ループ軸の話となっております。ただ2周目と3周目でも、この父親の境遇には何ら変化はありません。破産に至るまでの経緯が若干違うだけなので。
見ての通りこの父親、後悔……はしてるかもしれませんが、反省や娘たちへの罪悪感は皆無です。なので死後もまあ、しかるべき所へ行くんだと思われます。




