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傲慢の末路  作者:
続編〜ループ2周目
13/19

②ー4・クロディーヌ

「レイナスお兄様。ディント男爵家の方々について何かご存知ですか?」

「ああ、我が家の大切な薔薇を枯らそうとした悪い妖精(アンシーリーコート)の嫁ぎ先か」


 ウォルサル邸の執務室にて。

 レイナスお兄様の書類仕事が一段落するタイミングを見計らって顔を出せば、お兄様はほぼ予想通りに机の脇に立って伸びをしていた。

 軽い調子で歓迎してくれた長兄に労りの言葉をかけてから本題に入ると、無駄に洒落た言い回しがすぐに返ってくる。わたくしよりも早く新聞で見たのか、別の情報網で既に知っていたかのどちらなのかは分からないけれど。


 促されるまま休憩スペースのソファの一つに座り、テーブルを挟んで正面に腰を下ろしたお兄様と話を続ける。


「まだ悪意のあるそちらの方がマシですわね。あの妖精姫は、リーゼお姉様に対する悪意を全く持っていないので逆に厄介なのですわ。『妹なら姉に際限なく甘えても問題ない、むしろ遠慮せず存分に甘えるべき』という大変幸せな考えの持ち主ではあるようですけれど」

「それでリーゼを不幸にしていたのだから世話がない。両親が際限なく甘やかしたせいだろうが、だからと言って罪は罪だ。それに対する罰が、結果としてはその元凶にも与えられる羽目になったのは、ある意味で製造責任を果たしたということかもしれないな」

「あら。つまり先代ディント男爵は、不穏な企みのためにアリス嬢を娶ったということですの?」


 意味深な台詞を追及すると、実際の王子殿下にも劣らぬレベルで王子様らしい容姿を彩る形のいい唇が、実に悪い魅力を宿して不敵に歪む。

 銀髪に金色の瞳というお父様譲りの色合いはソリュードお兄様と同じだけれども、顔のつくりもお父様に似ている次兄と違って、レイナスお兄様は実のお母様によく似ているらしい。亡きお母様は五代前の国王の血を引いていて、ウォルサル家にも過去二度ほど王女が降嫁した例があるのだから、二人の息子であるレイナスお兄様が王族もかくやという容貌とカリスマの持ち主になったのも納得はできる。同母弟のソリュードお兄様もカリスマはあるが、ウォルサル由来の武人100%のそれなので種類が違う。どちらが好ましいかは人それぞれだが。


「はっきり言ってしまうと、今のモニクス家に恩を売ろうとする貴族は、伯爵位目当ての下位貴族が十割と言って差し支えない。妖精姫に縁談を持ち込んだのもそんな連中ばかりで、いずれも当主の娘婿という立場を足がかりに、伯爵位と領地を手に入れようとしているというわけだ。浪費と評判を落とすことしかしない現伯爵一家を負債ごと切り離してしまえば、豊かなモニクス領は金の鉱脈に等しいから。

 先代ディント男爵に関しては、引退こそしたが仕事面は十分に有能で、信用も信頼もできると断言しておこうか」

「『仕事面()有能』ということは、それ以外のプライベートに問題があると?」

「まずいくら独身男性であっても年齢が六十代という時点で、十六歳の少女の結婚相手になるのは普通は有り得ない。この件は伯爵位と領地が絡んでいるから普通とは言えないにせよ、それでも年齢の近い孫息子がいるんだから、そちらとアリス嬢を縁付けるのが真っ当な考えだろう。にもかかわらず、わざわざ自らアリス嬢を娶るということはつまり、()()()()()()()の持ち主だってことさ」

「ああ……単純な女好きか少女愛者(ロリコン)のどちらかということですわね」

「一応女好きの方だそうだよ。仮に後者だとしても、大枚を借りているモニクス伯爵にはどうでもいいことなんだろうがね」


 口調は軽いがどこか複雑そうな表情になるレイナスお兄様。実際に幼い娘がいる父親としては、そんな反応になるのも無理はない。どんな理由があれ、可愛い娘を女好きの年寄りに喜んで差し出す気になど、自分は決してなれないということだから。


「わたくしが現男爵一家でしたら、伯爵位が伴っているとしても、先代のそんな縁談は受け入れがたいですわ」

「誰でもそうだろう。だがディント家は代々商売に長ける家だし、先代男爵は一線を退いていて今は金融関係の統括にしか関与していない。そういった点と諸々の損得を弾いた結果、アリス嬢を娶ることによる得が上回ったということなんだと思うよ」

「生臭い話ですわね……それでもモニクスの家名はともかく、領地をしっかり繁栄させてくださるなら、第三者のわたくしとしては文句はございませんけれども」

「そこは抜け目なくやってくれるだろう。少なくともリーゼが心配せずにいられる程度にはね」

「お兄様が断言してくださるのは心強いですわ。……ただそれはそれとして、今後社交界でディント家の方々とお会いすることになったら、先代ご夫妻のことが頭をちらつきそうで困ると言いますか……」

「それは仕方ないな。いい訓練と思って頑張れ」

「他人事だと思って軽く言わないでくださいませ」


 あまりにもあっさり言ってくれるお兄様を、わたくしは思わず睨み付けてしまったのだった。




 ━━数ヶ月後。無事にデビュタントを終えたわたくしの耳には、モニクス家とディント家の話があれこれ入ってくる。


 ソリュードお兄様の暗躍による美人局(つつもたせ)にまんまと引っ掛かったモニクス伯爵は、縁続きになったディント商会から愛人への贈り物を次々に購入しているらしい。もっとも購入とは名ばかりで、「伯爵が気に入った商品として宣伝できるだろう? その宣伝費と代金を相殺すればいい」とおかしな理屈をこねて品物を持っていくのだとか。

 勿論ディント商会はそんな言い分は右から左で、援助費用と言う名の貸付金の額に代金分を上乗せしている。伯爵の一方的な提案は正式な書類を交わしていないので、いつか気づいた彼が抗議してきてもどうとでもなるということだろう。

 結果として、愛人とディント家が協力して伯爵の資産を容赦なく削り取るような形になっている。その事実にもしかして……と思ったわたくしは、ディント家にもソリュードお兄様が協力を依頼しているのかと思い、直接尋ねてみることにした。


「ソリュードお兄様。ディント家か商会の中枢部には、お兄様の()()()がいらっしゃいますの?」

「いや、俺は顔見知り程度でしかない。ただ、それなりの規模の商会を運営していれば裏社会との縁は少なからずあるだろうから、俺の友人の友人ではあるんじゃないか? それに加えて、ディント家には兄上の方からも何かしらのアドバイスがあったかもしれないな」

「あら」

「まあ……レイナス様のお手まで煩わせてしまうなんて。後でお詫びをしなければいけませんわね」


 少し考えれば有り得ないことでもないのに、レイナスお兄様の介入の可能性は頭になかった。「仕事面は信用も信頼もできる」と断言していた以上、少なくとも仕事上の繋がりはお兄様とディント家にはあるということなのだから。

 レイナスお兄様はどちらかと言うと、わたくしたち弟妹がやりすぎないように歯止め役になることが多かったので、ソリュードお兄様の企みに便乗するとは思っていなかった。つまりはそれだけモニクス家の所業に憤っているということなのだけれど、リーゼお姉様は罪悪感を覚えているようだ。


 そんなお姉様の左肩を、ソリュードお兄様がそっと抱く。


「あくまでも可能性の話だから、そこまで気にしなくてもいい。それにもしそれが事実だとしても、兄上のことだから『少しばかり口を挟んだだけだよ』と笑って言うだろうさ。ディント家の方から、モニクス家と縁がないでもない兄上に仕事上の縁で相談をしただけかもしれないしな。実際伯爵も、相手は格下の男爵家で娘婿だからと図に乗りすぎているようだし」

「それは聞いていますけれど……どうして望んで縁を結んだ相手に、そこまで傍若無人な振る舞いができるのかしら」


 ほう……と、嘆いているのか呆れているのか判別できない溜め息をつくお姉様。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を理解している者が、元家族の中には誰もいないのだ。その現実を改めて突きつけられる羽目になったのだから無理もない。


 先代ディント男爵夫人となったアリス嬢は、夫が引退済みということもあり、社交シーズンでも特に王都に出てくることなく領地にいるらしい。噂では溺愛してくる夫と蜜月を過ごしているとも、祖父並みの年齢の夫を泣いて嫌がり部屋に閉じ籠っているとも言われており、どちらが真実なのかは誰も掴めていなかった。ソリュードお兄様とリーゼお姉様以外は。


「泣いて嫌がって閉じ籠るのを許してくれているだけ、先代ディント男爵もある意味では優しいと言えますわね」

「だな。ただ実際のところ、先代男爵は個人資産だけでも唸るほどあるわけだし、嫌がる妻に無理強いするより他の女性たちと金で楽しい時間を過ごす方が有意義なんだろう。伯爵位のことがあるから離縁しないだけなんだろうな」


 一時期は日課のように届いていたアリス嬢改めアリス夫人からの手紙に目を通しながら、お姉様とお兄様はそんなことを言う。ディント家に言えば手紙を止めさせることも容易いけれども、夫人の現状把握にも役立ってはいるのであえて拒まずそのままにしているとのことだった。それでもこのところはどういうわけか、届く頻度はかなり低くなっているらしいけれど。

 引き籠っている間の食費等は勿論、謝罪と泣き言満載のその手紙に伴う便箋やインク、送料もまたディント家負担であるということに、彼女はようやく気づいたのかもしれない。もしくはお姉様からの返事が全くないという現実をようやく受け入れたのか。


「なしのつぶてのリーゼお姉様に手紙を書くより、素直に『大好きなお父様とお母様』に助けを求める方がよっぽど建設的だということを悟った可能性もありますかしら。その父親が愛人しか目に入っていないことは、アリス夫人はまだ知らないのでしょうし」

「既に求めて断られたんじゃないか? むしろ伯爵夫人の方がそのうち、愛人に夢中の夫のことで愚痴満載の手紙を娘に送り始めても俺は驚かないぞ」

「色々と最悪すぎますわね……」


 流石に頭痛を覚えてこめかみを押さえる。

 一方のリーゼお姉様はと言うと、さしてためらうことなく素直にソリュードお兄様にもたれかかっていた。夫婦仲がよろしくて何より。

 よしよしと優しく髪を撫でられながらお姉様が口を開く。


「伺った限り、伯爵の頭からは領地のことは完全に消え去ってしまっているようですし……この際ディント家には、早急に伯爵位を手にしていただいた方が領民のためになると思えてしまいますわ」

「遠からずそうなるだろう。我が親愛なる友人によると、伯爵の負債額はとうに危険水域に達しているらしいからな。ようやく自覚してきたらしい伯爵は援助額を増やしてもらうよう男爵に頼んだが、担保も何もなしで出せる金額じゃない。となれば担保となり得る物を提示するか、潔く諦めるかだが」


 どう思う? とばかりに視線をよこすお兄様だが、これほど簡単な二択もない。


「今更あの伯爵が後者を選ぼうものなら、南部辺境全域に豪雪が降りますわよ。要は担保として伯爵位が提示され、男爵家と商会が了承したということでしょう?」

「その通り。つまり、他にそれだけの価値に値するものは、もうモニクス家には存在しないってことになる」

「本人は知らないでしょうけれど、アリスが家に残していった宝石類やドレスは、もう綺麗さっぱり売り払われたそうなの。伯爵はモニクス夫人の物も根こそぎ売り払おうとしていて、最初は素直に説得されて差し出していた夫人も、今では要求されるたびに大喧嘩を繰り広げているらしいわ。当然ね」

「それはそれは……真実の愛も運命の恋も雲散霧消する様子が目に見えるようですわ」


 被害の及ばないところから夫婦喧嘩を見物したい気もするけれども、それに費やす時間が勿体ないとも思う。

 モニクス伯爵夫妻の破綻はもう間もなくだとして、その娘は果たしてどうなることやら。


「当然ながらアリス夫人は、そんなことは知らないのですわよね?」

「少なくとも手紙から分かる範囲では興味すらなさそうよ。私へのこれまでの謝罪と、『あんなお爺さんと夫婦でいるなんて嫌です』という愚痴がメインなのは基本的に変わらないから。名ばかりでも屋敷の女主人だからということで、半強制的に教育も受けさせられているようだけれど。手紙の文字がだんだん綺麗になっているところからして、それなりに身についてはいるようだわ」

「……それもまた、何とも言えませんわね……」


 モニクス家の当主教育に比べると、異例の速さで学べているのは何よりだ。それだけ教師たちが有能なのか、お姉様やお兄様に直接説教されたことが効いているのか……どちらでも構わないけれど、後者も何割かあればいいと切に思う。


「白い結婚のまま養ってもらえてる上に役に立つあれこれを学べる環境を与えられてるとなると、本来は感謝すべきだと思うんだが……白くても女好きの老人と結婚してる事実自体が嫌すぎて、他のことは意識する余裕がないってところか」

「そこだけは分からなくもありませんわ」


 肩をすくめるソリュードお兄様の言い分はもっともなのでわたくしも同意した、


「とは言え、今後ディント家が伯爵位を正式に手に入れるのは、時期の差はあれ確定したと見ていい。問題はその後のアリス夫人の処遇だ。普通に考えるなら、離縁されてそのまま放り出されるのが最有力か」

「アリスはもともと平民育ちですし、そのままそちらの生活に戻れるならむしろ幸せだと思いますわ」


 姿勢を戻したリーゼお姉様は、いつものように優雅に紅茶を飲みつつ穏やかに言った。


「平民に戻ったところで、彼女のリーゼへの執着が消えるとも思えないがな。放り出された時にどれだけ手切れ金を持たされるかで行動が決まりそうだ」

「乗り合い馬車か何かでまた南部辺境(こちら)に来かねない、ということですの? あまりにもしつこすぎて、彼女の顔を見た瞬間にビンタをしたくなりそうですわ、わたくし」

「……気持ちは物凄く分かるが、流石に実行には移すなよ、クロディーヌ」


 最後に会った時には、ソリュードお兄様の殺気で気絶したはずなのによくもまあ……とは思うものの、喉元過ぎて熱さを忘れたのなら確かにそんな行動にもなるだろう。アリス嬢なのだし。

 想像して呆れているわたくしとは対照的に、リーゼお姉様はとても冷静だった。


「仮にこちらに来ることができたとしても、平民となった以上、貴族であるわたくしに会うことは不可能だというくらいはアリスも理解していると思うのです。ですのであるとすれば、ウォルサル領かフェルダ領内の町に住み着いて働き始めるという流れかと。居場所さえ分かれば監視も対処も容易いでしょうし、わたくしも気楽に過ごせますわ。色々な意味で」

「そうか……? こう言うのは何だが、それはリーゼの感覚が麻痺してるだけだと思うぞ」

「同感ですわ、お姉様。今後お姉様が身籠られた場合、領内は勿論のことウォルサルにも話は広まるでしょうし、住み着いた彼女がそれを聞きつけたらどんな行動に及ぶか分かりませんのよ?」

「……身籠る……」


 ぽっとお姉様の顔が赤らむ。それはそれでとても可愛らしいけれども、実際妊婦はデリケートなので気をつけなくてはいけない。まだ先の話とは言うなかれ。双子の弟たちがお腹にいた頃のお母様は色々と大変だったのを、ソリュードお兄様もわたくしもよく覚えているし、新婚のリーゼお姉様はいつその兆しがあっても何らおかしくはないのだから。

 現にソリュードお兄様は、恥じらう新妻に触れたくてうずうずしているご様子。まだわたくしがいるので我慢してくださいな。


「何にせよ、アリス夫人の動向は注意しておくべきですわね。そこまで注視する必要はないにしても、ディント家と繋がりのあるレイナスお兄様にはわたくしから連絡を入れておきますわ」

「ああ。頼む」


 そんなやりとりの後、もう休む時間だからと席を外したわたくしは、寝室へ戻りながら考えにふける。


「……一応、アリス夫人が受けている教育内容についても探ってもらうべきかも」


 それによって彼女の今後の選択肢は数倍にも増える可能性がある。無論どの程度身に付くかにもよるけれども。

 場合によってはそれこそ、どこかの侍女にでもなってフェルダ領やウォルサル領に主人と同行してくる恐れも有り得なくはない。

 更にもしかしたら━━教育を受けたことがいい方向に転がって、本当にアリス夫人の意識改革にもなってくれればそれに越したことはないのだが。


「希望の持ちすぎかしら?」


 はてさて、どうなることやら━━




ウォルサル家の兄弟が出てきたので整理がてら紹介しておきます。年齢は本編開始時。


長男レイナス(23)次期辺境伯。妻と三人の子持ち

次男ソリュード(21)現フェルダ子爵

長女クロディーヌ(14)

三男ダニエル(8)

四男ドミニク(8)


上二人が先妻の子で、下三人は現ウォルサル夫人の子供です。

レイナスの長男は三歳なので、ダニエルとドミニクの双子は兄や姉より甥っ子との方が年が近いです。たぶんしょっちゅう甥っ子たちと遊んでくれてる叔父さんたち。ソリュードとリーゼロッテの子供の面倒もよく見てくれそう。

ちなみにレイナスの下の子たち(長女・次男)も双子設定。ウォルサル家は双子家系っぽいですね。

将来的にクロディーヌはフォルテス家に嫁ぎますが、そちらの現当主ランベルトも双子なので、双子家系同士の結びつきになるな……クロディーヌの子供にも双子が普通にいるかもしれません。

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