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傲慢の末路  作者:
続編〜ループ2周目
10/19

②ー1・アリス

ループ二周目開始。

一周目でアラフォーまで生きたこともあり、割と落ち着いているアリスです。

とは言え、ずっとそうであるとは限りませんが。

『━━大丈夫よ、アリス。旦那様と私は、貴女の両親であり家族。家族を愛さない人なんてこの世にはいないわ』


 ふと蘇る、お母様の声。

 それは小さい頃の懐かしい記憶か、それとも━━




「……わぁ……!」


 フェルダ子爵のお膝元、高台に位置するお城の(ふもと)に広がる街並みは、その宿す活気が率先して、初めて訪れる者を大歓迎してくれる。

 規模では王都に敵うわけもないのに、集う人々の醸し出す空気は、勝るとも劣らないほど熱く目映(まばゆ)い。


 ……そう言えば、初めて辺境を訪れた時━━私の感覚上はともかく、本来の時間経過で言えば二日前、フレッド様はこう言っていた。


『領主の手腕は、領地の中心地と外縁部の二ヶ所を見れば、ある程度は推測できるものだけれど。その点で言うとウォルサル辺境伯は、実に優れた手腕をお持ちのようだね』


 国の防衛のお役目もあるのに大した御方だ、という言葉は、お姉様やソリュード様のことで頭をいっぱいにしていた私には、ろくに響きもしなかったけれど。


 少なくともその点で言うと、領主としてのソリュード様は、父親の辺境伯閣下と似たような能力なのかもしれない。


(……私がもっと真面目に勉強をしていれば、『しれない』で留まらずに自分判断ができたのかしら)


 でも実際は、他人の言葉による推量しかできない、頼りないと言うのもおこがましい存在のくせに、私はお姉様の次期当主としての立場を奪ったのだ。

 ……長いこと領主の地位にあるお父様でも、モニクス家の破産を止められなかったのだから、経験は勿論、知識すらもほとんどない私が、このまま跡継ぎでいることなどあっていいはずがない。


『クライトン殿と別れた君にとって、その立場はとうに要らなくなった、最早大事でも何でもない代物だろう?』


 ……確かに前回、私がお姉様に次期当主の座を返そうとした時は、ソリュード様の言う通りの意識だったかもしれない。

 けれど今は違う。このまま行けばモニクス家が破産の憂き目を見ることを、私は知っているのだから。


 ソリュード様やフレッド様のことはもういい。

 体感で言えば二十年以上、色恋沙汰から遠ざかっていただけでなく、すっかり平民の生活に浸かっていた私はもう、貴族であるお二人に関わるべき存在ではないと自覚している。

 だから、私がお姉様に帰ってきてほしいのは、純粋に伯爵家と家族のためだ。

 意図的だろうとそうでなかろうと、私やお父様に酷く傷つけられていたお姉様が、頼る先があるにも関わらずずっとモニクス邸にいてくださったのは、伯爵家と家族への情があったからに違いない。

 それほどお優しいお姉様なら、実家に破産の未来が待ち受けていると知れば、きっとすぐに帰ってきて力を尽くしてくださるだろう。お父様とお姉様が協力すれば、モニクス家の状況は確実に改善に向かうだろうし、お父様もお姉様を見直してきちんと尊重するようになって、全てが収まるべきところに収まるはずだ。

 そして落ち着いてからならいずれ、私もお姉様と二人、ゆっくりとお話をする機会が持てるに違いない。伯爵家の立て直しが終わるまでに、場合によっては年単位がかかる可能性はあるけれど、そのくらいなら私は余裕で待てる。クロディーヌ様のブレスレットのために、二十年あまりを費やした実績があるのだから。


 これまでの二度とは桁違いの決意を固め、私はウォルサル家の馬車から降り立ち、街中へと足を踏み出した。

 前回、お姉様の姿さえ見られなかった私は、出発時刻こそ同じだけれど、向かうルートを変えて街道を通ってフェルダ邸に向かってもらったのだ。それで到着日が一日遅れるので、疲れが回復したお姉様に会える可能性が高いと考えたから。

 それに、クロディーヌ様の口ぶりからすると、お姉様は彼女と一緒に街にお出かけすることが多いらしい。なので、運が良ければ屋敷ではなくここで会えるかもしれないと思い、こうして街を歩いているのだが。


「……ワンピースに着替えて、悪目立ちしなくなったのはいいけれど……お姉様に会うことを考えると失敗だったかしら。お姉様を(ここ)で見つけられたとしても、内容が内容だから、フェルダ邸に移動して話さなければいけなくなるでしょうし」


 装いそのものには何の抵抗もない。ただそれは、すっかり平民生活に慣れてしまった私の感覚でのことであって、生粋の貴族であるお姉様やソリュード様、それにクロディーヌ様が、私の姿に眉をひそめる可能性はそれなりに高いと思う。

 お姉様はお優しいから別として、前回私を追い出そうとしてきたご兄妹は、ここぞとばかりに締め出そうとしてくるのでは━━と、考えていた時だった。


「ありがとう、ルーナ。嬉しいわ。とても綺麗で繊細な刺繍で、使うのが勿体なくなってしまいそう」

「本当ですわね、お姉様。ルーナが器用なことは知っていたけれど、こんなに見事な刺繍ができるなんて凄いわ。そうだわお姉様、例の侍女の件ですけれどルーナに頼むのは如何でしょう?」


 さして大きな声でもないのにとてもよく通る、耳に心地よい聞き覚えのある声。

 けれどその声が紡ぐ言葉には、聞いたことがないほど朗らかで優しい響きが宿っていて。

 半信半疑でそちらを振り向けば、十歳くらいの少女と目線を合わせるように身を屈めて、彼女に目映い微笑を向けている最愛のお姉様━━リーゼロッテ・モニクス伯爵令嬢の姿があった。


「…………」


 間違いない。私が誰よりもお慕いしているお姉様を見間違うわけなどない。

 そう確信しているのに、声をかけて近づいていきたいと思っているのに。私はただただその場に立ちすくんでいた。


 だってそれくらい衝撃的だったのだ。お姉様が、妹である私にさえ向けたことのない親しげな笑みを、全くの赤の他人に向けているという現実が。

 ━━どこからどうみても平民でしかない、十歳そこそこの女の子。

 容姿はどこも似ていない。けれど頬を上気させてお姉様を見るその様子は、お姉様と初めて会った時の私とそっくりで。

 でもあの時のお姉様は、私に対してほんの一瞬も笑いかけてなどくれなかったのに━━! !


(どうして!? どうしてその子にはそんな風に優しくするんですかお姉様!!)


 と、衝動のままに問い詰めたくなる心に反して、私の足はまるで縫い止められたかのように、ただの一歩も動くことはなかった。

 別に近づきはしなくとも、少し大きめの声を出せば十分に聞こえる距離である。そのくらいのことは分かっているのに、ほんの一言だけお姉様と呼び掛けることにさえ、今の私はとてつもない抵抗を覚えている。


 ━━だって、怖いから。

 私が声をかけた瞬間に、お姉様の笑顔が消えるのを目の当たりにしてしまうのが、これ以上ないほど怖くて、嫌で仕方がないから。


 そんなことはない、お姉様はお優しいからそんな露骨な反応をするはずがない━━いつものようにそう自分に言い聞かせながら、勇気を奮い起こして口を開いたその時。

 お姉様の隣にいるクロディーヌ様が、ふと気づいたようにこちらに顔を向けた。


 じっ、と何かを見定めるように私を見る視線は、前回の初対面の時よりも明らかに不躾である。

 ただこれは貴族としての訪問でも何でもなく、街角で自分たちを凝視してくる知らない存在に対するものと考えれば当然の態度ではあるかもしれない。

 ……フェルダ家訪問の記憶を思い返せば、クロディーヌ様は笑顔でこそあったものの、その陰で私のことを容赦なく観察していたような気もするし。


 何にせよ、見つかってしまったのにこのまま無言でいては、ただの不審者でしかない。

 改めて声をかけようとした私の前で、クロディーヌ様はお姉様にそっと寄り添い何かをささやきかけた。


 ━━当たってほしくなかった予想通り。

 すっと立ち上がり私を見たお姉様の美しい顔には、何の表情も浮かんでいなかった。


「━━久しぶりね、アリス。まさかまたこうして、あなたと顔を合わせることになるとは思わなかったわ」

「……はい。お久しぶりです、お姉様。ようやくお会いできて、本当に嬉しいです」


 体感では約二十年ぶりにお姉様に会えた喜びと、お姉様の笑顔を消し去ってしまった事実に対する悲しみ。

 震えてしまった声はそのどちらによるものなのか、自分のことなのに全く判断できなかった。




出発時刻の変更に加え街道を通るルートを選んだアリス。

ようやくリーゼロッテと会えましたが、さてどうなることやら。

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― 新着の感想 ―
ま、まさか3年ぶりの更新が来るとは…! これは嬉しいですね 七つの罪源シリーズ好きなんですよね
二周目開始嬉しいです!ありがとうございます 新着通知が来た時は二度見しましたw 待っていて良かった✧︎*。٩(ˊωˋ*)و✧︎*。
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