第1話・アリス
伯爵家の異母姉妹と、姉の母方の親戚が主要な人物です。
おおまかな流れは「強欲の結末」と似ていますが、異母妹に悪気はない(つもりでいる)のが最大の違い。やったこととやろうとしていることはほぼ同じですが。
「お姉様!」
間に合った……!
目的地の扉をばたんと開け、その勢いのまま室内に踏み入れば、ちょうど荷造りを終えたらしいリーゼロッテお姉様が、深々と溜め息をついてこちらを振り返った。
「……こんな日にまで小言を言わせないでほしいわ、アリス。淑女たるもの、足音も高らかに廊下を走ったり、勢いよく扉を開けたりするのは言語道断と、マナーの先生に教わらなかったの? 王立学園でも同じことをしているのなら、さぞや皆様に呆れられているのでしょうね」
「す、すみません、お姉様。でも、お姉様が今日にも出ていかれると聞いて、じっとしていられなくて……」
「あら、どうして? いくらクライトン家との話し合いが穏便に済んだとは言え、あなたがフレッド様の新たな婚約者になった時点で、こうなることは予想するまでもなかったでしょうに。結婚式は花嫁を入れ替えただけで、予定通り再来月に行うのでしょう? それであなたとフレッド様は、我がモニクス伯爵家の正式な次期当主夫妻になるのだから、私がこうして今すぐに出ていくことは、あなたもお父様たちも望んでいることだと思っていたのだけれど」
「そんな! 私は、お姉様がこの家を出ていかれることなんて、欠片も望んでいません! フレッド様と私が結婚してからだって、お姉様が望まれる限りはずっとこの家にいてくださっても──」
「アリス。本気で言っているの?」
私の言葉を遮ったお姉様の声と目は、間違えようもなく完全に呆れ返っている。
お姉様にこの家にいてほしいのは紛れもない本音だけれど、明らかにそう言ってはいけない雰囲気だ。
次期当主になると決まったとは言え、幼い頃から当主教育を受けてきたお姉様とは、私は比べることもおこがましいほど未熟者だ。お父様には勿論、フレッド様にも色々と助けていただくことにはなっているけれど、立場や仕事に慣れないうちは、是非ともお姉様にもアドバイスをしてもらえたらと思っている。半分しか血の繋がりはないとは言え家族なのだし、何より私は綺麗で優しくて頭のいいお姉様が大好きなのだ。だから、お姉様さえ良ければ甘えさせてもらえたら……と考えていた。
そのことを口にすれば、お父様やお母様は何故か顔を見合せ、フレッド様は控えめにやめるように忠告してきたのだけれど、何故なのかは説明してくれなかった。私はただ、愛するお姉様と、結婚後も仲良く一緒に暮らしたいだけなのに。
そんな私の考えは、どうやらどうしようもなく甘かったらしい。
「は、はい。……その、駄目、ですか?」
「駄目とかそれ以前の問題よ。あなたがそういう人なのは知っていたけれど、よくもまあそこまで無神経な物言いができるわね。いっそ感心するわ。──いい? 何が悲しくて、妹と元婚約者が夫婦として暮らす家に、わざわざ好き好んで居候をするなんて選択肢を私が選ばなければならないのかしら。あなた、一体どこまで私を馬鹿にすれば気が済むの?」
「!! ち、違います! お姉様を馬鹿にするなんて、そんなつもりじゃ──!」
「つもりはなくとも、 考えや行動そのものが既に馬鹿にしているのよ。どうせあなたは、『ならせめて結婚式に出席だけでも』なんて考えてるのでしょうけど。それに対する私の答えは分かるわね?」
「……やっぱり、出てはくださらないんですね」
「当たり前でしょう。あなたならどうなの? 長い付き合いの男性との婚約が破棄されたとして、自分が結婚するはずだったその当日の式に出席して、元婚約者と別の女性が祝福されて夫婦になる様子を、笑顔でおとなしく見ていることができるのかしら?」
「…………それは……」
お姉様の言葉通りの状況を想像してみたものの、肯定がどうしてもできなかった。
……フレッド様は、「リーゼロッテとの婚約はあくまでも政略上のもので、お互いに愛情なんか存在しないよ」と言っていて、私もそれを鵜呑みにしていたけれど。お姉様の方は実は、フレッド様のことを普通よりもよほど大事に思っていたのかもしれない。愛情の有無は別だとしても。
──お姉様に酷いことをしたという罪悪感が、改めてじわじわ湧いてくる。
「あの、お姉様……」
「話はそれで終わり? ならそろそろ出発させてもらうわね」
謝罪すら許す様子もなく、お姉様は荷物を手に私の横をすり抜け、優雅ながら素早い足取りで廊下へと出ていく。
私は慌てて追いかけた。
「ま、待ってください! お姉様はこの家を出て、一体どちらに行くんです!?」
「それを教える義務があって? あなた以外、お父様もお義母様も私の見送りに来ていないのだから、私が今後どうするかなんて誰も興味がないのに、そんなことをしても何ら意味はないわ」
「それはっ……でも、私はお姉様の妹で家族です! 大好きなお姉様の今後を気にしたり心配するのは当然でしょう!?」
「やめてちょうだい。この家における私の立場や居場所をことごとく掠め取ったあなたに、ぬけぬけと『大好き』だなんて言われても、嬉しいどころか虫酸が走るから」
「お姉様!? そんな、酷い……!!」
「このくらい大したことはないでしょうに。大体、加害者が被害者に少しくらい罵られたからって、『酷い』なんて言う資格があるのかしらね」
お姉様の足取りはどこまでも淑やかなのに、その速さは驚くほどのもので、私が小走りでないと追い付けないくらいだ。
ようやく立ち止まってくださったのは、階段を下りきって玄関ホールに着いた時だった。
……くるり、と振り向いたお姉様は、作り物だとしても精巧すぎる美しいお顔に、何の表情も浮かべていない。
「……アリス。あなたはそんなにも、私の行く先を知りたいの?」
「はい! 勿論です!」
「そう。──じゃあ、今あなたが身に着けている、そのペンダントを私に返して? そうしてくれれば、教えることを考えてあげてもいいわ」
「え────?」
そう言ってお姉様が浮かべた笑顔は、こんな時でなければ誰もが見とれるほどに綺麗で優しげだ。
でも、私はそれどころではなかった。だってこのペンダントは、私がお姉様からもらった初めてのプレゼントなのだ。それを返すだなんて……しかも、お姉様が出ていこうとするこのタイミングでそうするなんて、到底受け入れられない。
躊躇う私に、お姉様は半分は残念そうに、残りは何故か達観した様子で、言葉とともに深く嘆息してみせる。
「……そう。やっぱり駄目なのね」
「お、お姉様……! どうしても、これでなければいけませんか!? ペンダントじゃなく、この髪飾りやブローチなら──」
「そんなものはどうでもいいの。私が欲しいのはそのペンダントだけ。──私のお母様の形見である、それだけよ」
「え……か、形見!?」
初耳の事実に、私はただただ驚くことしかできなかった。
……知らなかった。お姉様が、そんなにも大事なものを私にくださっていたなんて。
それなのに、私は……そんなお姉様の婚約者を、そのつもりはなくとも奪い取る形になってしまって。フレッド様の結婚相手はこの伯爵家の次期当主でなければいけない契約だったから、その立場にあったお姉様を蹴落としたことにもなってしまっている。
ああ……私は大好きな尊敬すべきお姉様に対して──亡きお母様の形見をくださるほどに私を愛してくれていた御方に、何て真似をしたのだろう。こんな、明らかに恩を仇で返すような……!
知らず、私の両の瞳からは熱い涙が零れていた。
そんな妹に、お姉様はとても素っ気ない声をかけてくる。そのことに、私が文句など言えるはずがない。
「なあに? 泣くほどそのペンダントを返したくないってこと?」
「ち、違います……! いえ、違いませんけれど……それよりも、泣いている理由は……私が今までお姉様にしたことが、どれほど酷いことだったのかと、今更ながら理解してしまったせいです……!!」
「……本当に今更ね。でもそんな理由で大泣きをするくらいなら、それこそペンダントを返してほしいわ。何せそれは、あなたが初めて私から奪い取ったものなのだから」
「……え?」
驚きのあまり涙が止まった。
──お姉様は、一体何を言うのだろう。
これは、お姉様から私への初めてのプレゼントだ。五年前、お母様と一緒にこの家に引き取られたばかりの私の目を一番惹いたのが、誰よりも綺麗なお姉様とそのペンダントだった。
だから、ついついはしたなくもこう言ってしまった。
『お姉様がいつも着けているペンダント、とても綺麗で素敵ですね。羨ましいです』
その翌日、お父様が満面の笑顔で、『リーゼロッテからのプレゼントだよ。可愛い妹が欲しがるならと、快く譲ってくれた』と、渡しに来てくれたのをよく覚えている。
それなのに、何故お姉様は『奪われた』なんて……
「決まっているでしょう。あなたをそれはそれは大事にして可愛がっているお父様が、可愛げのない姉の持ち物を妹が気に入ったからと、私から強引に取り上げてあなたに渡したということよ」
「う、嘘です! お優しいお父様が、お姉様にそんなことをするなんて……!」
「あなたとお義母様に優しいからこそ、私にその優しさを与える余裕はないということじゃないかしら。そうでなければ、とうの昔に当主教育を終えた私を引きずり下ろして、令嬢としてのマナーも怪しいあなたに次期当主を任せるなんてことはしないわ。仮にあなたと私の立場が逆で、婚約者のあなたを差し置いて私がフレッド様と相思相愛になったとしたら、お父様は迷わずフレッド様ごと私を切り捨てるでしょうね」
「……嘘……そんなの、信じられません……!」
有り得ない。だって、私やお母様にはあんなにも優しいお父様が、お姉様に対してはそんな酷い扱いをしているだなんて……!
あまりのことに震えを止められない私を、お姉様はくすくす笑いながら見下ろしてこう言った。
「他ならぬあなたが信じられないなんて意外だわ、アリス。だってあなたは、私のことを大好きだと言いながら、その実は私のものを徹底的に自分のものにしてきたのだもの。お父様が私を娘として愛していると言いながら、実際は嬉々として私の大事なありとあらゆるものを、あなたへの貢ぎ物として差し出していたところで、驚くことではないと思わない?」
「そ、そんな……! 私、私は、そんなこと……!」
「してきたでしょう。あなたがこれまで、あえて口に出すほど気に入ったものは、全てが私のものだった。そのペンダントしかり、数々の本やアクセサリーしかり、極めつけは次期当主という立場とこの家での居場所ね。……まあ、フレッド様に関しては、お互いにいわゆる恋愛感情は抱いていなかったのだから、奪われたところで構わないと言えばその通りなのだけれど」
「……ひ、酷いですお姉様! その言い方だとまるで、フレッド様はこの家を継ぐ道具のようなものじゃありませんか!」
「そうやって極端すぎる結論に飛び付くのは、色んな意味で問題があるわよ、アリス。それに私は、フレッド様には愛はなくとも情はあるの。──だから、今後のあの方が、本当にあなたと幸せに暮らせるのかが、どうにも不安で仕方がないのよ。正真正銘、私のものではなくなった彼に、あなたの関心が続くのかどうかがね」
「────っ!!」
初めてだった。
ずっと大好きで憧れの存在だったお姉様に対して、咄嗟に言葉を失うほどの強烈な反感を抱くのは。
「──つまり、お姉様はこう言いたいんですか!? 私はフレッド様のことを愛しているのではなく、ただお姉様のものだったから執着しているだけだと!!」
「違うの?」
「違います! そんなわけがないでしょう! 私は心の底からあの方を、フレッド様を愛してるんです! そうでなければ、よりによってお姉様から奪うだなんてことは絶対にしません!」
「ふうん。ならそこは安心ね。それはそれとして、本当にそのペンダントを返してくれる気はないのかしら? 亡き親の形見と聞けば、普通の人ならどんなものでもすぐに返してくれると思うのだけど」
「返しません! だってお姉様は嘘つきですもの! あのお優しいお父様が、お姉様から亡きお母様の形見を取り上げるなんて有り得ません! だからペンダントに関するお姉様の言い分は、私はもう何も信じないことにしました!」
「……そう。ならいいわ。残念極まりないけれど、こそ泥に盗まれたと思って忘れることにするから」
……本当に酷い言い草だ。妹をこそ泥呼ばわりなんて……お姉様がこんな人だったなんて、信じられない。がっかりだ。
「さて、もうそろそろ失礼するわね。迎えも来てくださる頃だから──」
と、お姉様が口にしたその時だった。
ドアノッカーの音が、玄関ホールに高々と響き渡ったのは。
「ああ、いらしたのね。──お迎えありがとうございます、ソリュード様」
「すまない、待たせたようだな、リーゼロッテ。……荷物はそれだけか?」
「ええ。私個人の持ち物は、諸事情でかなり少なくなってしまったものですから」
「ほう?」
お姉様の言葉をどう解釈したのか、ソリュード様と呼ばれた若い男性──確か、南部辺境伯ウォルサル家のご次男だったはず──が、精悍な浅黒い顔に映える金色の瞳で、じろりとお姉様の後ろにいる私を睨んできた。
普段の私なら、彼のような長身で分厚い体つきの男性は、それでなくとも小柄な自分が圧倒されてしまうようで、とにかく苦手に感じたはずだ。実際、初めて夜会で彼を見かけた時には、似たような思いを抱いた覚えがある。
でも、どうしてだろう──たった今、ソリュード様に睨まれているというのに、私の胸は今まで覚えがないほどに高鳴っている。
美形と言うには少々険が強すぎる顔立ちも、ややつり上がった鋭い目付きも。大事そうにお姉様の手を包む、私の腕くらいなら軽く握り潰せそうな大きくて武骨な手も──彼を構成する何もかもが、私の心を捕らえて離さない。
(どうして……? こんなのいけないしおかしいわ。私にはフレッド様という、結婚間近の婚約者がいるのに……)
胸の高鳴りと赤らむ頬に混乱する私を、ソリュード様とお姉様は何とも言えない顔で眺めていた。
「……あの異母妹は一体どうしたんだ? のぼせたか酒にでも酔ってるのか、やけに赤い顔と潤んだ目をしてるが」
「ええ、その通りに酔っているのですわ。れっきとした婚約者がいるというのに、別の魅力的な殿方に惹かれてどうしようもない現状に」
「何だそれは。まさかその殿方とやらは俺のことだとか言わないだろうな」
「そのまさかですわよ。よかったですわね、可憐な妖精姫と、色んな意味で名高い令嬢に見初められて」
「やめてくれ。俺の好みは、麗しの薔薇姫と評判のリーゼだから」
「その薔薇姫の評判は、幼い頃からの婚約を破棄されたばかりで、すっかり枯れかけておりますのに?」
「むしろ願ったりだ。再び社交界でその名が咲き誇る前に、さっさとさらっていくに限る」
「あら、私はまだ、貴方に口説き落とされた覚えはありませんわよ」
「だからさらっていくんじゃないか。邪魔者でしかない家族から完全に離れた場所なら、口説くのに丁度いいだろう?」
お姉様に向けられた不敵な笑みが、私の胸を容赦なく射抜いて甘く切ない痛みを与える。
「私の当面の滞在先は、貴方個人の屋敷ではなく、現辺境伯夫人である伯母様のもとですので、誤解なきようにお願いいたしますわ」
「まあその通りだが。義母上もこうして、俺がリーゼを迎えに行くのを許可してくれたのだし、少なくとも口説くのを黙認くらいはしてくれてるだろうからな」
「いつもながらポジティブですわね……嫌ではありませんけれど」
「ならばよかった。じゃあそろそろ出発するか?」
「はい。ではさようなら、アリス。もう会うことはないでしょうけれど、元気でね」
「そんな、お姉様! お姉様が南部辺境にいらっしゃるのなら、私が直接会いに行きます! そうすれば誰に気兼ねもせず、姉妹でお喋りできますもの!」
そうすればソリュード様にも会えるのだから、という本音は隠して訴えるものの、お姉様の反応はやはり冷たい。
「無理に決まっているでしょう。当主教育を始めたばかりで、終わる目処も立っていないあなたが、貴重な時間を浪費して遠い辺境へ訪問するだなんて……いつ実行するつもりかは知らないけれど、お父様が許してくださると思うの?」
「それはっ……そう! お姉様から招待してくだされば、きっとお父様も快諾してくださいます!」
名案だと思ったのに、返事はにべもなかった。
「嫌よ、そんな明らかな面倒事なんて。それに、たかが居候の身でしかない立場で、勝手に誰かを招待するなんてできないということくらい、考えなくても分かるのではないかしら?」
「それ以前に、あなたは近く結婚式を控えてるんだろう? 最愛の婚約者兼未来の夫を放って旅行というのは、少々どころじゃなく感心できないと思うぞ」
「そんなの関係ありません! 愛するお姉様のところへの訪問なのですし、お父様もフレッド様も快く承知してくださるはずです!」
ソリュード様に直接話しかけてもらえた嬉しさに、紛れもない本音を口にしてしまった。
でも、何も間違ってはいないはずだ。お父様もフレッド様も私を愛してくれているのだし、大好きなお姉様に会いに行きたいというささやかな希望くらいなら、いつでも笑って叶えてくださるに決まっているから。
そんな私に、お姉様とソリュード様はどうしてか呆れ顔を向けてくる。
「……それはまた、たいそうな自信だこと。否定する材料もないのは確かだけれど……目先の欲望を叶えるために、自分が果たすべき肝心の役割を疎かにしてしまっては、後々に恐ろしい勢いで皺寄せが来てしまうわよ?」
「延期ができなくもない結婚式や、休学可能な学園生活はまだしも、当主教育を放り出すのは流石になあ……そう急がなくとも、普通に勉強を終えてから来た方が、リーゼに無駄な心配をかけずに済むんじゃないか? その頃には俺の念願も叶って、リーゼを子爵夫人に出来てるだろうし」
子爵夫人ということはつまり、ソリュード様は次男だけれど、お父様の辺境伯から子爵位を継承済みということになる。
確かに子爵家であれば、伯爵令嬢が嫁いでもさほどおかしな話ではない。辺境伯領の一部なら、一般的な子爵領よりもよほど重要な意味を持つのだから尚更。
「貴方も随分な自信家ですわね、ソリュード様。私はそう簡単に陥落するつもりはございませんわよ」
「それくらいは承知の上だ。強敵であればあるほど燃えるのがウォルサル家の血筋だからな」
「色恋沙汰と直接的な戦闘とを一緒になさるだなんて、無粋にもほどがありましてよ。間違って燃え尽きてしまったところで、私が骨を拾うことまでは期待なさらないでくださいませね」
「俺がリーゼに期待するのは、できるだけ早く俺の妻になる覚悟を決めてくれることだよ。そのための努力も全力でするつもりだ」
「はいはい。楽しみにしておりますわ」
気心の知れたやりとりを交わしながら、お二人はごく自然に扉を開けて屋敷を出ていった。
「ま、待ってくださいソリュード様! お姉様も!」
急いで後を追って外に出れば、立派な旅行用の馬車が目の前に止まっており、お姉様がソリュード様の手を借りて乗り込もうとするところだった。悔しいけれどとても絵になっている。
振り返ったお二人の顔に表情はない。
「……そこでソリュード様を先にお呼びするあたり、礼儀を弁えているのか別の思惑があるのか、判断に迷いますわね」
「相手にしなければ済む話だからどっちでもいいさ。じゃあアリス嬢、そのうちにまた。リーゼと俺の結婚式には是非とも出席してくれ」
「!! そんな──ソリュード様!」
呼び止める私の声など気にもせず、お二人を乗せた馬車はスムーズに出発し、みるみるうちに小さくなっていった。
……行ってしまった。ソリュード様とお姉様が。私が気軽に会いに行くにはあまりにも遠すぎる場所に。
「……お姉様は、ソリュード様と結婚するの……?」
信じられなくて呆然とつぶやく。
だって、お姉様はフレッド様と婚約を破棄したばかりなのに。例え以前からの知り合いでも、結婚なんて話が出るにはあまりにも早すぎる。
──まさかお姉様は、傷心のあまり自棄になって、ソリュード様との結婚を早々と受け入れようとしているの……!?
「……駄目よ、そんなの。結婚なんて大事なことは、ちゃんと考えてからでなきゃ……想い合ってもいないのに夫婦になるなんて、ソリュード様が後で傷つくことにもなりかねないもの。まだ取り返しがつく前に、お姉様を説得しないと……!!」
自分自身がごく短期間でフレッド様との結婚を決めたことを棚に上げ、目の当たりにしたお二人のやりとりについて思い返すこともせず、私は急いでお姉様に手紙を書くべく自室へ戻ることにした。




