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◆2巻書籍化お礼SS◆ 番外編『温泉旅行にて』

 アシェリーは夫であり国王のラルフと、元同僚のサミュエル、そして妹のレベッカと共に温泉で有名なラダー伯爵領に来ていた。

 

「わぁ、すごい景色ね」

 

 馬車でなだらかな山脈を越えた先に、小さな温泉街が広がっている。

 湯畑から湯けむりが立ち昇る様子に、アシェリーは思わず歩きながら感嘆の声を上げた。

 後ろを歩くサミュエルが恥ずかしげに頭を掻く。

 

「いやぁ、うちの伯爵領は温泉以外何もなくてな。でも湯の質には自信があるんだ。美人の湯とも呼ばれていて評判が良いんだよ」

 

「まぁ、入るのが楽しみだわ。でも良かったの? 私達まで治療院の慰安旅行にお邪魔しちゃって……」

 

 アシェリーは気が引けてそう言うと、レベッカが姉の腕に腕を絡ませる。

 

「良いに決まってるじゃない! お姉様も呼びたいって院長にお願いしたら、快く了承してくださったもの! お姉様はうちで働いていたこともあるんだから当然よ! 今でも常連さんはお姉様が診ている方もいらっしゃるくらいだし……半分うちの従業員と言っても過言ではないわ!」

 

「おい、王妃を従業員呼ばわりはやめろよ」

 

 サミュエルがレベッカの言葉に頭を抱えている。

 その様子にアシェリーがクスクス笑う。

 ラルフは興味深げに湯畑を眺めながら言った。

 

「……アシェリーはともかく、俺が同行しても良かったのか?」

 

「勿論、陛下なら大歓迎ですよ。町長と温泉組合長も陛下とお会いすることを楽しみにしてますし!」

 

 サミュエルの言葉に、ラルフはげんなりとした表情をしている。

 レベッカに誘われてアシェリーがラダー伯爵領に行きたい、とラルフに伝えたら、彼も一緒に行くと言いだしたのだ。


(ラルフと一緒に来られて嬉しいわ)

 

 ミレー子爵領で起きたローレンツの事件から、二か月が経っている。

 これまで溜まっていた仕事を片付けているうちに慌ただしく時間が過ぎ、ようやくこうしてラルフとゆっくり過ごせる時間が持てたアシェリーは浮かれ気分だった。慰安旅行を計画してくれたデーニックに心の中で感謝する。デーニックは後日、合流することになっていた。

 

(こんなにゆっくりできるのは久しぶりだもの。楽しまなきゃね)

 

 もちろんラルフとアシェリーために数人の護衛達がついているが、護衛対象のラルフが最強であるために、護衛達の間にもどこか気の抜けた、のんびりとした空気が漂っている。皆で温泉旅行に来たようなものだ。今回はお忍びなので、国王夫妻がやってきていることを知る者は一部の者だけだ。

 

 間もなくこの街で一番豪華な宿に入ると、女将と従業員総出で歓迎されて部屋へと案内される。アシェリーとラルフが最奥の部屋風呂がある広い部屋で、サミュエルとレベッカは一人部屋だ。

 アシェリーとラルフが部屋で寛いでいた頃に、レベッカとサミュエルがやってきた。

 

「お姉様! 早く露天風呂に入りましょう!」

 

「アシェリー、皆と行ってくると良い。俺は部屋風呂に入るから」

 

 ラルフは苦笑しつつ、そう言って見送ってくれた。

 レベッカに手を引かれて、アシェリーは大浴場へ向かって進んでいく。

 

「転ぶなよ、レベッカ。お前はそそっかしいんだから」

 

 背後から投げられたサミュエルの心配そうな声に、アシェリーとレベッカは顔を見合わせて笑う。


「平気よ。心配性なんだから」


 レベッカが舌を出すと、サミュエルは「はぁ」とため息を吐いて、ぽすっとレベッカの赤い頭に片手を置く。

 

「お前は俺が見ていないと、何をするか分からんからな」

 

「サミュエルったら……私は子供じゃないのよ」

 

 口を尖らせるレベッカに、サミュエルがフッと微笑む。

 

「子供だろう。俺にとっては妹みたいなものだ」

 

 その言葉に、レベッカは一瞬顔を歪めてサミュエルの手を振り払った。

 

「行こう! お姉様。サミュエルなんて置いて行っちゃおう」

 

 レベッカに手を引っ張られて、アシェリーは戸惑いつつもうなずく。

 

「え、ええ……」

 

 そっと背後を振り返ると、サミュエルが何とも言えないような表情をして己の手を見おろしていた。

 

(あれって……)

 

 しかし、すぐにいつもの気さくな笑顔になったサミュエルが「おい、走るなって」と言いながら追いかけてくる。


(もしかして、この二人って……)


 そう思いつつも、アシェリーはレベッカに女湯に連れ込まれてしまう。

 大浴場の外にある露天風呂は湯畑の側にあり、屋根がなく開放的な景色が広がっている。湯畑から湯気が立ち昇り、遠くの森林や風情のある街並みを眺めながら温泉を楽しめることができた。宿は貸し切りで、他にお客はいない。

 

「良いお湯ね~」

 

 アシェリーは体を湯に沈めて息をつく。レベッカは湯船の縁に腰掛けてその様子をニコニコと眺めながら、自分の頬を手で押さえる。

 

「お姉様、お肌がすべすべになっているわ」

 

「本当ね! この温泉の効果かしら?」

 

 アシェリーも自分の手で頬を触りながら言う。

 

「お姉様のそのお肌は元々でしょう? 羨ましい……。私もそんなお肌になあれ!」

 

 レベッカはそう言うと、アシェリーにお湯をバシャバシャとかけた。

 アシェリーも負けじと応戦する。

 

「もう! やったわね!」

 

 貸し切りなことを良いことに二人はキャッキャと笑いながら、お湯を掛け合った。

 落ち着いた頃に、レベッカが男の露天風呂のある方角を眺める。仕切りがあって行き来することはできないが、湯気が男湯の方から立ち上っていた。

 レベッカが切なげに目を細めながら言う。

 

「サミュエルも温泉に浸かっている頃かしら……」

 

「ねえ、レベッカ。もしかしてサミュエルのこと好きなの?」

 

 アシェリーは小声でそう尋ねる。

 レベッカは顔を真っ赤にした。

 

「なっななな! なんで……?」

 

(妙にサミュエルを気にしているそぶりを見せるから、かまをかけただけなんだけど……当たっていたみたいね)

 

 アシェリーはレベッカの様子に微笑ましくなる。

 サミュエルは面倒見が良いし、容姿も良いからモテるのだ。レベッカが好きになってもおかしくないな、とも思っていた。

 しかし、レベッカはアシェリーが予想もしていないことを言った。

 

「わ、私なんて……サミュエルに相手にされる訳ないじゃない」

 

「え?」

 

「だって妹扱いされているもの……」

 

 レベッカはそう言って肩を落とす。

 確かにサミュエルは優しいから、傍目にはレベッカを妹のように可愛がっているようにも見えるが──。

 

(……でも、さっきのサミュエルのレベッカを見る目は……)

 

「妹じゃないと思うけどなぁ……」

 

 ポツリとアシェリーは呟いた。レベッカが「今なんて言ったの?」と不思議そうに首を傾げたが、アシェリーは肩をすくめて首を振る。

 

「ううん、何でもないわ」

 

 アシェリーはそれ以上何も言わなかった。

 

「そろそろ部屋に戻りましょうか。のぼせてきたわ」

 

 アシェリーはそう言うと、湯船から上がった。レベッカも頷いて立ち上がる。

 着替えを済ませて部屋に戻ると、ラルフは窓辺で書類を読んでいた。すでに楽な室内着に着替えている。

 

「アシェリー、そろそろ夕食にするか? 女将が食事処に案内すると言っていた」

 

「良かった。ちょうどお腹が空いてきていたの」

 

 部屋に食事を運んでもらうこともできたが、レベッカとサミュエルがいるので今晩は皆で食事処で夕食を摂ることになっている。

 アシェリーとラルフが食事処に着いた時には、レベッカとサミュエルは先に席についていた。

 そして夕食が始まり、運ばれてくる地元の料理にアシェリーは舌鼓を打つ。

 

「美味しい! このお肉、柔らかくて味がよく染みているわ」

 

「ああ、これは美味いな」

 

 ラルフも満足そうに料理を口に運んでいる。山の幸もふんだんにあり、川魚も美味だ。デザートも旬の果実がたくさん使われていた。

 隣のラルフが酒の入った容器を手に取ると、アシェリーの杯に注いでくれる。

 

「ありがとうございます、ラルフ」

 

「ああ。地酒も絶品だぞ」

 

 アシェリーが酒を一口飲むと、芳醇な香りが口の中に広がる。思わず頬が綻ぶような味だ。

 

「美味しい!」

 

「だろう?」

 

 アシェリーが顔を上げると、ラルフは口の端を上げた。そして今度は自分の杯にも酒を注ぐとそれをあおる。その仕草も様になっていて素敵だ。思わず見惚れてしまった。

 

「……どうした?」

 

「! い、いえ……」

 

 見つめられていることに気付いてか、ラルフが首を傾げるのでアシェリーは慌てて取り繕う。

 ふと視線を感じて目をやれば、レベッカがじっとこちらを見つめていた。その口元がニマニマしている。彼女の手には、もう何杯目か分からない酒杯だ。

 

「お姉様は、陛下と仲睦まじくて羨ましいわ。夫婦になって長いのに……。良いなぁ、私にもそんな相手と出会いたいなぁ」

 

「……レベッカったら! もう! 酔っているの?」

 

 からかわれたのが分かり、アシェリーが顔を赤らめる。

 突然、サミュエルがポツリと言った。

 

「案外、そんな相手はすぐそばにいるかもしれないぞ」

 

「えっ……?」

 

 レベッカは硬直して、隣に座っているサミュエルを見上げた。サミュエルは酔いが回ってうっかり口が滑ってしまったのか、紅潮した頬と口元を片手で押さえている。

 それを見たレベッカが「え? あ……」と真っ赤になって狼狽えていた。

 

(これは、完全にお邪魔虫だわ……)

 

 アシェリーは二人の邪魔になっていることを察し、ラルフの袖をこっそりと引っ張った。

 

「私達は部屋に戻るわね」

 

 アシェリーがそう言うと、レベッカとサミュエルは慌てた様子だったが、アシェリーは構わずラルフを連れてその場を後にした。


 

 アシェリーがラルフと甘い一夜を過ごした翌日、アシェリーはレベッカとサミュエルに宿の廊下でばったりと会う。近付いて声をかけた。

 

「レベッカ、昨日はよく眠れた?」

 

 アシェリーが声をかけると、レベッカはギクッとしたように肩を揺らす。そして赤い顔で、ぎこちなく目を逸らして頷いた。

 

「……ええ」

 

「そう? なら良かったわ」

 

 アシェリーはそう言って微笑むと、サミュエルに向き直る。

 

「サミュエルも昨夜はゆっくりできたかしら?」

 

「……ああ。良い宿だったからな」

 

 サミュエルはそれだけ言うと視線を逸らす。心なしか顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。少々ばつが悪そうにも見える。

 

(絶対に何かあったわね……)

 

 第六感がピンときた。

 なぜか二人とも目が泳いでいるのだ。あまり深く追求されてはレベッカ達も困るだろうから、アシェリーも気付いていない振りをする。

 

(帰ったらレベッカに教えてもらいましょう)

 

 それまでは温泉旅行を存分に楽しむのだ。

 アシェリー達はそれから三日ほど宿に滞在した。温泉で疲れを癒やし、皆で観光名所を回ったり特産品を食べたりと楽しく過ごすことができた。

 

「またいらしてくださいね!」

 

 女将達に笑顔で見送られて、アシェリー達も笑顔を返す。

 

「ええ、必ずまた来ます!」

 

 そう言って、馬車に乗り込み宿を後にした。


 


 そして、アシェリーがレベッカから嬉しい報告を聞くことになるのは、もう少し後の話──。



 


2024年11月11日にMノベルスf様より、書籍2巻が発売となります!

書き下ろしの番外編も2作入っています。詳細は活動報告をご覧ください。

是非読んでいただけると嬉しいです!

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2024年11月11日、書籍2巻が発売します! 読んでくださると嬉しいです!

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