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第17話 あなたのそばで

 事件の後は、大変だった。

 アシェリーは必死であまり周りが見えていなかったが、あの現場には多くの目撃者がいたらしい。伯爵夫妻も当事者だった。彼らは息子のしでかした罪の大きさに震えあがり、ラルフとアシェリーに深く謝罪した。

 そして伯爵は爵位と領地を返上して、隠棲することになった。

 伯爵夫人は息子の裏の顔を知らなかったらしく、随分やつれて見えた。夫人は本心から義理の息子を愛していたようだったから、そのショックは計り知れないものだったろう。

 

「そばにいたって、相手の本心なんて分からないものですね……」

 

 別れ際に寂しそうにつぶやいた夫人の言葉は、今でもアシェリーの胸に残っている。アシェリー自身も、ローレンツの本性に気付けなかったのだから。

 そして病み上がりのレベッカは、しばらく子爵家で静養することになった。

 

「もう元気なのに……」

 

 翌日にはレベッカは不満を漏らしていたが、アシェリーがなだめる。

 妹を心配したアシェリーもしばらく子爵家に滞在し、レベッカが完全に回復するまで付き添った。

 

 ◆

 

「お姉様……本当に行ってしまうの?」

 

 子爵家の玄関口に寄せられた馬車の前で、レベッカが寂しそうに言った。その目には涙が浮かんでいる。

 

「ごめんなさいね」

 

 アシェリーは優しく妹の頭を撫でると、そっと抱きしめる。

 

(あともう少しだけ、ここにいてあげたいけれど……)

 

 もうすでに出立の準備はできていた。両親も少し寂しそうな笑顔で見送ってくれている。

 あの事件から、五日が経っている。王都からクラウスの何枚にも及ぶ抗議文が届いているのだ。もうすっかりレベッカも回復したし、これ以上、子爵家に滞在することはできないだろう。

 

「私も王都に行きたい」

 

 そうレベッカが決意を込めた瞳で言った。

 アシェリーは目を丸くする。

 

「ええ。お姉様みたいな治療師になるために……。王都で勉強したいの。もう夢を諦めたくないから……」

 

「……そう。あなたの気持ちは分かったわ。それなら良い治療院を紹介してあげる。とても優秀な先輩達がいるところよ。……私も以前はそこで働いていたから、自信を持って薦められるわ」

 

「お姉様が働いていた場所……? それなら是非、行ってみたいわ! ありがとう! お姉様」

 

 レベッカは嬉しそうに微笑んだ。

 そんな妹をアシェリーも優しく見つめる。

 

(本当に……素敵な子になったわね)

 

 レベッカが自分を目標にしてくれるのは嬉しかったし、誇らしかった。

 

「そろそろ行こうか、アシェリー」

 

 ラルフにそう言われて、アシェリーは馬車に乗り込む。

 家族や使用人達は、アシェリーの馬車が見えなくなるまで見送ってくれた。

 

 ◆

 

 アシェリーは馬車の中で、隣に座るラルフに視線を向ける。彼はクラウスから送られた書類の束を眺めて難しい顔をしていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「いや、俺が不在の間に、色んな仕事が山積みになっているようだ。クラウスの部下からの陳情が何通も届いている。クラウスが『もう兄上が戻ってくるはずだから、追加の仕事はしないから!』と言って王宮中を逃げ回っているらしい。頭が痛い話だ……」

 

 アシェリーは苦笑いする。あの義弟ならば、言いそうなことだ。

 

「ラルフは先に王都へ帰っても良かったんですよ。何も私に付き合わなくても……」

 

 アシェリーはそう彼に言ったのだが、ラルフは大げさに肩をすくめる。

 

「何を言う。アシェリーのいない王都なんて、つまらない。それに……ずっと、俺のそばにいるって誓っただろう。それを破るつもりか?」

 

「ラルフ……」

 

 アシェリーは胸が熱くなる。

 

「そうでしたね」

 

 微笑んで見せると、ラルフは拗ねたように顔を背ける。

 

「ところで……アシェリーがローレンツに迫られていた時のことだが……」

 

「え? ええ……」

 

「本当に俺を捨てるつもりじゃなかったか?」

 

 アシェリーはその質問に呆れてしまう。

 

「そんな訳ないでしょう! もう……っ、それは何度も謝ったじゃないですか。誤解ですって!」


(しつこい……)

 

 あの時は、そう振舞うしかなかっただけだ。それなのに、ラルフは何度もアシェリーに確認してくる。

 

「そうだろうか。アシェリーは、俺よりもローレンツの方が良かったんじゃないか? 俺ほどではないが、あいつもそれなりに見目が整っている」

 

(もう……っ)

 

 アシェリーはラルフの頬を両手で包むと、彼の唇に軽く口付けた。

 

「……っ」

 

 ラルフが驚いて目を見開く。

 

「見目とか関係なく。私が愛しているのはあなただけですよ。ラルフ」

 

 そう言って微笑むと、彼は顔を赤くした。そしてアシェリーを抱きしめる。

 

「ああ、俺もだ……アシェリー。愛してる」

 

 そんな彼が可愛くて、アシェリーは微笑む。

 

(やっぱり……ラルフのそばが一番安心するわ)

 

 妹と和解できたことは嬉しいが、やはり自分の居場所は彼の腕の中だと感じるのだった。

 

 ◆


 アシェリーは王都に戻ると、レベッカの希望を叶えるためにデーニックに紹介状を書いた。

 しかし妹がたったの二週間でアシェリーの元に会いに来るとは、完全に予想外だった。王妃の部屋を訪ねてきた妹の姿に、アシェリーは仰天する。

 

「お姉様! 来たわよ~!」

 

「レベッカ!? なぜここに……お父様とお母様の許可はもらったの? 早すぎじゃない?」

 

「勿論! ちょっと泣かれちゃったけどね」

 

 頬を掻きながら、困ったように笑うレベッカ。

 アシェリーは妹の行動の早さに苦笑しながらも、彼女が会いに来てくれたことが嬉しく思う。

 

(このままじゃ、お父様達もこっちに移り住みそうだわ)

 

 別れ際の寂しそうな両親の様子を思い出して、アシェリーは苦笑いする。

 

「でも、良かったわ。またレベッカと会えて」

 

「私もよ!  お姉様!」

 

 姉妹は抱き合い、再会を喜び合う。

 

 

 ──やがてレベッカは赤髪の治療師として王都で名をはせることになるのだが……この時のアシェリーは、まだ知らない。


 


【終わり】


これにて第二部は完結です。

お読みくださり、ありがとうございました! 書籍版も是非よろしくお願いします!

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2024年11月11日、書籍2巻が発売します! 読んでくださると嬉しいです!

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