第16話 対決
アシェリーは馬車に乗り、ラルフと共に伯爵家へ向かった。ローレンツに会うためだ。
「アシェリー……奴は危険だ。終わるまで馬車で待っていてくれないか?」
馬車の中で、ラルフは懇願するように言った。
しかしアシェリーは首を振る。
「私の妹に関することだもの。私も同席させて」
「だが……」
渋るラルフに、アシェリーは決意を込めて訴える。
「お願い……。私はレベッカの力になりたいの。それにローレンツのことも……彼があんなことをしたのは私の責任もあるから……。けじめをつけたいの」
アシェリーの言葉に、ラルフはため息を吐く。
「……分かったよ。でも危険だから、俺のそばを離れないでくれ」
ラルフが折れたので、アシェリーは笑顔で礼を言った。そっと手を握り合う。
伯爵家に着くと、出迎えてくれたのは執事のウィリアムだった。
突然のアシェリー達の訪問に驚いたような顔をしたが、執事は焦った風に頭を下げる。
「お二人がいらっしゃるとは思ってもおらず……驚いてしまいました。申し訳ありません。ただいま、ローレンツ様はお部屋でお休み中でございまして……すぐに応接室にご案内いたします」
「悪いが、のんびりとお茶をしている場合ではないんだ」
そう言ってラルフは背後に控えている護衛達を指で示す。
アシェリーの両親である子爵達にも話を通し、集めらえるだけの護衛を連れてきている。ローレンツが密かに逃げ出したりできないように、すでに伯爵家の周りには兵士を配置していた。
アシェリーも表情を引き締める。
「ウィリアム、いきなりごめんなさい。事態は急を要するの。ローレンツに会わせてちょうだい」
アシェリーがそう言うと、執事は「し、承知いたしました」と困惑しつつも数歩下がって道を譲った。
ラルフは早足で中へ入っていく。アシェリーもその後に続いた。
ローレンツの部屋にたどり着くと、ラルフは言う。
「少し離れていろ」
「え?」
アシェリーがその場を退くと、ラルフは勢いをつけて扉を乱暴に蹴り開けた。
室内ではローレンツがソファに座って本を読んでいたらしい。しかし来訪は予想していたのか、さほど驚く様子もなく、立ち上がってアシェリー達に顔を向けてくる。
「アシェリー? 陛下も……一体どうしたんです?」
「とぼけるな! お前がレベッカに呪いをかけたことは分かっているんだ」
ラルフが怒りを滲ませて言うと、ローレンツは眉をひそめる。
「呪い? 俺はそんなもの使えないですよ。第一、昨日も邸から出ていないのに、どうやってレベッカ嬢に接触するって言うんです?」
するとアシェリーが進み出て言った。
「あなたはレベッカに花束を贈ったでしょう? それに何らかの方法で呪いを仕込んでおいたのね。それで陛下を殺そうとしたんでしょう?」
その言葉にローレンツはさらに驚いたような顔をする。そして首を振った。
「……何のことか、さっぱり分かりません」
(しらばっくれるつもりね……)
アシェリーは拳を握りしめる。
ローレンツはアシェリーの様子を見て、くすりと笑う。
「ああ、確かに昨日レベッカにも花束を贈りましたね。アシェリーへのプレゼントのついででしたが。……ああ、もしかして嫉妬しちゃいました?」
「ふざけるな。アシェリーが嫉妬なんて、するはずがないだろう!」
ラルフが一歩前に出て、そう怒鳴った。
アシェリーもローレンツの言い分に腹を立てていた。
「私はレベッカを危険に晒したことを怒っているの。あなたは自分のしたことの責任を取るべきよ」
するとローレンツは肩を竦めた。
「責任……ですか? そんな大げさな……」
(この男……っ)
アシェリーの頭に血が昇る。
ローレンツは不快そうに眉をひそめた。
「どうして俺が陛下を殺そうとしたと断言するんですか? あなたの妹に呪術をかけた? そんな証拠どこに?」
ローレンツの余裕のある表情に、アシェリーは唇を噛む。
確かにレベッカの部屋で確認したが、残された花束には何もおかしな点はなかった。アシェリーが受け取った花束も同様だ。
ローレンツが言うように証拠はない。だが──。
「……でも、私には分かるわ。レベッカの体内を巡る邪悪な気配が、ローレンツを診た時と同じものだったもの」
彼の悪意に満ちた瞳を睨みつけて、アシェリーは主張する。
するとローレンツは鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しいですね。そんなものが証拠になると? 根拠のないことで俺を犯人扱いするんですか?」
確かに治療師でなければ、体内の気の違いなどは判断できないかもしれないが……。
それでも、妹の様子からも、ローレンツが犯人だと確信していた。彼女は何かに取り憑かれたようにラルフに危害を加えようとしたのだから。
アシェリーはローレンツに訴える。
「お願いだから、嘘を吐くのはやめて。これ以上罪を重ねないで」
すると彼は肩をすくめた。
「嫌だと言ったら?」
その答えに、アシェリーは唇を噛む。
(どうしたら……)
「これ以上の話し合いは無駄のようだな」
ラルフが片手を上げると、背後にいた護衛達が一斉に剣を構える。
ローレンツは立ち上がり、大げさに肩をすくめてみせた。
「おやおや、力ずくだなんて……陛下も野蛮な方ですね」
アシェリーはキッとローレンツを睨みつける。
「あなたにそんなことを言う権利なんてないわ!」
すると、彼は突然高笑いを始めた。その異様な様子に、アシェリーは眉をひそめる。
「……何がおかしいの?」
「くくく……いや、別に? あなた方の自分達が優位に立っているという勘違いがおかしくて……」
「何ですって……?」
アシェリーは眉を釣り上げる。
(何を企んでいるの?)
するとその時、開かれた扉の方から声がした。
「お姉様から離れなさい!」
振り返ると、そこにはレベッカが仁王立ちしていた。顔色は依然として悪かったが、その目は怒りに燃えている。
「レベッカ!?」
突然の妹の登場に、アシェリーは呆然とする。
(家で待っていて、って伝えたのに……)
妹の性分から、じっと待っていることができなかったのだろう。
「話は聞かせてもらったわ! そんな方だったなんて、がっかりですわローレンツ様! お姉様を離しなさい! でないと、私が許さないんだから!」
するとローレンツは鼻で笑う。そして彼女に向かって言った。
「レベッカ……君は本当に愚かですね。操り人形の分際で。家で大人しくしていれば良いものを……」
「人形ですって……?」
レベッカは眉を釣り上げる。そして怒りに燃える目でローレンツを睨みつけた。
ローレンツがゆっくりとアシェリーに向かって近付いてくる。
「動くな。それ以上、アシェリーに近付いたら斬るぞ!」
鋭い声を発したラルフに、ローレンツは挑戦的な眼差しを向ける。
「ええ、確かに陛下は俺を殺すことができるでしょう。ですが、そんなことをしたら呪いを受けたレベッカは死にますよ。かつての俺のように、苦しみながら死ぬことになります」
「な……っ!?」
ラルフは絶句する。
アシェリーは顔を歪めた。
(確かに『呪術全書』にも、呪いを解く方法は呪術者本人が解除する方法しか書かれていなかったけれど……)
ラルフが剣を構え直して、眼光鋭く吐き捨てる。
「心配ない。力ずくで言うことを聞かせてやれば良いだけだ」
「もし俺に指一本でも触れたら、レベッカを殺しますよ……ほら、こんなふうに」
ローレンツが片手をレベッカに向けると、彼女は喉を手で押さえて苦しみだしだ。
顔が土気色になっている。
「レベッカ……!」
アシェリーは青くなって、妹の元へ駆け寄った。
レベッカは床に膝をついて、アシェリーにすがりつく。その眦は涙でにじんでいた。
「お、おねえ……さま……」
「さあ、どうします? レベッカ嬢を助けたければ、俺の言うことを聞いてください」
その言葉に、アシェリーは顔を歪める。
ローレンツの声音は、有無を言わせない強さがあった。
「さあ、どうします? 俺を殺しますか? そんなことをしたら、レベッカは死にます。優しいアシェリーにはそんな決断はできないでしょう?」
「卑怯者……」
アシェリーは絞り出すように言う。
ローレンツは愉快そうに笑った。
「そんな口の利き方をして良いんですか? ほら、レベッカが苦しんでしまいますよ」
レベッカが喉を押さえて、さらに身を悶えさせた。
口の端からは泡がこぼれ、視線が明後日の方に向く。気絶寸前だ。
「やめて! ローレンツ!」
アシェリーの制止で、ようやくレベッカの動きが止まった。肩で激しく呼吸をしている妹の背を、アシェリーは懸命に撫でる。
脳内では必死に、最悪の事態を回避する方法を模索していた。
視線をさ迷わせていると、ラルフもまた苦渋に満ちた表情をしていた。だが彼はすぐに何かを決意したような強い眼差しをローレンツに向けた。その目を見て、彼が何を決断したか分かる。
ラルフはローレンツに近付き、剣を振り上げる。
「ラルフ……ッ!」
アシェリーの制止の声は間に合わなかった。ラルフが思い切り振りかぶった剣を、ローレンツの首めがけて振り下ろす。だが──。
ラルフの剣は、ローレンツのすぐ脇で止まっていた。
(直前で止めた? どうして……?)
アシェリーは呆然とするしかなかった。するとローレンツが笑う。
「くく……、本当に陛下はアシェリーに甘いですね。妹を殺して、彼女に恨まれる覚悟ができなかったんでしょう? 俺を殺す覚悟もないのに、俺に喧嘩を売ろうだなんて……」
「クッ……」
ラルフは唇を噛み締める。そして吐き捨てるように言った。
「レベッカにかけた呪いを解け」
するとローレンツは肩をすくめた。
「それはできかねますねえ……」
「……何が望みなの? どうすればレベッカを助けてくれる……?」
アシェリーはかすれた声で尋ねる。
「止めろ、アシェリー!」
ラルフは悲鳴のように叫んだ。
するとローレンツはこちらに近付いてきて、アシェリーの腕をつかんで引っ張り上げる。
アシェリーの顎を掴み、上向かせた。もう片方の手をアシェリーの腰に回してくる。その感触に鳥肌が立った。
「分かりませんか? 俺の望みが」
「……さあ。下種の考えることなんて知らないわ」
「ハハハッ、手厳しいな」
アシェリーの反応を見て、ローレンツはニヤリと笑う。そしてアシェリーの耳元で囁いた。
「陛下と別れて、あなたが俺と付き合うというのなら、レベッカの呪いを解いてあげても良いですよ?」
「……っ!」
アシェリーは息を呑む。
(ラルフと別れる……? そんな……)
ラルフが叫んだ。
「アシェリー! そんな奴の言うことなんて、聞くんじゃない!」
「ラルフ……」
アシェリーは必死な夫の顔と、苦しんで床に膝をついたままの妹を交互に見つめる。
ラルフを失うことは怖い。でも──。
(ごめんなさい……ラルフ)
心の中で謝りながら、アシェリーは言う。
「……わ、分かったわ。あなたの物になります……」
ラルフが驚愕の表情で、こちらを見ている。
「アシェリー!?」
彼が悲鳴のような声を上げる。そしてこちらに駆け寄ってこようとするのを、ローレンツが手で制した。彼はニヤリと笑う。
「良いんですか? 陛下と別れられます?」
「……ええ」
アシェリーは、しっかりと首を縦に振る。
ローレンツの瞳が歓喜に歪んだ。
「良い覚悟です。それなら、証拠を見せてください。あなたが俺の物だというところを」
そう言って、ローレンツは己の唇を指差す。それは、自分からキスをして見せろという意味だろう。
怖気が走るような命令に、アシェリーは身を強張らせる。
「私は……」
アシェリーが言いかけた時、ローレンツがさらにアシェリーに顔を近付けてきた。そして耳元で囁く。
「俺に逆らうとレベッカ嬢の命はないですよ?」
(……っ)
その言葉にアシェリーは唇を噛み締めるしかなかった。ラルフの顔色が変わる。
「貴様……ッ」
「さあ、どうします? アシェリー」
「……わ、分かったわ。言う通りにするから……」
そうアシェリーが言うと、ローレンツは満足そうに笑った。
「良い子ですね」
「やめろ、アシェリー!!」
アシェリーはローレンツの頬に手を添えて、口付けをする振りで時間を稼ぐ。
(こうなったら、ローレンツの魔力を暴走寸前に追い込むしか……)
できれば乱暴なことはしたくなかったが、妹を救うには術者に解除してもらう必要がある。ローレンツに呪いを解かすには、そうやって彼を脅すしかないだろう。
レベッカを救うためにはローレンツの物になるのが一番安全だと分かっていたが、どうしてもラルフを裏切ることができない。
それに、きっとアシェリーが哀願しても、いずれローレンツは邪魔なラルフを手にかけるつもりだろう。──そんなこと許せなかった。
「アシェリーが悪いんですよ。俺の求愛を受けてくれなかったから……こんな強引なことをすることになってしまった」
うっとりとした表情でそう言うと、ローレンツは己の手をアシェリーのそれに重ねた。
アシェリーはローレンツに顔を近付ける。
「ねえ、聞きたいことがあるの。呪術師のあなたなら、呪い返しは呪った相手から致死量の生命力を奪わないと解消されないことは知っていたはず……最初から私の正体に気付いていたの?」
苦し紛れの時間稼ぎだ。
それに気付いただろうに、ローレンツは余裕の表情で微笑む。
アシェリーは、そっとローレンツの首周りの太い気が巡っている場所を探す。
「最初は気付きませんでしたよ。でも俺は病床でずっと苦しみ続けていて……神にずっと助けてくれと祈りを捧げていました。だから奇跡が起きて、リーゼという女性が助けてくれたんだと思ったんです……君の自白があって、アシェリーだったのだと知って驚きましたが、ようやく腑に落ちました」
「そう……それなら、十年前に、どうして私に助けを求めたの? 皮膚病がラルフへの呪い返しによるものなら、私にだって治療できないと分かっていたはず……」
アシェリーの問いに、ローレンツは肩をすくめる。
「ああ、なんだ。そんなことですか。身近で陛下と近しい関係の者は君しかいませんでした。俺が呪いの花束なんて渡しても陛下は受け取ってくれなかったでしょう? だから君を介して、陛下を害することができれば呪いは解消されると思っていたんです」
(……つまり、私の治療師としての腕前ではなく、ラルフとの関係性ゆえに利用しようとしていた訳ね……)
過去の己のしでかしたことで、罪悪感をおぼえていたのが馬鹿らしくなってくる。
「もう良いでしょう? アシェリー。俺に興味を持ってもらえるのは嬉しいですが、そろそろ焦らすのはやめてください」
ローレンツに腰を強く抱き寄せられる。
(時間がない……)
もう口付けするしかない、とアシェリーが覚悟を決めた時──。
「やめて!!」
そう叫んだのは、レベッカだった。
「レベッカ……?」
「お姉様がそんなことをする必要ないわ。私を生かすためにそんな男の言いなりになるというなら、やめて。そんなこと完璧なお姉様には似合わないもの……」
彼女は震える声でそう言うと、ポケットに隠していたナイフを取り出した。
「それは……」
妹の意図が分かって、アシェリーは驚愕に目を見開く。
「さようなら、お姉様。馬鹿な妹で、ごめんなさい……」
そう言うと、レベッカはそのナイフを思いっきり己の胸に突き刺す。
アシェリーが止める間もなかった。
「なんてことを……」
驚愕しているのはローレンツも同じようだった。
「レベッカ!!」
ラルフが駆け寄って、レベッカを抱き起こす。だが、彼女の胸からは大量の血が流れ出ていた。
アシェリーは呆然としていたが、すぐにローレンツの手を振り払って妹の元へ駆け寄る。
「レベッカ……ッ、どうして……」
膝の上に抱き起こすと、するとレベッカは薄く目を開けて微笑んだ。
「お姉様……私は、ずっと、お姉様のように……なりたかったの。……自信家で……才能も、あって、美しい……完璧なお姉様に……でも、なれ、なかった」
「レベッカ、もう良いから喋らないで……!」
アシェリーは擦れた声でつぶやく妹の手を握る。もう一方の手はレベッカの胸の傷に添えた。急いで治癒する。
(お願い、間に合って……!)
ラルフも必死に妹の名を呼んでいた。
レベッカが力なく微笑む。
「……最後に、本当のことを言ってもいい? 私ね……本当は、お姉様のこと……が、大好き、だったの。ずっと、素直に……なれなかったけど……ようや、く……言えた……」
その言葉にアシェリーの目が滲む。
「レベッカ……」
レベッカはゆっくりと目を閉じた。
その瞬間、突如レベッカの体から黒い靄のようなものが立ち昇った。
しかし、それはあっという間に彼女の体から霧散していく。
その禍々しい気配に、アシェリーは思わず凍りつく。
(まさか、これが……呪い……? なぜ……)
ふいに、『呪術全書』の文章が頭に浮かぶ。
『呪い返しを解く唯一の方法は、呪った相手が致死するほど生命力を奪うこと』
「まさか……」
アシェリーは察した。
呪われた相手が呪いを解く方法は、術者が解除するしかないと思い込んでいた。だが、そうではないのかもしれない。
もしかしたら呪い返しの時と同じように、瀕死の重体になるまで生命力を奪われたら、呪いは成就したと見なされるのではないだろうか。
だから死を目前にして、ようやくレベッカの呪いが消えたのだろう。
(絶対に妹を救う……!)
そう決意して、アシェリーはわき目もふらずにレベッカを治療し続ける。
このまま放っておけばレベッカは死んでしまう。
「あ~ぁ。呪いが解けてしまったか。まあ。またかければ良いことだな。今度は誰にするか……アシェリーの大事な人は……子爵夫妻なんか良いかな」
ローレンツがそうぼやいた時、ラルフが彼の喉に向かって剣を突きつけていた。
「……っ」
ローレンツは顔を歪める。
「俺の存在を忘れないでもらおう。お前は危険だ。生かしておくつもりはない」
「く……っ、じゃあ一思いに殺してくださいよ。もう痛いのは嫌なんです。なるべく楽に逝かせてください」
そう言って、ローレンツはラルフの前に跪いた。そして祈るように両手を合わせる。
「甘えたことを抜かすな。外道が」
ラルフの目は怒りで燃えている。
そして剣を振り上げて、勢いよく振り下ろした。
◆
その後、アシェリーがレベッカを治療している間中、ラルフはずっと彼女のそばに付き添ってくれた。
レベッカが一命を取り留めたのは、彼女が無意識のうちに自身の治療師としての能力を使って流血を抑えていたためだ。
もしもアシェリーがレベッカに魔力制御のやり方を教えていなければ……、と思うと、ぞっとする。もしかしたら悲劇が起こっていたかもしれない。
ようやくレベッカが目を覚ました時には、アシェリーは涙ぐんでしまっていた。
「お姉様……どうして泣いているの? どこか痛いの?」
まだ状況が把握できず、意識が混濁しているらしいレベッカが心配そうに尋ねてくる。
アシェリーは慌てて涙を拭うと微笑んで見せた。
「いいえ、違うのよ。これはね……」
(ああ……)
そこでアシェリーは改めて実感する。自分は本当に妹を愛しているのだと。そして彼女の命が助かったことが、こんなにも嬉しいのだと。
「レベッカ……あなたが無事で本当に良かった」
そう言ってアシェリーは妹の手を握りしめた。




