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第12話 図書館、街デート、思わぬ告白

「これでローレンツの治療も終わったわね」

 

 アシェリーは馬車の中で、ようやく肩の荷が下りた気分だった。

 呪術のことがまだ心配だが、ひととおりの治療は終了した。あとは王都に戻るまでの間、様子を見ていけば良いだろう。

 ラルフも頷く。

 

「そうだな」

 

 アシェリーは向かいに腰掛けるレベッカに言う。

 

「これからの治療はあなたにお願いするわね。もし、ローレンツの様子で気になることがあったら、いつでも報告して」

 

「ええ、分かったわ!」

 

 任されたことが嬉しいのか、レベッカは大きくうなずく。

 

「お姉様はこれからどうするの?」

 

「そうね……あなたを子爵家に送ってから、そのまま陛下と港町に行ってみようと思うの」

 

「港町?」

 

 レベッカは首を傾げる。

 

「ええ。図書館に行ってみようと思って……」

 

 ローレンツの病のことが気になっていた。ラルフと話し合い、朝の治療の後には港町に向かおうと決めていた。簡単に欲しい情報が見つかるはずもないが、せっかく時間があるのだから残りの日数でできることをしておきたい。

 

「そう……」

 

 少し寂しそうにしているレベッカを見て、アシェリーは『おや?』と思ったが、その時にラルフが声をかけてきたので、その違和感は消失してしまった。

 

「ああ、もうすぐ子爵家に着くぞ」

 

 その声で、窓の外に顔を向ける。

 ──この時のレベッカの変化に気付けていれば、あんなことは起こらなかったかもしれないと。

 後から悔いても遅いけれど、そう思わずにはいられなかった。


 ◆

 

 レベッカを子爵家の前で降ろしてから、アシェリー達は港町にある図書館へと向かった。

 館長には国王が来訪をすることを予め告げてあったため、入り口まで出迎えてくれた。

 

「これはこれは、国王陛下に妃殿下。わざわざこんな辺鄙な場所までお越しくださり、誠にありがとうございます」

 

 老年の館長は恭しく一礼する。アシェリーとラルフは微笑んだ。

 

「歓迎感謝する」

 

 ラルフがそう言うと、館長はニコニコと笑って言う。

 

「いいえ、とんでもありません!  お二方ならいつでも大歓迎ですよ。王都にある図書館ほどの蔵書量はないと思いますが、ごゆっくりとなさってください」

 

 館長はそう言って、図書館内を案内してくれた。

 吹き抜けの広い空間に、本棚が天井まで設置されていた。中には大小さまざな書物が並べられており、上の方は大きな脚立がないと取れそうにない。

 

「それで、今日はどのような本をお探しですか?」

 

 館長の問いに、アシェリーは答える。

 

「呪術について書かれた本を探しているのですが……」

 

 そう伝えると、館長は顔を強張らせた。

 

「呪術について、ですか……かつて焚書されており、記録はほとんど残っていないはずですが……」

 

 アシェリーはうなずく。

 

「それは分かっています。数十年前に王家から大粛清がありましたから……ですが、それ以降は禁書指定にはなっていないはずです。何か残っている資料に心当たりはありませんか?」

 

「そうですか……」

 

 館長は少し考え込むように顎に手を当てる。そして、アシェリー達を見て言った。

 

「それなら……この図書館の地下に書庫がございます」

 

「地下?」

 

 ラルフが怪訝そうな顔をすると、館長は頷く。

 

「ええ。実はこの図書館自体が古い建物でしてね、昔は地下の書庫も使用していたのですが、現在は封鎖されているのです。ですが、もしかしたら古い書物がどこかに残っているかもしれません……何かあるとしたら、そこでしょう。ただ、何もないかもしれませんが……」

 

 館長の言葉にアシェリーは目を輝かせた。そんなアシェリーを見て、ラルフは苦笑する。

 

「行ってみるか?」

 

「ええ!」

 

 そうして館長が案内してくれたのは書庫の入り口だった。

 古びた扉には鍵がかかっていて、館長がその鍵を持ってきて開けてくれる。そして鍵を開けて中へと入ると──そこには古びた本や巻物が所狭しと並んでいた。閉ざされていたために埃としめっぽい空気が襲ってくる。

 

「うっ……」

 

(すごい量ね……)

 

 思わず圧倒されるアシェリーだったが、ラルフも驚いているようだ。

 

「ほう……これはなかなかの代物だな」

 

 ラルフがそうつぶやくと、館長は恥ずかしそうに白髪頭を掻く。

 

「掃除が行き届いておりませんゆえ、両陛下をご案内するのはためらわれる場所なのですが……」

 

「いや、構わない」

 

 ラルフはそう言うと、連れてきた護衛達にも探すのを手伝わせることにしたようだ。

 

「手分けして探そう。アシェリー、俺たちはこっちだ」

 

 ラルフに言われて、アシェリーはハッとする。

 

(いけない! のんびりしていたら駄目ね)

 

 アシェリーは慌ててラルフの後を追いかけた。

 書庫の書架には古い本や巻物が所狭しと並んでいる。とてもではないが一日で全て読み切れる量ではないため、アシェリー達は二日かけて調査を行うことにした。

 館長も協力を申し出てくれたが、そこまでしてもらうわけにもいかず断った。代わりに書庫に出入りする許可をもらったので、それぞれ分担場所を分けて本を探していく。

 

「アシェリー、何か分かったか?」

 

 ラルフがそう声をかけてきたのは、調査を始めた翌日の午前中のことだ。

 アシェリーは首を横に振る。

 

「いいえ……なかなか、これという情報は見つかりません」

 

「そうか……」

 

 ラルフも残念そうに言う。

 

(やっぱり、そう簡単に呪術について書かれた書物なんて見つかるはずもないわよね)

 

 もうあらかた書庫は調べ終わった。中には珍しい書物もあって面白かったが、肝心の呪術にまつわるものはほとんどない。

 密かに落ち込んでいるアシェリーに、ラルフが明るい顔で言う。

 

「アシェリー、気分転換をしないか?」

 

「気分転換?」

 

 ラルフはうなずいた。

 

「ああ、もう昼過ぎだし遅めの昼食をしよう。予約してあるんだ」

 

「予約って……いつの間に?」

 

 アシェリーが驚いて問うと、ラルフは笑う。

 

「昨日のうちに予約しておいた。せっかく海辺の町に来たのだから楽しまなければ損だろう? ずっと調べものばかりしていたら疲れてしまうからな」

 

 根を詰めがちなアシェリーのために、休める時間を用意してくれたのだろう。ラルフの心遣いが嬉しかった。せっかく彼が用意してくれたのだ。その厚意を無下にするわけにはいかないだろう。

 

「ありがとう、ラルフ」

 

 アシェリーは素直に礼を言う。すると、ラルフも嬉しそうに笑った。

 

「いえいえ。愛するアシェリーのためならばお安い御用だ」

 

 そしてラルフは護衛達に向かって言った。

 

「皆、ご苦労だったな。もう子爵家に帰って良いぞ。二人だけ残ってくれ」

 

 ほとんどの護衛達は一礼して去っていく。

 

「護衛を帰らせてしまって良いの?」

 

 驚いて問うアシェリーに、ラルフは胸を張る。

 

「距離をおいて護衛をつけるから問題ない。それに、いざとなったら、そこらの兵士より強い俺がいる。格好も庶民の衣装で行くつもりだから危険はないだろう。馬車に衣装も用意してある」

 

 用意周到なラルフに、アシェリーは少し呆れて笑ってしまう。

 

「そうね。ラルフがいれば安心だわ」

 

「ああ、任せておけ」

 

 そうして、アシェリーとラルフは図書館を後にした。

 


 

 ラルフに連れてこられたのは港町にある高級レストランだった。中に入ってみると客はおらず、貸し切りのようだ。オーシャンビューになっており、開いた窓から潮風が頬を撫でていく感触が気持ち良い。目の前は砂浜と海原が広がっていた。

 オーナーが満面の笑みで出迎えてくれる。

 

「ラルフ様、アシェリー様。ようこそお越しくださいました」

 

 オーナーは恭しく一礼してから、テラス席へと案内してくれた。

 テラス席からは美しい海が見渡せた。まるで一枚の絵画のようだ。

 席について注文すると、料理はすぐに運ばれてきた。魚介類をふんだんに使ったパエリアやムール貝のワイン蒸しなどだ。他にも新鮮な海鮮を使った料理がテーブルに所狭しと並べられる。

 

「すごい……どれも美味しそうね」

 

 アシェリーは目を輝かせた。ラルフも嬉しそうに笑う。

 そして二人は舌鼓を打った。

 食事を終えて店を出ると、二人は海辺の町を散策することにした。

 ラルフと手を繋いで、地元のマーケットがある大通りを歩く。市場やお土産屋では魚介類の干物や、地元のアーティストによる手作りのガラス製品や木工品、石鹸やアロマオイル、ジャムや塩、海をテーマにした絵画、貝殻のアクセサリーなど、あらゆるものが売られていた。

 露店では町民に混じって、並んで名物アイスも購入して食べた。

 

「ラルフが庶民に混ざって並んで買うなんて意外ね」

 

 アシェリーがそう言うと、ラルフは苦笑する。

 

「ああ……まあな。だが、庶民の暮らしを知ることも大切だからな。領民がとてもに穏やかな表情をしている……良い街だ」

 

 そしてアシェリーに向き直る。

 

「どうだ?  少しは気分転換になったか?」

 

 そう問われて、アシェリーは微笑む。

 

「ええ!  おかげさまで少し気が晴れたわ」

 

 すると、ラルフは安堵したように笑う。

 

「良かった……アシェリーが元気でないと俺もつまらないからな」

 

 その言葉に、アシェリーの胸が温かくなる。

 王都の喧騒から離れたこの町は穏やかで居心地が良い。潮風が優しく頬を撫でていくのを感じながら歩くと、自然と笑みが溢れてくる。隣を歩いているラルフも穏やかな表情で微笑んでいた。

 

(本当に素敵な町……)

 

 そんな町でラルフとゆっくり過ごせる時間は、アシェリーにとってかけがえのないものだった。

 そうして遊び回っているうちに、日は沈みかけていた。夕焼けの空が海に映り込んで美しい光景が広がっている。

 波の音を聞きながら、二人で並んで砂浜を歩いていた。

 

(綺麗……)

 

 思わず見惚れてしまうほどの美しさだ。そんなアシェリーを見て、ラルフは目を細める。

 

 「アシェリー、そろそろ帰ろうか」

 

  ラルフの言葉に、アシェリーはうなずく。そして、手を繫いだまま馬車で子爵家へと帰った。


 ◆


 子爵家に戻ると、ローレンツがサロンで待っていた。

 昼間ならまだしも、もうすっかり夜も遅い時間帯だったので、アシェリーは驚いてしまう。いくら幼馴染で比較的近隣に住んでいるとはいえ、こんな時間に訪ねてくるのは何かあったのかと心配してしまう。

 

「ローレンツ? どうしたんですか? もしかして体調が悪いのですか?」

 

 アシェリーの問いかけに、ローレンツは微苦笑を浮かべた。

 

「いいえ、おかげさまで、すっかり元気です。昼間にお邪魔したのですが、アシェリーが不在と聞いて……子爵夫妻にご了承をいただいて待たせていただいたんです」

 

「何か、私にお話でも……?」

 

(明日に回せないくらいに重要な話なのかしら……?)

 

 アシェリーが尋ねると、ローレンツは躊躇いがちに言う。

 

「どうしても、アシェリーに今日話しておきたいことがあって……ここは人目があるから、庭にでも行きませんか?」

 

(もしかして呪術に関することかしら?)

 

 それなら周りに聞かれたくないはずだ。

 アシェリーは了承しようとしたが、その前にラルフが不機嫌そうな表情で言う。

 

「それなら、俺も同席させてもらう」

 

「ラルフ……」


 アシェリーは目を丸くする。

 ローレンツは困ったような表情をした。

 

「すみません。どうしても、アシェリー以外の人に聞かれたくないんです」

 

 その言葉に、ますます眉根を寄せるラルフ。

 彼が口を開く前に、アシェリーは言った。

 

「分かったわ」

 

「アシェリー」

 

 ラルフは不満そうだ。アシェリーは苦笑する。

 

「……陛下、患者には、治療者以外には聞かれたくない話だってあるんですよ」

 

 そう言うと、さすがにラルフも渋々納得してくれたようだ。

 

「……分かった。だが護衛はつけるぞ」

 

 アシェリーは苦笑する。

 

「心配性ね。ローレンツは昔から知っている相手なんだから大丈夫よ。……でも心配なら、遠くから護衛をつけておいて。治療師には患者の秘密に守秘義務があるから、話は聞こえない距離でね」

 

 ラルフはうなずき、アシェリーに小声で耳打ちしてくる。

 

「何かあったらすぐに俺を呼ぶんだぞ? 近くで待機しているから」

 

「ええ、分かりました」

 

(過保護な夫を持つと大変ね)

 

 笑いをかみ殺しながら、アシェリーはローレンツと庭へと移動することになった。


 ◆


 夜風が優しく頬を撫でていくのを感じる。中庭に割く薔薇の香りが、ガゼボにまで漂ってきていた。

 月明かりが優しく照らす中、アシェリーはガゼボのベンチにローレンツと腰掛ける。ラルフと護衛は話の内容が聞き取れない距離で待機してくれているようだ。

 

「それで……話って?」

 

 アシェリーがそう問うと、ローレンツは少し躊躇うような仕草をしてから口を開いた。

 

「……実は、その……私は……」

 

「ええ」

 

 アシェリーが続きを促すが、それでも彼は言いにくそうにしている。

 

(どうしたのかしら?)

 

 不思議に思っていると、ようやく決心したのか口を開く。そして言ったのは意外な言葉だった。

 

「俺は……ずっと前からアシェリーのことが好きだったんだ」

 

「え……?」

 

 予想外の言葉に、アシェリーは頭が真っ白になる。

 ローレンツは真剣な表情で続けた。

 

「子供の頃からずっと好きだったんだ……命の恩人だからじゃないよ。十年以上前から惹かれていた」

 

(そんな……)

 

「嘘……」

 

 そんなそぶりはなかった。むしろ、妹のレベッカと仲が良かったはずなのに──。

 目に見えて狼狽していたアシェリーに、ローレンツは苦笑いを浮かべる。

 

「まったく意識されていなかったのか?」

 

「え、ええ……」

 

 アシェリーは認める。そして鈍感すぎる自分に呆れた。


(原作では、アシェリーに好意を抱いていたという設定はなかったはずだけど……)


 そういう思い込みがあったのは確かだ。

 戸惑うアシェリーに、ローレンツは顔を歪める。

 

「本当は、俺もずっと認めたくなかった。自分でも、どうしてこんな自分勝手な少女に惚れるんだ、と腹が立っていたくらいだったから。だから昔は態度にできるだけ出さないようにしていた。意識しているのを隠したくて……だから君が気付かなくても無理はない」

 

「どうして、私を──」

 

「恋って理屈じゃないだろう。意識した時には、すでに落ちている。……十年前に皮膚病で苦しんでいる時に君から見捨てられて、ひどく憎んだ。この十年間もずっとベッドの上で、君に恨み言ばかり吐いていた気がする」

 

 絶句するアシェリーに、ローレンツは恥ずかしそうに目を伏せる。

 

「……それだけ君に囚われていたんだ。十年間ずっと。愛なのか憎しみなのかも分からない感情で」

 

 まさか幼馴染の彼から告白されるだなんて夢にも思わなかった。

 アシェリーが混乱していると、ローレンツはさらに言葉を重ねる。

 

「君に伴侶がいることも……それが国王陛下だということも分かっているが……、アシェリーがもうすぐ王都に戻ってしまうと思うと、居ても立っても居られなくなって……気持ちを伝えに来てしまったんだ」

 

「ローレンツ……」

 

「君を国王から奪うことは許されない大罪だ。想いを告げることさえ罪なことも分かっている。だが……」

 

 ローレンツはアシェリーの片手を取り、口付けを落とした。思わずビクリとアシェリーの肩が跳ねる。驚いて手を引っ込めようとしたが、強く握られていてできなかった。そのまま上目遣いで見つめられる。その瞳には熱が籠っているように見えた。

 

(……っ)

 

 するとローレンツが熱っぽく、ささやく。

 

「想うだけなら自由だろう? 受け入れてくれとは言わない。どうか、俺の想いを知っていてくれ」

 

 アシェリーは言葉を失う。

 そして、しばらく押し黙って考え込んでから、そっと手を引き剥がした。

 

「……ごめんなさい。私にはラルフがいるから……想ってもらうことも必要ないわ」

 

 冷たく聞こえただろう。少し胸が痛んだが、ここで態度を柔らかくすることはお互いのためにならない。

 

(ローレンツは大胆すぎるわ。もしラルフに知られたら、不敬罪で罰せられてもおかしくないのに……)

 

 アシェリーが謝ると、彼は明らかに落胆した様子で肩を落とす。だがすぐに笑顔を浮かべた。どこか無理をしているような笑顔だ。

 

「すまない。突然、驚かせるようなことを言ってしまって……今日はもう帰るよ。おやすみ、アシェリー」

 

 そう言って立ち上がり踵を返した彼に、アシェリーは思わず声をかけそうになったが、ぐっと押し留まる。

 

(私がこれ以上、何か声をかけることはできないわ……)

 

 スカートの上で拳を握りしめる。

 彼は振り返ることなく屋敷を後にしてしまった。

 アシェリーが嘆息してガゼボから離れようとした時、何かの視線を感じて館の方を見上げる。

 ──そこでは、窓辺にいたレベッカが温度を感じさせない瞳で、こちらを見おろしていた。

 


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2024年11月11日、書籍2巻が発売します! 読んでくださると嬉しいです!

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