◆書籍化お礼SS◆ 番外編『共に歩む未来へ』
アシェリーはラルフと共に、シュバリエ地方にやってきていた。ヴィレールとフローラに結婚式に招待されたのだ。
辺境伯邸では庭園に盛大な飾り付けがされており、ぞくぞくと集まる招待客はウェルカムワインを飲みながら楽しんでいる。
ラルフとアシェリーが王室の印が入った黒塗りの馬車で現れると、人々は慌てた様子で頭を伏せる。
ヴィレールが代表してラルフ達を出迎えた。
「ラルフ様、アシェリー様、ようこそおいでくださいました」
「今日は堅苦しいことは抜きにして、友人として祝いにきた。ヴィレール、この度は結婚おめでとう」
ラルフがそう言って微笑むと、ヴィレールは子供のように破顔した。
「ありがとうございます。さあ、どうぞ中へ。フローラが待っています」
奥の薔薇園のガゼボで、フローラが森の民の仲間らしき者と談笑していた。
普段は矢筒を背負い、腹出しファッションの彼女だが、今日ばかりはそうともいかないらしく、純白のマーメイドドレスを着ている。鍛えられた素足がスリットから見えており、成熟した女性の色香が漂っていた。とても四十歳を過ぎたようには見えない。アシェリーが彼女に出会ってから、三年ほどが経過している。
アシェリーとラルフの姿に気付いたフローラが駆け寄ってきた。
「二人共、よく来てくれたな!」
「フローラ、おめでとう。とても綺麗よ」
「ありがとう! アシェリーも、今日は一段と美しいな!」
フローラが豪快に笑うと、アシェリーは照れ笑いを浮かべた。今日は脇役に徹するために控えめなドレスを身に着けているが、ラルフから贈られたものでデザインも気に入っていた。
「まさかフローラがあのヴィレール辺境伯と結婚するとは思わなかったわ」
二人が想い合っていることにアシェリーは気付いていたが、森に棲む精霊の民の族長と辺境伯では立場も違いすぎる。ヴィレールの初恋がフローラだとしても、二人の前には大きな障害があったはずだ。
「ああ。過去のことは全て水に流せる訳じゃないが……あれから三年が経っている。村も発展して、学校もできたんだ。今では村は解放されて、護石の輸出で潤った暮らしをしている。アシェリーのおかげだよ」
フローラにお礼を言われて、アシェリーは「それなら良かった」と微笑んだ。
魔力暴走を抑える護石を作るために、アシェリーはフローラに協力を頼んだ。そして護石からもたらされた収益の半分を精霊の森に返している。精霊達の居場所を護りながら、辺境伯領の民と森の民が共に生きていけるように。
フローラはばつの悪そうに頬を掻く。
「……本当は私は一生独身を貫くつもりだった。だが、あいつがどうしても諦めないから……」
アシェリーは苦笑した。ヴィレールから話は聞いている。フローラは何度もヴィレールに求婚されたが断り続け、最後には「私より弱い男は認めない。私より強くなったら考えてやる」と言い放ったのだ。
森で暮らすフローラに、ひ弱なヴィレールが勝てるはずもない。普通ならそこで諦めるだろうが、ヴィレールは実にしつこい男だった。──そう、彼は初恋を三十年引きずるほどに諦めの悪い男なのだ。
ヴィレールはフローラに「十年待って欲しい。必ず強くなって戻ってくる」と言って甥に領地を任せて野生動物の出没する山脈に修行に向かった。フローラは最初ヴィレールはすぐに音を上げて帰ってくるだろうと思っていたらしい。だが一年も音沙汰のない彼の生死が心配になり、部族の者達と救助に向かった。そしたら森の奥地で野性味あふれる格好で熊と戦っている彼を発見したのだ。その時に、フローラは観念したのだという。
このままだと十年後には彼は確実にフローラより強くなっているだろう。それか、その前に死ぬか。
ヴィレールの死ぬところを見たくはない、とフローラは強く思った。そして逆にプロポーズして「まだ十年経っていないから」と何故か狼狽して断ろうとしたヴィレールを説き伏せて、結婚することになったのだ。
フローラは赤い顔で咳払いする。
「まぁ、ヴィレールは可愛らしいところがある。男に求めるのは筋力以外でも良いだろう」
一年間離れている間に、フローラの方でも心境の変化があったようだ。元々お互い本音では好意を抱いていたのだし、こうなるのは自然なことかもしれないとアシェリーは思った。
その時、近付いてきたヴィレールがアシェリー達に言う。
「今日はこの邸での式ですが、明日には森の中で民族衣装を着て行います。是非、それにもご参加いただけると嬉しいです」
「勿論! フローラは精霊の民の婚礼衣装も似合うでしょうね」
甘々な二人の様子を見てアシェリーが微笑むと、フローラは照れたように頭を掻いた。ヴィレールは嬉しそうに彼女の手を取る。
「今日はごゆっくりとお楽しみください。それでは」
ヴィレールの声と共に音楽が流れ始め、招待客達は思い思いに踊り始めた。
アシェリーはワインでほろ酔いになりつつ、うっとりとフローラの花嫁姿を見つめる。
ラルフはワインを片手に言う。
「アシェリー、大丈夫か? 酔ってないか?」
「ええ。大丈夫よ。ありがとう」
「それなら、ちょっと踊ってみるか?」
「えっ……」
アシェリーは戸惑った。
ラルフと踊ったことがないわけじゃない。昔、パーティで無理やり、アシェリーがラルフと一緒に踊ったことがある。あの時の彼の嫌そうな表情がよみがえった。
(……でも、今はもう、あの時とは違う)
アシェリーを嫌悪していた少年の表情が、愛しげに妻を見つめる青年の顔にかき消される。
アシェリーはラルフに微笑みかけた。
「ええ、踊りましょう」
アシェリーとラルフは手を取り皆が踊っているスペースに向かった。
華やかな宮廷音楽ではなく、軽やかな庶民が踊るような曲調だ。リズムに合わせてステップを踏むと、ドレスの裾がふわりと揺れた。
アシェリーのダンスに、周囲の者達が拍手を送ってくる。
「……俺達も結婚式をやり直すか?」
ラルフに耳元でささやかれて、アシェリーは驚く。
「えっ? どうして……?」
「羨ましそうにフローラを見つめていただろう」
気付かれていたのだ。
アシェリーは居心地の悪いような、気まずさを感じて目を逸らす。
「綺麗だなって思っただけで……また私達の結婚式をやりたいというわけでは……」
アシェリー達の結婚式は形式だけのものだった。そもそもアシェリーの希望で無理やり行ったものだ。そこにラルフの意思などなかったのだから、永遠の愛の誓いも薄っぺらく感じた。当然、初夜ではラルフは顔も見せにこなかった。
(──あの時は欲しいものが手に入らなかったけれど……)
ラルフはフッと微笑む。
「俺はもう一度やっても良いと思っている。あの時とは違うから」
アシェリーは、たじろぐ。
「でも、王族なのに二度も結婚式を行うなんて前代未聞よ。大騒ぎになるわ」
「そんなの勝手に言わせておけば良いさ」
「準備も大変だし……」
気後れしてそう言うアシェリーに、ラルフが眉根を寄せる。
「アシェリー、やりたいかやりたくないかを聞いているんだ」
「それは勿論……」
(やりたい……けど)
きっと、ラルフはアシェリーが望めば叶えてくれるだろう。
だが、しばらく考えてから、アシェリーはやんわりと首を振る。
「遠慮しているのか?」
「いいえ。ねぇ、ラルフ……私ね、今とっても幸せよ。だから、もう良いの」
それは本心だ。まるで奇跡のように今が幸せだから。わざわざ二度目の結婚式を行う必要はない。
そんなことしなくても、もう彼がアシェリーの手を取って共に歩いてくれる未来を脳裏に描けるから。
ラルフは目を細めて頷いた。
「……そうか」
「ええ」
アシェリーは満面の笑みを浮かべた。
ラルフが愛しそうにアシェリーを見つめる。
「──俺も幸せだよ」
そう言って、ラルフはアシェリーの頬に手を添えて口づけを落とした。
彼の愛情を感じて、アシェリーは照れ笑いを浮かべる。
二人を見守る温かい周囲の視線に気付いてアシェリーが真っ赤になって慌てるのは、それから数分後のことだった。
2024年5月10日にMノベルスf様より、書籍が発売となります!
たくさん加筆し、書き下ろしの番外編も入っています。
Web版より面白くなっていますので、是非読んでくださると嬉しいです〜!




