098:1200年前(前編)
黒衣はゆっくりと口を開いて、過去に何が起きたのかを語り始めた。
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1200年前の黒衣は、兄の神座崩月とその妻である清、当時の陰陽師の中でも名家出身だった永源寿國、3代目天斬の夢見恭弥の五人と一緒にパーティを組んで怪の国を探索していた。
まさか俺たちの武器を打ってくれた、貞治さんのご先祖様も黒衣たちと一緒に旅をしていたとは思わなかった。
そして、美優が教えてくれたのだが、現在の滅怪総隊長の姓も永源らしい。
普通に考えたら、永源寿國の子孫が現在の滅怪のトップということになるだろう。
さらに俺の中に入っているもうひとつの魂。
それが黒衣の兄である崩月のものだということも判明した。
つまり黒衣も俺の血筋であることが判明したのだ。
この話を聞いたときは、俺のとは別の魂の正体を知ったことはもちろんだが、今まで一番近くで助けてくれていた黒衣との関わりが今までよりもさらに強くなった気がして嬉しく感じた。
「私たちが怪の国へ行く目的は、無垢砂鉄や日国では取れない鉱石の採取。そして、怪の国の地図を作ることでした。私たちにとって最後となる長い探索も、最初の方は今までと変わりなく普段通りでした。しかし、とある怪との出会いが私たちの運命を変えたのです」
そう言った黒衣は、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
出会った怪というのは、俺たちの拠点でメイドとしてサポートしてくれているミカたちと同様に、人間の魂を喰わずに霊獣の魂を主に食していたらしい。
その怪は白翁と名乗り、支えている王に会ってもらえないかと伝えに来たということだ。
半信半疑ながらも、好奇心旺盛だった俺のご先祖様の崩月が乗り気になって、反対を押し退けてその国に向かうことにしたらしい。
「その国と首都の名が先ほどお伝えした無名です。そして、この国を統治していたのが名無という怪でした」
無名で暮らしている怪は3千体ほどで、その全てが人間の魂を喰わないということだった。
さらに、首都の無名以外にも村は点在しており、合計で2万体以上もの怪が人間を喰わないというのだから驚きだ。
初めて怪が統治する国に足を踏み入れた黒衣は、正直心臓が止まる思いだったという。
それに対してご先祖様の崩月は、無名の街並みを実に楽しそうに見ていたらしい。
「名無は今まで出会った怪とは別次元の強さだというのは、一目で分かりました」
名無を一目見た瞬間から黒衣は圧倒されてしまったとのことだった。
それは他のメンバーはもちろん、流石の崩月も同様だったという。
そして崩月からは、人間ともっと仲良くしたいということや、怪の国の情勢などを教えてもらったのだという。
1200年前の怪の国は、無名以外にも伽沙羅と猿国、百花の4国が戦争状態だったらしい。
この四つ巴の状態は100年前から継続していたらしく、ここ最近では前線で小競り合いがある程度で留まっていたとのことだった。
「名無はその後、無名を活動の拠点にしないかと提案をしてきました」
黒衣たちは、名無と話しているうちに快活で裏表のない魅力に引き込まれて、その提案を受け入れたのだという。
それまでは、過酷な怪の国では長くても一ヶ月くらいしか滞在することが出来なかったらしいのだが、名無を拠点にしてからというもの、黒衣たちの探索は以前に比べて相当捗ったらしい。
ただし、陰陽師の名家出身でもある永源寿國に関しては、月に一度は探索の報告をする必要があったため、黒衣の霊扉で日国へ定期的に戻っていたとのことだった。
ただ、このときに気になったのは、黒衣が寿國の話をするときは何やら憎しみのようなものが込められている気がしたのだ。
それが何故なのかはこのときの俺には分からなかった。
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無名を活動の拠点にしてから1年が経った頃に、崩月と清の間に子供が産まれた。
清にとって初めての出産を怪の国で行うのは勇気が必要だった。しかし、日国から崩月の従姉妹にあたる神座単衣が助産師として来てくれたため母子ともに問題なく出産を終えることが出来たのだ。
また、単衣と一緒に寿國の叔父でもあり、世話役でもあった弥谷永久も怪の国に来ることになった。
月欠と名付けられた子供は、無名でそのまま育てることにしたらしい。
単衣も日国に帰ることはなく、そのまま無名で清のサポートのため無名に留まってくれたので、慣れない育児も安心して出来たとのことだった。
それに無名で暮らす怪たちも月欠に優しく、国全体で可愛がってくれたと黒衣は当時を思い出すように穏やかな表情で語っている。
しかし、そんな幸せはずっとは続かなかった。
月欠が産まれてから一年後に、伽沙羅が無名に対して宣戦布告をしたのだ。
それだけではない。
猿国と百花まで同時に宣戦布告をして来たのだ。
無名は三国に間者を放っていたらしいのだが、ある時から連絡が途絶えてしまったらしい。
宣戦布告は、何かあったと調べようとした矢先のことだった。
まさか無名が戦地になると思っていなかった黒衣たちは、日国に帰るかそれとも無名で一緒に戦うか悩み話し合うことにした。
名無からは「お前たちはこの戦には無関係だ。だから日国に戻ってほしい」と打診があったらしい。
寿國に関しては日国に帰ろうと説得をしていたようなのだが、崩月は三国が同時に攻め込んできたことが腑に落ちないようだった。
タイミング的にも、この三国は何かしらの繋がりがあるだろうということは、俺でも分かることだ。
「ここでお兄様は、この三国が同盟関係だったらまだ良い。最悪なのはどこかの一国が二国を属国としている場合だと仰ったのです」
もし無名を潰すための同盟だったとしたら、その後三国間で戦争が再び起きるだろう。
しかし、すでに二国を属国としていたら、無名を潰した後はどこに目を向けるだろうか。
崩月は「次は日国に攻めてくるだろうな」と言ったらしい。
つまり、今までは怪の国の戦争で日国まで手を伸ばすことはできなかったが、無名に住む怪以外にとって日国は食糧の宝庫だ。
それに、現代の日国と違って魔素が怪の国と同じくらい充満していたらしい。
そうなると、戦争を終えた怪が次に狙いを定めるのは、日国と考えてもおかしくないだろう。
「お兄様は、もし三国が同盟関係だったら私たちに帰ってほしいと言いました」
崩月は今まで受けた恩を仇で返すことはできないということで、一人で残って戦争に参加すると言ったそうだ。
だが寿國以外はそれに頷かなかったらしい。
しかし、戦争に参加したら無事に済まないだろう。
それにいくら陰陽師とは言え、今の滅怪の隊士を見る限り、等級の高い怪と戦えるとは思えない。
それに対して黒衣は「今の滅怪は当時の陰陽師の足元にも及びません。それに、私たちは怪の国で人を超える力を得ることが出来ました」と答えた。
人を超える力をどうやって得たのかは気になったが、今はその後の成り行きを聞くことが重要だろう。
俺は疑問を飲み込んで黒衣の言葉に再び耳を傾けるのだった。




