094:しぃくんたちの勇姿
ヒュドラは今まで見てきたどんな魔獣よりも恐ろしく強いのは、戦闘経験が乏しい私にも分かることだった。それくらい目の前の九頭龍からは威圧感を感じてしまう。
そんな化け物が相手だというのに、しぃくんたちは躊躇なく毒に侵された荒野に足を踏み入れたのだ。クランを結成してから4ヶ月くらい経つけど、実は今まで強敵と戦う彼らの姿を私は見たことがなかった。彼らはそれくらい圧倒的だったのだ。だからなのか、目の前に威圧感たっぷりのヒュドラがいても、私は不思議と怖いという感情はなかった。それでも私の周りにミカちゃんたちがいなかったら、泣いちゃってたかも知れないけどね。
最初にヒュドラに向かって行ったのは、我らがクランリーダーしぃくんだった。私もレベルが上がったからなのか、しぃくんの動きを何とか追うことが出来たんだけど、それでも凄いスピードだったのでたまにしぃくんが2人に見えたり、3人に見えたりしていた。
その次にヒュドラの方に向かって行ったのは黒衣ちゃんだ。彼女は2つの漆黒の扇を両手に持ち、ヒュドラの近くまで行くとヒラヒラと舞うように斬りつけていた。
瀬那ちゃんや美優ちゃんだって負けてはいない。自分よりも遥かに大きな魔獣に勇猛果敢に立ち向かう姿は、同じ女の子だけどなんかカッコイイと素直に思ってしまった。
私がミカちゃんたちに守られながら、みんなを応援しているとしぃくんがヒュドラの首を手に持った黒刀で斬り落とした。私は「やった!」って口に出して喜んだんだけど、ヒュドラの首はすぐに再生してしまったのを見て息を呑んでしまった。
やっぱりこのヒュドラは神話と同じ存在なんだと確信する。
『みんな! ヒュドラの首を斬ってもすぐに再生しちゃうから、傷口を燃やすなりして再生能力を失わせないとダメだよ』と、私はコネクトを使用して全員に伝える。アドバイスはしたものの、ヒュドラの傷口を燃やすってこの状況でどうやれば良いのか私には全然アイデアが出てこない。
それなのにしぃくんは『分かった! ありがとな、凛音!』と感謝の言葉を伝えてくれる。それに他のみんなも『ありがとう』って言ってくれるのだ。こんな時だと言うのに私は、本当に良い仲間に巡り会えたなって嬉しく思ってしまう。
すると、ヒュドラと戦っている方から「葬送神器――――黒死天斬」としぃくんの声が聞こえてきた。すると、先ほどまで一緒に戦っていた黒衣ちゃんが神器になって、しぃくんの手に収まった。私は黒衣ちゃんたちを神器化したしぃくんのことが大好きだ。だって、袴姿になるんだよ? 真っ黒な袴姿はクールだし、真っ白な袴姿も神秘的で素敵なのだ。髪型はいつものショートヘアの方が好きだけど、ロン毛なしぃくんもワイルドで悪くはないよね。
黒衣ちゃんを神器にしたしぃくんは、素人の私でも分かるくらい強くなっていた。だって、姿が見えないくらい早いんだもん。それでもしぃくんが強くなったって分かるのは、10本あるヒュドラの首の6本が恐らくしぃくんがいるであろう場所を攻撃しているから。
呆然とその光景を眺めていると、ヒュドラの首元で大きな爆発が起こった。何が起きたのか分からなかった私は、「ミカちゃん、しぃくん大丈夫かな?」と心配で聞いてしまう。するとミカちゃんは、「詩庵様は大丈夫です」と微笑を浮かべる。
爆炎が収まると、ヒュドラの首の一本がなくなっていることに気付いた。そして、その根元には黒い炎が燃えているのだ。先ほどは切り落とされても、ヒュドラの首はすぐに再生していたのだが、今回はいつまで経っても新しい首が生えてくる気配がなかった。私はこれで勝ち筋が見えたと思っていると、ヒュドラが前足を燃えていた首元に持っていくと、鋭利な爪でその部分をこそげ取ってしまったのだ。すると、先ほどまでは再生していなかった、ヒュドラの首がまた新たに2本生えてきてしまった。
「あ、あんなの反則だよ……」戦っているみんなが諦めてないのに、私は絶望の声を漏らし、目を逸らしてしまうと、『凛音! あともうちょっとで勝つから、勝利の瞬間を見逃すんじゃないぞ!』としぃくんの声が私の脳に直接鳴り響いた。タイミング的に、臆病風に吹かれた私の心を見透かされたような気がして、少し申し訳ない気持ちになってしまったのだが、そんな気配を悟られまいと「うん、しっかり見てるよ! だから勝ってね!」と激励を送る。
あんな反則級の再生能力を持つヒュドラ相手にどう戦うのか分からなかったけど、しぃくんがもうちょっとで勝つと言うならそれは本当のことなのだろう。だって、しぃくんは希望的観測で物事を話すような人ではないからだ。
そして、しぃくんの言葉が真実だったと示すように、それからのみんなの戦いは圧倒的だった。
瀬那ちゃんの刀から眩い光が放たれたと思ったら、ヒュドラの四本の足が斬り落とされていたのだ。そして、美優ちゃんがハルバードっていう大きな武器を地面に振り下ろすと、地面から大きな土の壁が迫り上がって大きな壁を作ってヒュドラを囲んでしまった。こうなるとヒュドラは身動きが取れなくなってしまう。
ヒュドラは激しく体を動かして拘束から逃れようとしているけど、美優ちゃんが作った壁は壊れる気配がなさそうだった。しぃくんはその隙を逃さずにヒュドラに向かって神器になった黒衣ちゃんを横薙ぎ一閃したと思ったら、爆発音と同時にヒュドラの全ての首が弾け飛んでしまった。今のヒュドラの姿を見た人は、刀で攻撃したと言っても信じることはないだろう。それよりも、ミサイルを撃ち込まれたと言われた方が信じる人が多いと思う。現にその光景を目の当たりにした私ですら信じられないのだからそれも仕方のないことだろう。
元々首が生えていた箇所を、黒い炎で燃やされているヒュドラは、その炎を消す手段がなく先ほどまで以上に激しく暴れていた。そして、ついに美優ちゃんが作った土の壁を壊したのだが、それで全ての力を使い切ってしまったのか、電池が切れたように急に身動き一つ取らなくなったのだ。私は今度こそやったと思ったのだけど、しぃくんたちは一向に戦闘態勢を崩す気配がなかった。結局しぃくんたちは、ヒュドラが動かなくなってロックアップに格納するまで警戒を緩めることがなかった。
その姿を見た私は、数多の死地を潜ってきたんだと理解した。そんなしぃくんたちのことを、私は心から尊敬しているのだ。




