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090:嚥獄合同ダイブ④

 全員が寝静まった深夜に事件は起きた。

 結界石を張っていたはずの俺たちの拠点に魔獣が入って来たのだ。

 今回のダイブでは、人数が多いと言うこともあり、『青龍』のメンバーが見張りについてくれることになっていた。

 そして、この日も同様に見張ってくれていたのだが、基本的には結界石がある限り魔獣が中に入ってくることはないので、俺たちの拠点に魔獣が近付いて来てもあまり警戒をしていなかったらしい。だが、しっかりと結界石を設置したはずにも関わらず、魔獣が俺たちの拠点に入り込んだのだ。

 それを目にした見張りの方は大声を出して、魔獣が侵入したことを伝える。その声を聞いた俺は、黒衣たちには帰るように指示を出す。そして、彼女たちが霊扉で移動したと同じくらいのタイミングで、俺たちのテントが魔獣によって破壊されてしまった。

 俺と瀬那は慌てて外に出ると、すでに10体ほどの魔獣が拠点を囲んでいた。すぐさま戦闘態勢に入ると、片っ端から魔獣を屠っていく。そして、戦闘音によってさらに魔獣が集まってきて、結局ことが治まったのは最初の魔獣が現れてから30分後のことだった。



「結界石に守られていたはずなのに何故なんだ……」と俺たちの拠点の惨状を見ながら、ハヤトさんが近付いてくる。


「分かりません。ですが、この拠点はもうダメです。今日は『青龍』の拠点で休んでも良いでしょうか?」


「あぁ、それはもちろんだ。予備のテントはあるか?」


「はい。大丈夫です。――あと、明日ですが、怪我もないですし挑むのは問題ないですが、予定より少し遅らせてバジリスク戦に挑みましょう」


「その方が良いだろうな。取り敢えず詩庵くんたちがテントを張っているうちに、俺たちは結界石に不備がないか確認しておくよ」と言って、メンバーの元に戻り色々と指示を始めた。



 俺はハヤトさんの後ろ姿を見送ってから、瀬那と一緒に予備のテントを設置し始めた。




 ―




「昨日は不測の事態が起きたが、詩庵くんに確認したところ問題ないということなので、予定通りこれからバジリスクに挑みたいと思う。バジリスクはみんなも知っての通り、あの『覇道』ですら負けてしまった強敵だ。しかし、ここにはそんなバジリスクを一蹴した『清澄の波紋』がいる」と言って、ハヤトさんは俺の方を向くと力強く頷いた。


「バジリスクの攻撃パターンは主に3つある。まずは口から吐かれる毒液だ。これは四散させたり、ウォータージェットのように加圧させて攻撃をしてくることもある。それと尻尾を鞭のように攻撃を仕掛けてくる。そして最後に最初は隠している5本目と6本目の腕がある。関節が多いのでバジリスクの背後を取ったとしても攻撃されるリスクがあるので気をつけてくれ」



 俺が知る限りのバジリスクの攻撃パターンは、前日の打ち合わせの段階でハヤトさんには伝えていた。そのため、どのような攻撃を仕掛けてくるのか想定することができ、それに対抗するのため作戦を練ることができるのだ。ここまで仕込んだ状態で『青龍』が戦うことで、霊装を纏ったバジリスクを彼らは攻略できるのだろうか。俺はそれを見定めたいと思っていた。もし危険を感じたら、俺がすぐにバジリスクを倒すということはハヤトさんに伝え、その許可は得ているので死者が出ることはないだろう。




 ―




 30階層目に到着すると、まず俺と瀬那だけが先に入って周りを見渡す。『青龍』のメンバーが何をしているかというと、まだ29階層と30階層を繋ぐ階段で待機をしているのだ。

 これは、今までで2回バジリスクと戦ったが、いずれも入った瞬間に攻撃をされた経験があったため、念の為俺たちが様子見のために先に入ったのだ。

 しかし、今回はバジリスクからの攻撃はなく、未だ辺りは静まり返っていた。俺は瀬那に彼らを連れて来てもらい、その間も引き続き周囲の警戒怠らない。全員が30階層目に入ると、ハヤトさんは素早く陣形を整えて行動を開始の号令を掛けようとしたその時だった。



「ギュォォォォオオオオオ」という叫び声が聞こえたと思ったら、右奥の森からバジリスクが突っ込んで来たのだ。恐らくバジリスクは全員が揃うのを待っていたのだろう。つまり、バジリスクにはそれだけの知識があるということの証明でもあった。



 その姿を確認するやハヤトさんは「鶴翼の陣!」と叫び、それに応じて『青龍』メンバーは素早く陣形を整えた。確かに突撃してくる相手には鶴翼の陣は効果的だと言われている。果たしてバジリスク相手にも通用するのかどうか……。俺は彼らの陣形の後ろに位置しており、もし危険を感じたらすぐにでも攻撃できるよう柄に手を置いている。


 バジリスクは土煙を出しながら、速度を落とさずにそのまま突っ込んでくる。このまま来たらあと数十秒くらいで正面からぶつかるだろう。俺が『このまま待ち受けるのか?』と思っていると、「散!」とハヤトさんが声を出し、それとほぼ同時にメンバーは両翼が広がった。全6パーティ中の4パーティがバジリスクの四隅に位置すると、そのまま足に向かって武器を振り下ろす。

 まさかこんなに華麗にもバジリスクの四隅を取れるとは思っていなかった俺は、見事な陣形に驚きが隠せなかった。魔獣と戦っている時もそうだったのだが、やはり『青龍』の連携は群を抜いて優れているように思える。


 だが、彼らの攻撃は、やはりバジリスクに通用しているとは思えなかった。正面からハヤトさんも切り付けてはいるのだが、バジリスクにはダメージを与えるまでには至っていない。それでも『青龍』のメンバーはバジリスクの攻撃を躱して、攻撃をし続けて善戦をしていた。


 その後も激戦を繰り広げていたのだが、徐々に『青龍』メンバーに疲労が見えてきた。ポーターとして、戦っている『青龍』の各パーティをサポートしている『龍の灯火』メンバーも緊張からなのか疲労の影が濃い。

 だが、恐怖に争って懸命にみんなをサポートしている姿は大した者だと、俺が少しだけ感心していたのだが、ハヤトさんは優吾たちの状況に危機感を持ったのだろう。彼らに向かって「サポートはいらないから下がっててくれ」と指示を出す。優吾たちは残念ながら、そのまま戦線から離脱することとなる。優吾たちの顔を見ると、悔しさが顔に滲み出ているのが分かった。


 『青龍』のメンバーは善戦しているものの、バジリスクにはダメージを与えられず、自分たちだけが疲労を蓄積している状況なのでこのまま戦っていてもジリ貧と言えるだろう。それどころか、四隅のいずれかのパーティが崩れると、そのままドミノ倒しのように崩れ落ちていくと思われる。


 ――さて、そろそろ俺たちが戦うかな。


 そう思ったその時、「ハァァアアア!」と気合いの入ったハヤトさんの声と共に、バジリスクの「ギャァ」という悲鳴のような声が聞こえてきた。よく見るとバジリスクの首元に刀傷がついていた。


 おぉ、霊装を持ってないのにバジリスクに傷をつけたのか!


 俺はその光景に驚いてしまったが、どこかで流石ハヤトさんだな、と納得してしまう。だが、『青龍』の見せ場はそれが最初で最後だった。それから数分後に、右側後方で戦っていたパーティの一人が攻撃防ぐと、持っていた武器が破壊されてしてしまった。俺はその光景を確認すると、すぐさま「俺が戦います!」と声を張り上げてバジリスクに駆けていき、少し下がったハヤトさんの横を通り過ぎる。その時に「すまない。頼むよ」というハヤトさんの声を聞いた俺は、「任せてください」と言ってそのままバジリスクの首を横一文字で切り落とした。首がなくなったバジリスクは、体をぐらりと揺らして、そのまま地面に崩れ落ちる。


 その光景を見た『青龍』のメンバーからは、「うぉおお!」「すげぇ!」「一撃かよ!」などの驚愕の声が聞こえてくる。そして、ハヤトさんが俺の元に来て、「俺たちはまだまだだな。何も知らずにバジリスクと戦ってたら全滅してたよ。ありがとう」と感謝を伝えてきた。その後バジリスクをロックアップに回収した俺たちは、このまま29階層目に戻って少し休んだ後に地上に戻る準備をした。


 地上への帰り道は、行きに比べるとそこまで大変ではない。というのも、降る階段の位置は更新されるのだが、登りの階段の位置は常に固定だからである。ダンジョンのマップ情報は、ハンターギルドのダンジョンマップで記憶させることができる。例えばゴールの位置をピン留めしておけば、帰りのルート情報を表示してくれるのだ。

 このマップ情報を記録するかどうかはユーザーの任意で変更することができるので、攻略用の時はマッピングしていない。もしハンターギルド運営に怪しまられたら最悪だからな。滅怪との繋がりがあるって知っちゃったし。


 なので、例え行きで4日間掛かっていたとしても、帰りは何事もなければ急いで2日、普通の速度でも3日くらいで戻ることが可能になるのだ。今回に関しては俺たちの依頼があと2日だったこともあり、それに間に合う速度で地上へ向かった。そして、予定通りのスケジュールで進むことができた俺たちは、現在嚥獄への入り口の前に集合している。



「みんなご苦労だった! 今回俺たちは『清澄の波紋』の2人に導かれて、初めて27階層目まで行き、30階層にいるバジリスクと対峙した。そして、現在の立ち位置もハッキリとしたと思う。俺たちなら29階層目の魔獣にも戦うことが可能だろう。しかし、バジリスクと戦うには残念だが今のところ力不足だ。だから、俺たちはこれからも鍛えまくってレベルを上げ、そしていつか自分たちだけの力でバジリスクを攻略してしようじゃないか!」そういうと、ハヤトさんは力強く腕を高く掲げた。



 それにクランメンバーは「おぉ!」「やってやる!」などの歓声をあげている。クランメンバーの興奮が冷めやらぬ中、ハヤトさんは「今回のダイブは本当にありがとう」と握手を求めてくる。その握手に応じると「これから例のことを彼らに伝えるな」と少し暗い表情を浮かべて小声で伝えてきた。



「それともう一つ。――『龍の灯火』メンバーの優吾を始めとするパーティメンバーは前に来てくれ」と言うと、優吾たちは困惑した表情を浮かべながら、ハヤトさんの方へ向かった。


「バジリスクとの戦いの前に、『清澄の波紋』の拠点の結界が崩れて魔獣が襲ってきたことがあったよな。あれは不慮の事故だと思っていた。――だがそれは違ったんだ」そう言うとハヤトさんは苦しそうな表情をする。『青龍』のメンバーは、副リーダーのミヤさんとトシロウさん以外は困惑した表情を浮かべていた。優吾たちはというと、何かを察しているのか顔が青褪めているようだった。


「実はあの時『清澄の波紋』の結界は、人為的に崩されてしまったのだ。――ここにいる『龍の灯火』のメンバーの手によってな」



 ハヤトさんがそう言うと、『青龍』のメンバーは「は?」「嘘だろ?」と声を上げ、一様に混乱しているようだった。それに対して優吾たちは「そ、そんなことをしていません!」「こんなの事実無根よ!」「俺たちがやった証拠――そうですよ、証拠があるって言うんですか?」と声を荒げる。


「証拠……か。証拠ならな、あるんだよ」


「――――え?」優吾たちは先ほどまで声を荒げていたのだが、ハヤトさんの言葉に言葉を失ってしまった。


「じゃあ、みんなに今から動画を送るな。それを見てもらったらわかると思う」



 ハヤトさんはそう言うと、ハンターギルドのチャット機能を使って、ある動画をシェアした。それを見た『青龍』メンバーからは「おい、どう言うことだよ!」「優吾、テメェ何やったか分かってんのか!」と、優吾たちに向かって怒声を浴びせる。同じく動画を閲覧した優吾たちはと言うと、全身の血が抜けたように崩れ落ちて涙を流していた。


 先ほどハヤトさんがシェアした動画は、優吾たちが俺たちの結界石に細工をしたところを映し出していたのだ。優吾たちは自分たちが見張りのタイミングを見計らって、俺たちの結界石に細工をして結界を崩して何事もなかったかのように見張りを交代したのだ。

 それでは何故そんな動画があったのか。以前からハンター間のトラブルで、結界石に細工をされて魔獣に襲わせるケースがダンジョン内にあると知っていたので、超小型のドローンを上空に常に飛ばして証拠となる動画を撮影していたのだ。

 そのことを知らずに、優吾たちはまんまと俺たちの拠点に細工をしてしまったということだ。


 俺に罵声を浴びせるだけなら思う所はあっても、基本スルーすることはできるのだが、ハンターとして見過ごせないことをしてしまった優吾たちの蛮行に目を瞑ることはできなかった。なので、今日のダンジョン内での休憩のタイミングでハヤトさんを呼んで、このことを打ち明けたという感じだ。

 その後ハヤトさんは副リーダーのミヤビさんと、セカンドパーティリーダーのトシロウさんを呼んでいたので彼らの処遇を相談したのだろう。


 俺としては、ここまでオープンに糾弾しなくても良かったのだが、ハヤトさんから最後の挨拶の際にこのことを言うと聞かされたので、それに対しては特に口を出さずに静観することに決めたのだ。



「優吾たちはハンターとして許されない行為をした。そのため今日を持って優吾たち『龍の灯火』は『青龍』から除名するものとする。そして、この行為はハンター協会にも報告させてもらう」



 ハヤトさんから、ハンターとしてある意味死刑宣告に近いことを言われてしまった『龍の灯火』メンバーは、その場で蹲り咽び泣いていた。優吾たちは実際に俺の戦いを間近に見たことで、嫉妬に狂ってしまったのだろうか。ずっと見下していた俺が、自分たちよりも高みへ行ってしまったことがどうしても許せなかったのだろうか。正直俺には分からないが、ハンター協会で初めて会った時に俺をパーティへ誘ってくれたやつが、こうして終わっていく姿を見るととても悲しい気持ちになってしまった。

 優吾も俺なんか無視をして、自分のやれることをしっかりと積み重ねていったら、Aランク、ひょっとしたらSランクにもなっていたかもしれない。そんな可能性を醜い嫉妬で手放してしまった、かつての友人の姿を見ても俺は「ざまぁみろ」とは到底思えないのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 凛音作の極小ドローンの名前は? [一言] 予想通りのやらかしに合掌 青龍の幹部に事前に企みを阻止されて、詩庵には企みが有ったこと、処罰(ハンター引退?)された事すら知られず(というよ…
[一言] 完全な自業自得ですが、実際どの程度の罰が下るのか気になりますね。 今や有名人となった主人公達を陥れようとしたのだから、 これが世間に知れればハンターとして再起不能どころか 人生終了レベルでは…
[一言] 人陥れたって自分達が強くなるわけではないのにね 落ちぶれた奴に一言 ザマァー!
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