089:嚥獄合同ダイブ③
嚥獄にダイブしてから3日目となり、ついに今日からは27階層目に行くことになる。ハヤトさんから今まで26階層目以降に進めなかった理由としては、単純に広大な面積とどこにあるか分からない階段、そして21階層目からもう一段階強くなった魔獣によるものだったらしい。
そもそもダンジョンにダイブするときは、戻ることを視野に入れて進行しなくてはいけない。今までのダイブでは26階層目まで辿り着いた時点で、地上に戻る算段をしないといけないくらいのダメージを受けていたのだという。恐らく『探るんだ君』を渡すことで、『青龍』は自分たちの力だけで26階層目を突破する可能性は高まるだろう。階段を早く見つけられるというのは、それだけ魔獣との戦闘を避けられるということなのだから。
「我々はいよいよ27階層目に足を踏み入れる! 今までは26階層目で足止めをされていたが、『清澄の波紋』の手助けにより俺たちはこの先に進むことができるのだ」ハヤトさんは27階層に続く階段の中でメンバー全員に話し掛けている。決して大きくはないが、それでも全員に行き届く不思議な声をしていた。うーん。やっぱりハヤトさんのカリスマ力半端ないな……。
「ここからは俺たちにとって未知の領域だ。みんなこれまで以上に緊張感を持って挑んでほしい。また、27階層目からはじっくりと進行する予定だ。今日を含めて2日間で、階層の環境や魔獣の強さなど徹底的に調べる」そこまで言うとハヤトさんは俺の方を見て、「よろしく頼むよ」と言ってきた。その言葉に小さく頷くと「よしっ、行くぞ!」と気合いを入れると『青龍』のメンバーから「おぉ〜!!!」と掛け声が上がる。
隊列は今までと同様で、俺たちが先頭に立って最後列にはハヤトさんが隊全体の指揮をとる形だ。通常のダイブでは、ハヤトさんたちトップパーティが先頭を歩き、トシロウさんが率いるセカンドパーティが後方に回るらしい。ここまでの大所帯でのダイブとなると、後方から突然襲われた場合どうしても陣形が崩れてしまうのだが、後方で指揮を取ってくれる人がいることで対応することができる。
俺はそれを理屈では理解していたのだが、今回『青龍』と一緒にダイブしたことでその効果を実感したのだ。それと同時に、ハヤトさんの指揮能力の高さにも舌を巻いてしまった。俺たちはなまじ個人の力があるため、突然魔獣が来たとしても比較的対応できてしまう。それでも合同パーティ以来、連携練習も重ねて来たのだが実戦でそれを試す前に終わってしまうことが多いので、実際にはあまり機能していないというのが正直なところだったりする。
また、今回『青龍』とダイブして分かったことがあるのだが、パーティの練度はもちろんだが、個人の戦闘能力も相当高いということだ。恐らく効率よく進めることが出来たら自力で29階層目まで行けると思う。しかし、それと同時にやはりバジリスクには勝てない可能性が高いということも分かってしまった。
流石にこの事実をストレートに伝えることは出来ないのだが、この先進んだとしても被害が大きくなるだけということは分かっている。恐らく『探るんだ君』を渡してしまうと、彼らは30階層目へと行けてしまうだろう。俺が渡さなかったとしても、来年くらいには一般流通されるのでハヤトさんももちろん購入するだろうしな。つまり、いずれは必ずバジリスクと対峙することになるのだ。
俺はこの合同ダイブを経て『青龍』を好意的に思っていた。なので『覇道』と同じ道を辿ってほしくないと思ってしまうのだ。
俺はどうしたら良いのか瀬那にコネクトで相談してみると、『私たちがいるこのタイミングで、バジリスクの強さを肌で感じてもらうのがいいんじゃない?』とアドバイスをしてくれた。確かに俺たちがいたら危険はかなり軽減できるだろうしな。
瀬那の意見を採用した俺は、28階層目に続く階段を見つけたタイミングで、休憩を取ったときにハヤトさんに打診をしてみた。するとハヤトさんは「有難い申し出だが……。少し危険度が高いな」そう言うと黙って思案してしまった。その姿を見たトシロウさんは、ハヤトさんの肩を叩いて「いつか俺たちも『覇道』が失敗した30階層目に挑まなくちゃいけないだろ?」と声を掛ける。
「あぁ、それはもちろんだ」
「だったらさ、『清澄の波紋』がいるときにバジリスクと一戦するっていうのもありなんじゃないか?」
「だが、今回は期間が短いし危険が……」
「まぁ、そうなんだけどよ、それでも情報がほとんどない状態で俺たちが挑むよりいいだろ」
「確かにな……」そしてハヤトさんはまた少し黙ると、俺の方を向いて「明日の最終日に30階層目に行かせてくれ」と依頼をしてきた。その言葉に俺は首肯する。
その後ハヤトさんは休憩しているメンバー全員に声を掛けると、明日は30階層目を目指すことを伝えた。そのため予定では今日と明日で27から29階層目をじっくり進む予定だったが、今日で3階層進むことになった。とはいえ、26階層目まで2日間で進んだペースに比べたら、圧倒的にゆっくりとした進行になることだろう。
ハヤトさんの言葉を聞いた『青龍』のメンバーは、「よっしゃ!」「やってやろうぜ!」など気合の入った声を上げている。しかし、その中で唯一静かだったのが、一度バジリスクと対峙したことのある優吾たちだった。しかし、『青龍』の中でも一番の新参者である彼らが異を唱えることは出来ないのだろう。彼らは一様に顔を青褪めてただ呆然としていた。
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当初の予定よりは駆け足とはなったが、比較的じっくりと各階層を回った俺たちは、30階層目の階段手前に拠点を作って明日のバジリスク戦に向けて夜の活動は控えて英気を養うことになった。そして、食事やチルタイムが終わってそろそろ就寝というタイミングで、「おい、少しいいか」と声を掛けてくる人物がいた。聞き覚えのあるその声に対して「あぁ、いいぞ。どうしたんだ……優吾?」と振り返りながら返事をする。
俺は優吾たちに椅子を出して座らせると、優吾の口が開くのを静かに待った。瀬那も俺の隣に座っているが、俺たちの過去の軋轢や前回の合同パーティで良い思いがないのか、優吾たちのことを厳しい目で見ている。
「まさかお前がSランククランのリーダーで、俺たちが『青龍』に入ることになるとはな。一年前からは想像することもできないな」と優吾はゆっくりと口を開き始めた。
「正直今でもお前がSランクになっただなんて信じることは出来ないが、今回の戦いを見て確かに強いことは分かった。だが、俺たちとパーティを組んでいる時のお前は確かに役立たずだったし、足を引っ張っていたのは事実だ。そして、それに対してお前に言った言動は間違えているとは今でも思っていない」
俺は優吾の話を聞きながら、軽く混乱をしていた。こいつは一体何を言っているのだろう。そして、何を俺に伝えたいのだろう。声を掛けてきた優吾の意図も、話の意味も俺には分からなかった。
「あぁ、確かにあの時の俺はレベルが上がることもなかったし、お前たちの足を引っ張っていたのは間違いないな」と、意味が分からないなりにも、事実だと思う部分は素直に肯定しておいた。しかし、優吾はそんな俺を見て苛立ちを隠せないでいた。
「Sランクになった途端に上からだな。俺たちに対して申し訳ないって気持ちはないのか? 散々足を引っ張って、俺たちの邪魔をして、挙句に前回の合同パーティでは俺たちが奮闘しているときにお前たちは何もやらずに、最後のバジリスクだけ倒してヒーローみたいに扱われやがって!」
「優吾の言う通りだと私も思うわ。貴方のことをギリギリまで見限らずに、パーティメンバーでいてあげた恩を忘れてさ。少し強くなったからって、ハヤトさんと対等のつもりでいるし。30階層目に行こうって言ったのも貴方がハヤトさんを誑かしたからなんでしょ?」
「――確かに、ハヤトさんに進言したのは俺だが、それが何の問題があるんだ? 決めたのはハヤトさんだし、悩んでたハヤトさんを後押ししたのはトシロウさんだぞ? それに、前回の合同パーティでは元々ポーターとしての依頼だったし、最初から戦う気はなかったのだが、あの状況じゃ仕方がないだろ?」と俺は子供をあやすような優しい声色で語り掛ける。
「それで、お前たちは俺に何をして欲しいんだ? 俺に何を言って欲しいんだ?」
「お前のその態度だよ。上から目線でさも何でも知っているかのようにいつも言って来やがって……。そんなお前が昔から目障りだったんだよ」と怒りを露わにした。とはいえ、大声を張り上げないので優吾も少しは冷静なのだろう。ここはテントで死角になっているため、青龍の拠点からはこちらの様子を伺うことが出来ない。そのため、俺たちがこうして話していることを窺い知ることが出来ないのだ。
「そうか。謝罪をして欲しかったんだな。――あの時は足を引っ張ってしまいすまなかった。これは本心だ。あの時の俺は力がなく未熟でお前たちの力になることは出来なかった。それに対して本当に申し訳ないと思っている」
俺が素直に頭を下げると、優吾たちは歯を食いしばって俺のことを睨みつけてくる。そして「チッ」と舌打ちをすると、「ハヤトさんに30階層目に行くのを止めようと言ってこい」と告げてきた。
「何故だ?」
「あんなヤバイ魔獣と今の段階でまた戦えるかよ。お前がハヤトさんに行こうって唆さなければ問題なかったんだよ」
なるほど、こいつらはあのバジリスク戦が結構なトラウマになっているようだ。なので、バジリスクとは戦いたくないと。ハヤトさんたちも、優吾たちほどじゃないにしろバジリスクの恐ろしさを知ってもらわないとな。
「いや、それは無理だ。俺たちがいる今がバジリスクの強さを一番安全に身を持って知る事ができるんだからな」
優吾たちは俺が意見を曲げないことを理解したのか「クソッ、あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ」と捨て台詞を吐いて自分たちのテントへ戻っていった。
その後ろ姿を見た俺は瀬那に「蓋を開けてみたら自分たちがバジリスクと戦いたくないっていう泣き言だったな」と言うと、「ふん。情けない人たちね。それにしても本当に嫌な人たちだったわ」とかなりお怒りなのは一目瞭然だった。
俺はそんな瀬那を宥めながらテントに入ると、黒衣と凛音が凄い形相をして中で待っていた。ちなみに美優さんは、日中に行われていた攻略ダイブがキツかったようで、すでに夢の世界に旅立っている。
「しぃくん。あいつらに目に物を見せてやろうよ。そうじゃなきゃ気が収まらない」と言いながら手をブンブンと振り回している凛音の横で、黒衣が「本日黒凰と黒鳳の先端を研いだのですが、そちらの試し切りをしてきても良いでしょうか?」と薄ら笑いを浮かべながら許可を求めてきた。俺はそんな彼女たちを宥めていると、ダイブよりも何故か疲れてしまうのだった。




