077:ハムハムさんをご招待
「やっほー! ハムハムさんが遊びに来ましたよー!」
「こら。そんな大声を出したらご近所様に迷惑が掛かりますよ」
「ったく、ショウは私のお母さんかよ」
インターホン越しに痴話喧嘩をしている2人を、何とも言えない感情で見つめてから俺は門まで出迎えに行く。
今日はハムハムさんとショウさんをご招待して、黒衣の手料理を振る舞うのとこれからの取り引きの話をするために、2人にわざわざご足労頂いたという感じだ。
「うぉぉ……。なんだこの拠点は!」
「こ、これは凄い」
門を潜ると広がる庭園とその奥にある屋敷に圧倒されて、2人はその場に佇んでしまった。
正直俺もこんなところを拠点だと紹介されたら、全く同じリアクションを取ってしまうことだろう。
それにしても、Sランククランの先輩たちをこんな風に驚かせることが出来たのは何となく嬉しい気持ちになる。
他に敷地内の纏う空気がダンジョンみたいだと驚いていたが、理由は俺にも分からないと誤魔化しておいた。それで納得してくれたかは謎ではあるが。
「そう言えば『悪食』の拠点はどんな感じなんですか?」と、他のクランがどのような拠点を構えているのか気になったので聞いてみる。
「うちは10階建てのビルを一棟丸ごと借りてる感じだぞ。ちなみに1階から4階まで和・仏・伊・中の飲食店が入っててるからいつか遊びに来てくれよな」
体の小さなハムハムさんが、両手を広げて楽しそうに話している姿は完全に小学生だ。
懐いてほしくて飴ちゃんをあげたい気分になってくる。そんなことを考えていたら、ショウさんが「ハムハムさん。これでも食べて落ち着いてください」と飴ちゃんを手渡していた。その絵面は犯罪を匂わせるものだったので、俺がやらなくて良かったと心から思ったのだった。
俺が失礼なことを考えているとは露ほども思ってもいないハムハムさんは「よし! 早く黒衣の料理を食べに行こう!」と飴ちゃんをペロペロとしながら屋敷の方に向かって歩き出す。
そして、その後ろを「ふぅやれやれ」と言いながらついていくショウさんを見て、『悪食』は本当に良さそうなクランだなと改めて思ってしまったのだった。
―
「お待たせ致しました」
テーブルに大量の料理を黒衣が並べ始めると、待ってましたと言わんばかりの勢いでハムハムさんは椅子に着席した。
それにしても今日の料理は本当に力が入っているな……。テーブルに並ぶ料理は量はもちろんだが、古今東西の様々なジャンルの料理が並んでいる。
確かに黒衣は今日にかける意気込みは相当のものがあった。昨日なんて夕食の片付けをしてからすぐに仕込みを始めてたしな。
流石に気負いすぎじゃないかと思ったので、「そこまで気張らなくてもいいんだぞ?」と言ってみたが、黒衣は「いいえ、詩庵様。これは『悪食』と私の絶対に負けられない戦いなのです」と真剣な目で言われてしまった。
それだけ黒衣は本気ということだった。そこまでの意気込みなら俺に出来ることは応援することだ。本当は料理を手伝いたいのだが、黒衣レベルの手伝いをすると逆に迷惑を掛けてしまうので自重した。
「うほぉ! 凄い凄い! ショウ見てみろよ! 見たこともない料理も並んでるぞ!」
「えぇ、これは……日国の北部に伝わる民族料理にも似ていますが少し違うようですね」
「あぁ、こっちなんて仏国のルワール産のチーズを使った郷土料理だな! 黒衣は一人でこんな料理が作れるなんて凄いな!」
いや、凄いのは見ただけでそこまで分かる貴方たちも同様ですよ、と俺は心の中でツッコミを入れる。
それにしてもこの料理を作る黒衣も凄いし、見た目と香りだけでチーズの産地まで言い当てたハムハムさんも化け物だ。
黒衣もまさか産地まで当てられるとは思わなかったのだろう。目を見開いてハムハムさんのことを見つめている。しばらく放心状態だった黒衣だが、少しすると片方の口を少しあげて不敵な笑みを浮かべて、再びキッチンへ戻っていった。
こ、これはガチだ。想像以上にガチ勝負だ。
この空気感に気圧されているのは別に俺だけというわけではない。
瀬那と凛音も息を呑んでこの戦いを見守っている。そんな2人に俺はコネクトを使って話し掛けた。
『お、思った以上に本気だったな……』
『えぇ、黒衣ちゃんがかなり気合い入れてたから料理は凄いと思っていたけど……』
『う、うん。それにしてもハムハムさんって小学生みたいだね。本当にこの体型で日国一のフードファイターなのかな?』
凛音が言うように、ハムハムさんはフードファイターとしても名を馳せており、日国中の大盛り料理を制覇していたのだ。食べ放題のお店などは『ハムハムお断り』と入口に紙を貼っているくらい食べるらしい。
「ハムハムさん。今並んでる料理だけでも30人前はありそうなんですが、6人で食べ切れますかね?」
「ははは。何を言ってるんだ、詩庵。こんなの私だけでもペロリだよ、ペロリ」
「あっ、ペロリですか。あはははは」
マ、マジかよこの人。この量を一人でイケるだって?
これがガチなら正真正銘の化け物じゃないか……。半信半疑の俺はショウさんのことをチラリと見ると、俺が言いたいことを察したのか静かにコクリと一回だけ頷いた。
なるほど。どうやらハムハムさんはガチの化け物らしい。
その後も、ホテルのディナービュッフェかよってツッコミたくなるほどの料理が運ばれてきた。
ご馳走を目の前にしたハムハムさんとショウさんは、涎が垂れそうな勢いで口を開きにしながら料理をマジマジと見つめている。
クールなショウさんもこんな感じになるんだから、やっぱり『悪食』にいるべくしている人だったってことなのだろう。
「皆様大変お待たせしました。こちらで全てになります。ぜひご賞味くださいませ」
黒衣がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに「いただきまーーす!」と大きな声をあげてご飯に飛びつくハムハムさん。
そして、それに負けじとショウさんもお皿を片手に目当ての料理へ突っ込んでいった。
俺たちがその勢いに押されてしまいその場で立ち尽くしていると、「ほはえたひも、はびゃぐだべばいどぜんぶぐっじゃぶびょ」と異世界の言葉をハムハムさんが発した。
流石の凛音もこの言葉を理解することができずに「え??」と困惑した声を上げると、ショウさんが「『お前たちも、早く食べないと全部食っちゃうぞ』って言ったんですよ」と翻訳をしてくれた。
確かにハムハムさんとショウさんの勢いになんとか食いついていかないと、俺たちが黒衣渾身の料理には有り付けなくなるだろう。
俺たち4人は顔を合わせて、コクリと小さく頷くとお皿を片手にテーブルに走ったのだった。
ミカたちは念の為地下の部屋でゆったりとしています。
地下の部屋もだいぶくつろぎ空間になっているので、優雅な時間を過ごしています。




