055:あの時の理由
俺は今凛音と一緒に、三週間後に迫った嚥獄へダイブするクエストの準備をするために、大型のショッピングモールに二人で来ている。
そう。
今日の買い物は凛音と二人っきり。
何故黒衣たちがいないかというと、先週フロンティアでクランミーティングをしたときに、瀬那と黒衣が俺に抱き着いて来たことに怒った凛音が、クランメンバー一人ひとりとデートするように言ってきたことが発端だ。
そして今頃黒衣と瀬那は、怪の国へ行って二人だけで霊獣と戦っている。
今日の目的は瀬那の地竜を捕まえることらしい。
もし瀬那の地竜が手に入ったら、霊獣の森で俺たちが行ったことのない、もっと奥地にも行けるようになるだろう。
「しぃくん。今日はクエスト用のお買い物が終わったら、たくさん遊ぼうね?」
思い返してみると、凛音と二人で遊ぶということは一度もしたことがなかった。
基本的に放課後は日国に現れる怪と戦ってたし、土日はダンジョンにダイブしてたから遊ぶ時間というのがほぼなかったのだ。
それに、凛音と話せるようになってからも黒衣が近くにずっといたしな。
ん?
ちょっと待てよ……。
俺はふと重大な事実に気付いてしまう。
冷静に考えたら美湖以外の女の子と、二人っきりでショッピングモールに来ることなんて初めてなんだが……。
そう考えたら突然緊張してきてしまうのは、女の子に慣れていないボッチ高校生だからだろう。
「お、おぅ。あ、遊ぼうな、楽しみだなぁ」
「どうしたの、しぃくん?」
あからさまにぎこちなくなった俺の態度を不思議に思ったのか、凛音は不思議そうに俺のことを見上げてくる。
(うっ……。可愛い……)
凛音は普段からオシャレだが、今日はいつにも増してオシャレ度が高い気がする。
「凛音の今日の服装とても似合ってるな」
「え? 本当に? 今日のために頑張ったから嬉しいな」
ほんのりと頬を染めながら、「んふふ」とはにかんだ笑顔で嬉しそうにしていた。
そして、少し口にするのを躊躇うようにしながら「あのね。しぃくんも今日の服装とても似合ってていい感じだよ」と褒めてくれた。
この子良い子すぎるでしょ……。
「じゃ、じゃあ。まずはお買い物をしちゃっおうよ。その後は映画を見たり、ゲームセンターで遊べたら嬉しいな」
「あぁ。今日は普段遊べない分、思いっきり楽しもうぜ」
そう言うと凛音は俺の袖を徐に握って「うん! さっ、行こう!」と引っ張るように歩き出す。
そんな凛音に苦笑いしながらも「あぁ」と答えて、横に並ぶようにしてダンジョンでも使えるアウトドア用品を取り揃えているショップへ向かった。
―
「ふぃ〜。たくさん買ったね! けど、これで嚥獄に一ヶ月潜ってても全然余裕で生活できそうだね」
「だな。だけど、こんだけ買っても経費で落とせるって最高だな!」
「うん、そうだね! って言っても、自分たちのクランだから、稼いでるのはしぃくんたちの頑張りのお陰なんだけどね」
前回の合同パーティで虚無に潜ったとき、バジリスクを倒した報奨金が2000万円になったのはかなり驚いたが、これによりダンジョン生活を豊かにしてくれるグッズもたくさん買えたし、正式な拠点も嚥獄が終わったら契約しに行こうという話になっている。
ぶっちゃけ拠点ができたら、ほとんど今住んでるマンションに戻ることはないだろう。
そうなるとマンションは引き払っても良いのだが、ここは家族との思い出がある場所なので出来る限り取っておきたいのだ。
「いや、凛音がバックアップしてくれてるお陰だよ。凛音のこと本当に凄いと思ってるんだからな」
「えへへ。そんな真っ直ぐに褒められると恥ずかしいよ」
「事実だから。黒衣や瀬那だって凛音に感謝してるよ」
「もういいってば。お買い物も終わったし、早速映画を見に行こうよ!」
先ほど大量に買ったグッズは全てロックアップに入れている。
俺はケースの中にロックアップをしまうと、映画館に向かって凛音と一緒に歩き出した。
「さて、何観ようか?」
「しぃくんはどういう映画が好きなの?」
「ぶっちゃけ映画とかあんまり観たことがないんだよ。だから、凛音に任せたいんだけど良いかな?」
中学の時はたまに美湖と一緒に映画を観たこともあるが、高校に入ってからはずっとダンジョンにダイブしてたし、最近だと怪の国にも行ってるからぶっちゃけ全然休みというのがないのだ。
それでも全然辛くないのは、信頼できる仲間ができたからなのだろう。
俺が観る映画のことを凛音に全振りすると「うーん。じゃあ、これは?」と指差したのは、高校生になった男女二人の幼馴染が主役のサバイバルホラー映画だった。
女の子がゾンビが出てくるホラー映画を選ぶのは少し意外だったが、俺は「あぁ。もちろん」と二つ返事で首肯する。
こういう映画は神映画かクソ映画かはっきりしているので、この映画はどんな感じなのかとちょっと楽しみではあった。
映画が始まるまで一時間ほどあったので、少しお互いの洋服を選びあったりして時間を潰すことにした。
ところがそれが結構楽しくて、あっという間に映画が始まる時間になってしまう。
俺たちは慌てて映画館に向かうが、そんなハプニングが楽しくて二人してずっと笑い合っていた。
入場口でVRゴーグルを渡されて劇場に入ると俺たちは先ほど取った指定席に座る。
結構人気の映画だったらしく、最後列の席しか取ることができなかった。
とはいえ、一昔前の映画館とは違いスクリーンというものは存在せず、VRゴーグルを装着するとそこから映像が流れているのでどこの席に座っても関係ないのだ。
肝心の映画はというと、はっきり言ってクソ映画だった。
まさか主役の女の子が、一緒に戦っていた幼馴染の男の子が助けを求めているのを見捨てて、一人で逃げて行くラストは流石にないだろって思ってしまう。
どうやら第二部があるらしいのだが、どうなるのだろうか。
ある意味気になってしまう。
「しぃくんどうだった?」
「う……うん。面白かった、かな?」
「あはは! はっきりクソ映画だったって言ってもいいよ」
「なんだよ、凛音もそう思ってたのか」
「うん。実は私ってこういうB級映画が実は大好きなんだ。――だけど、ごめんね。完全に私の趣味に付き合わせちゃって」
凛音は楽しそうに話していたのに、急に声のトーンを落として落ち込んでしまった。
「いや、クソ映画って言えるなら俺も気が楽だよ。大丈夫。俺もこういうクソ映画結構好きだって今日分かったから」
「本当に? 無理してない?」
「無理なんてしてないよ。むしろ凛音がこういう映画が好きって分かったのは嬉しかったかな」
「本当はね、悩んだんだ。無難な映画にするか、それともさっき見た映画にするか。だけど、しぃくんの前で着飾るんじゃなくて、本当の私が好きなやつを知ってもらいたかったから。強引だったけど、しぃくんが結構好きって言ってくれて嬉しかったよ」
目頭に少し涙を溜めながら、凛音は柔らかな笑みを浮かべて俺のことを見つめてくる。
「だけど、この映画が人気な理由はなんだろうな?」
俺は凛音の真っ直ぐな瞳に照れてしまい、顔をちょっと逸らして映画の話題に無理やり戻した。
「あぁ、それはね……」
凛音が種明かしをしてくれたが、なんてことはない。
主演の2人が今大人気の若手女優と男性アイドルだったのだ。
ちなみにこの映画で男性アイドルを見捨てた、幼馴染役の若手女優のSNSは炎上してしまったらしい。
可哀想すぎる……。
カフェに入って映画の感想を話していた俺たちは、凛音が行きたいと言っていたゲームセンターに足を運んで思いっきり遊んだのだが、ここでも俺の遊びスキルの少なさが露見してしまう。
とりあえず2人で一緒に楽しめるゲームということで凛音が選んでくれたのは、所謂コインゲームというものだった。
コインゲームもほぼ初めてだったのだが、ARを駆使した演出のクオリティの高さはちょっと驚いてしまった。
「凄いでしょ! こういう技術って、映画もそうだけどエンタメが結構リードしてるからね。しぃくんも楽しめると思うよ」
「あぁ、驚いたよ。正直ちょっと舐めてたかも……」
俺のリアクションに満足したのか、「ふふん」と得意げな顔をしている。
俺はドヤ顔をしている凛音の頭をポンポンと叩いて、「早速やるか!」というと「うん!」と笑顔を向けてくる。
コインゲームは最高に楽しかった。
凛音と一緒に遊んでいるというのも大きな理由だろう。
この日は運が良かったのか、気付いたら箱の中にはたくさんのコインで溢れそうになっていた。
凛音はそのコインを見て「凄いね! 楽しいね!」と大ハシャギしている。
俺は今まで遊びというものを、ほとんどしたことがなかった。
だから遊び慣れていない俺と遊んでも、ほとんどの人が退屈をしてしまうだろう。
それなのにこんなに楽しそうにしてくれる凛音は天使なんですか?
最終的にコインは2箱分にもなり、お店に預けたのでまた今度一緒に遊ぶ時に使おうということになった。
その後俺たちは、高校生らしくファミレスに行くことにした。
黒衣たちには、事前に外食することを伝えていたので問題はない。
俺たちは高校生らしくファミレスに入って食事が終わってからも、ドリンクバーで大量のジュースを消費して長居をした。
凛音とは学校のことやクランのことなど話すことはたくさんある。
『そういえば、この間のことなんだけど……』
凛音が真面目な表情をしたと思ったら、急にコネクトで俺に話しかけてきた。
目の前にいるのに、なんでだろうと思ったが内容が先日滅怪と遭遇したときの話題だったので、万が一に備えてということなのだろう。
『なんで怪との戦いを滅怪に任せないでしぃくんが戦ったの? それって久遠さんを守るためだったのかな?』
『うーん。それも確かにあるな。だけど理由はそれだけじゃないよ』
『そうなんだ。滅怪に戦ってもらったら、ちょっとでも怪を消耗させて逃さずに済んだんじゃないかなって思ったんだけど』
『確かにそうかもな。――だけど、怪と戦ってたら多分滅怪の何人かは死んでたと思う。あいつらは味方ではないけど、人間ではあるんだよな』
凛音は俺の目をジッと見つめてくる。
言葉だけじゃなく、俺の心を覗き込むかのように。
『彼らが死ぬことを確信しながら、それでも滅怪に戦わせるってさ、えっと……直接な言葉で言うと、それってすでに人間として見てないってことかなって。一度でも人間の命の価値を軽くしちゃうとさ、多分歯止めが効かなくなりそうなんだよ。俺の敵はあくまで人間に仇なす怪や魔獣だからな。滅怪は俺の味方ではないし、ぶっちゃけ敵だとは思うけど人間の敵ではないんだよ』
凛音は俺から視線を逸らすと、小さく息を吐いて「そっか。しぃくんの考え分かったよ」と優しい笑顔を浮かべてきた。
俺は思っていた反応と違ったので、呆気に取られていると「甘いって言われそうな考えだけど、そういうしぃくんだから私たちは安心して一緒に進んでいけるんだよ。だから、自信を持って。そのままのしぃくんでいいんだからね」と俺の全てを肯定してくれた。
「お、俺のこと信頼しすぎだろ」
「当たり前だよ。私たちは全員しぃくんのことを信頼してるんだから」
そう言うと凛音はテーブルの上に置いていた俺の手を握り、「もし、しぃくんに危険が迫っても私たちがいるから安心して」と言ってから、「まっ、私は戦えないんだけどね」とちょっとおどけた感じで悪戯な笑顔を浮かべる。
凛音には本当に敵わないなと心の中で苦笑いをしてしまう。
「……俺は力強い味方がいてくれて本当に幸せだよ」
「うん。誰よりも強くなって、ちょっとした危険くらい鼻息で吹き飛ばしてやろうね!」
「鼻息って言いすぎだろ」
さっきまでシリアスしてたのに、途端におどけてくる凛音の発言に吹き出してしまう。
「えへへ。取り敢えずは日国で一番のクランになることだね。しぃくんなら出来るよ」
本当に簡単に言ってくれるよな。
だけど、凛音が出来るって言ってくれるだけで、本当に実現できてしまいそうだ。
それくらい信頼してもらえていることが、俺は心から嬉しかった。




