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053:答えの出ない会議

「今回も黒を取り逃したと言うのか?」



 言葉の主は手に持った扇子を、掌に叩きつけてパンパンと音を立ている。

 その姿は明らかに機嫌が悪そうな男は、滅怪総本部で参謀を努める伊達完凱(だてかんがい)だ。


 彼は危機感を抱いていた。

 怪と戦える者は神魂が発動した者だけだ。

 そして、神魂を発動させるために、神託の儀を受けなくてはならないということは、滅怪(めっけ)に関わる一族なら幼子でも知っていることである。

 この神託の儀は、どこでも出来るわけではなく、かの場所にある神域で行わないと神魂を発動させることはできない。


 そもそもこの神託の儀や神魂、そして怪や滅怪の存在自体が国家で秘匿された情報である。

 そのため滅怪以外に神魂のことを知っているのは、日国の国帝とそれに近しいごく限られた人間のみだった。


 しかし、今年に入ってから不可解なことが起き始めた。

 それは、日国に出現した怪を何者かが屠っているということ。


 最初にその報告を受けたときは、有り得ないと一蹴して幹部全員が信じることはなかった。

 しかし、その日を境に何度も同様の報告がされるようになる。

 もはや勘違いと断ずることが難しくなってきた。


 そのような日が続いたある日のことだった。

 怪の出現を知らせる鈴の音が6回鳴り響いたのだ。

 この鈴の音は多くなるほど、等級の高い怪が現れたことを示している。

 1回だと7等級の怪で、7回なると1等級以上の怪の出現を意味していた。


 そして、今回は6回鈴の音が鳴った。

 つまり2等級の怪がこの日国に現れたということになる。

 2等級以上の怪が日国に出現したのは、実に100年ぶりのことだった。

 3等級の怪ですら滅多に現れることはないのに、いきなり2等級の怪が現れたのだから、滅怪に衝撃が走ったのは仕方のないことだっただろう。


 以前2等級の怪が現れたときは、数多くの滅怪の隊士が死んでなんとか屠ることが出来たと記録にはあった。

 また、今回も多くの隊士が犠牲になってしまうかも知れない。

 しかし、それも2等級の怪を屠るために必要な尊い犠牲なのだ。


 まず最初に現場に着いたのは、今完凱の目の前で平伏している柚羽隊長が率いる(しち)番隊だ。

 漆番隊には隊士は40人ほどが所属しているのだが、総本部で待機していた別の隊士10人を連れて現場に向かった。

 その後も杜京中に散らばった別の隊も集まって死戦が始まるはずだったのだが、蓋を開けてみると一人の犠牲者も出すことなく2等級の怪は滅ぼされた。


 しかし、その結果を喜ぶ者は誰一人としていなかった。

 それもそのはずだ。

 2等級の怪を屠ったのは滅怪の隊士ではなかったのだから。


 100年ぶりに現れた2等級の怪を屠ったその者は、上下共に漆黒の袴姿で髪は長髪の男だったらしい。

 もちろんそんな人間は滅怪の中にはいない。

 だとしたら、この者は何者なのか。

 それは以前から報告にあった、怪と戦う謎の人物で間違いないだろう。


 だが実際に直接見たと言われても、そうですかと簡単に信じられるものではなかった。

 こちらが何十人もの犠牲を覚悟して戦おうと思っていた2等級の怪を、その者が一人で倒してしまったのだから。


 そんな者がいるなんて完凱には許せるはずがなかった。

 この日国を怪から1000年以上守ってきたのは滅怪である。

 その地位を脅かす存在を捨て置けるわけがない。


 その報告を受けた完凱は、各家の頭首を集めて重鎮のみの会議を即日開いた。

 通常であればこのように突然頭首が集められることはないが、2等級を屠った何者かが現れたことを知らされると二つ返事で参加の回答をしてきたのだ。



(あの腰が重い狸や狐共も流石に今回の報告には危機感を抱いたようだな)



 意外だったのは滅怪総隊長の永源有慶(えいげんゆうけい)もその会議に参加するということ。

 有慶は(まつりごと)には興味をほとんど示さずに、総隊長にも関わらず未だに鍛錬を欠かさずに力を求めているような男だった。

 そんな有慶だったとしても、2等級を1人で屠ることなぞ出来ることではない。

 自分をも上回る強者に興味を示したということだろう。


 その会議の結果、2等級の怪を屠った者を生きて捉えてから、全ての秘密を吐かせようということになった。


 仲間はいるのか。

 拠点はどこなのか。

 そして、どうやって神魂を発動させたのか。


 これらの情報を吐かせる手段は問わない。

 例え薬を使用したとしても、その結果その者の人格が壊されようとも……。


 確かに2等級の怪を、単独で屠るほどの力は惜しい。

 しかし、それ以上に滅怪よりも強い者がいるということ。

 そして、怪と戦う手段を持つ者がいるというのが問題なのだ。


 それから滅怪は戦闘員や非戦闘員を問わず、黒の居場所を探ることになった。

 その結果分かったことは、奴が現れるのはある特定範囲内ということだ。

 奴が現れる範囲は比較的広域ではあるのだが、全国に散らばっている滅怪の(いん)の精鋭を集めれば、どこに黒が現れるか把握することが出来るだろう。


 この隠の者とは、主に隠密に秀でた者のみで結成されている部隊である。

 滅怪の血筋だからといって必ず神魂が発動するわけではない。

 このように神魂が発動しなかった者は、怪とは戦うことが出来ないので、隠であったり別の役割が与えられていたりするのだ。


 そうして滅怪を総動員させて黒の居場所を特定したのがつい先日のことだった。

 しかし、今目の前で平伏している2人が率いる隊がみすみす奴を取り逃がしてしまう。


 完凱は焦っていた。

 滅怪以外にも怪と戦い、しかも強い者がいることが国帝や国の重鎮共に知られると面倒なことになってしまう。

 黒を捉えることは、1000年以上日国を支えて来た滅怪という組織を守るということなのだ。



「2人とも面を上げよ。――――それで、黒は強かったのか?」



 完凱の上から小さいのだけど、不思議と隅々まで行き渡る声が聞こえてきた。

 その声の主は、滅怪総隊長の有慶である。



「黒は強かったです。直接戦いましたが、私と柚羽を同時に相手取り完全に遊ばれてしまいました……」



 黒への率直な意見を述べた夏樹の隣では、柚羽が唇を噛みながら悔しそうに顔を顰めていた。

 それも仕方ないだろう。

 この二人は滅怪総本部の隊長なのだ。

 全国にある各支部にも隊長はいるが、総本部の隊長はその中でも別格の強さを持っている。


 この強さは才能だけではなく、幼少期から行われた地獄のような訓練を経て、手にすることができた強さだ。

 それをどこぞの神魂持ちに屈辱的な負け方をしてしまったのだ。

 悔しくない訳がないだろう。


 夏樹の返答を聞いた有慶は「そうか」と言ったきり黙り込んでしまった。

 完凱は黒の強さ以外にも気になる報告があったので質問をする。



「報告には黒が怪の国に行き、怪の村を襲撃して奴隷を解放している、というものもあるが?」


「こちらは芽姫と名乗る怪に黒が返答した際の発言です」



 この報告を聞いたとき、滅怪の重鎮の中で黒の脅威度が一気に跳ね上がった。

 それは、怪の国や怪の村、そして奴隷の存在を黒が知っているということだからだ。

 滅怪の人間であれば、怪の国というものが存在しており、人間と同じように村や街を形成して生活をしているということを知っている。

 知っている、と言っても実際に見たことはないし、怪の国へ行く手段も分からない。


 しかし、黒は怪の国に行って戦っているのだという。

 普段ならこんな話は馬鹿がと一蹴するのだが、今回に限っては信用するしかないだろう。

 何せ怪が怪の国で暴れている者がいると発言しているのだから頭ごなしに否定することは出来ない。


 まさか黒が単独で怪の国へ攻めている訳ではないだろう。

 ということは、滅怪以外にも怪と戦う組織ができて、黒はそこのメンバーの一人と考えるのが自然だ。

 滅怪以外に怪と戦う力を持って、さらに怪の国に行くこともできる組織の存在。

 滅怪ですら怪の国へ行くことなど出来はしないというのに……。


 完凱だけでなくとも、重鎮全員が黒に対して危機感を覚えていた。

 だが、どうやって黒を捕らえたらよいのか。

 二人の隊長と対峙しても子供扱いし、2等級の怪を圧倒するようなやつだ。

 更に光輪眼まで出ているというではないか。

 夏樹と柚羽を下げさせてから行われた、重鎮のみの会議でもその答えが出ることはなかった。

初めて詩庵以外の視点がおっちゃんでした。

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