036:瀬那の気持ち
「葬送神器――――黒死天斬」
その言葉を口にすると、俺の鼓動が跳ね上がった。
あまりの衝撃に、俺は左手で心臓を掴んで蹲ってしまう。
(な、んだ、これは……)
俺の霊装が溢れ出て、内側から爆発してしまいそうになる。
(ぐっ……。お、抑えることが出来ない……)
突然跳ね上がった霊装を感じ取った破坐は、驚きながらも危険だと感じたのか、先ほどまでの余裕の表情は消えていた。
しかし、俺が苦しんでいる姿を見て、好機とみたのか口元を歪めると、間合いを一気に詰めてきて刀を上段から袈裟斬りに振り下ろす。
『詩庵様! 上段です!』
黒衣の声に身体が咄嗟に反応をして、俺はなんとか黒死天斬で受けようと腕を振り上げることができた。
キィィィン
怪の刀を受けたはずの腕には一切の衝撃がなく、その代わりに耳底を刺激する金属音が響き渡った。
「お、俺様の刀が両断された、だと?」
俺は黒死天斬に力など入れておらず、ただ上に振り上げただけだ。
それだけでも、霊装に守られていた破坐の刀は刃の根本付近から先が失われていた。
破坐はその事実に驚愕しているようで、その場で立ち尽くしている。
『詩庵様。今の詩庵様は二つの神魂が発動している状態です』
『ふ、二つの?』
『はい。一つは詩庵様の神魂で、もう一つが眠っていた先祖の神魂です』
滅怪は葬送をすることで、魂の融合率を上げることができた。
それに比べて、俺の魂は元から神魂になっているので、葬送をしてもこれ以上ブーストすることが出来ない。
しかし、俺の中にはもう一つ、ご先祖様の神魂があるのだ。
その神魂が葬送神器によって解放されて、力をブーストしているらしい。
『先祖の神魂だったとしても、霊装制御を行うことが出来るはずです。最初の修行を思い出してください』
今では自然と出来るようになっている霊装制御だが、俺は初心に戻ってあの日黒衣に教わったことを思い出す。
(確か足を肩幅くらいまで広げて、丹田に力を入れるんだったよな)
精神を集中させるとで、暴走している神魂の存在を確認した。
その魂を抑えるために、丹田に力を入れることで霊装の出力を抑えることに成功したのだ。
それにより、さっきまで爆発しそうだった霊装も穏やかになり、以前までの状態に戻す――いや、身体は以前以上に状態がよくなっていた。
(凄い。力が溢れてくる)
俺は手に握られた黒死天斬を中段で構えて、未だ動揺の色を隠せない破坐を見据える。
さっきまで目の前にいる破坐に対して、怒りを抑えることが出来なかったが、今の俺の魂は波一つ立たない湖畔のように静かだった。
「破坐、お前にも分かるだろ? もう終わりにしようか」
「くっ、俺様を見下すな人間風情が! 貴様のそのスカした面を真っ二つに引き裂いてやるぞ!」
それはとても不思議な体験だった。
俺以外のやつの動作が全てゆっくりに感じたのだ。
破坐は折れた刀を捨てて、自らの霊装で作った刀を手にして駆け出している。
しかし、そのスピードはとても遅く、俺だけが別の次元にいるような感覚になる。
そしていよいよ間近に迫ってきた破坐に向かって、下段に構えた刀を燃え盛る炎のように上へ振り上げる。
「天下一刀流――太刀の型――――焔」
またしても俺の腕には斬った感触を一切感じることがなかった。
「おのれチョロチョロと逃げおって!――――お? な、なぜ俺の足が目の前にあるのだ?」
自分が斬られたことに気付いていなかった破坐は、反対側にすり抜けた俺を追撃するために足を踏ん張って急停止しようとしたのだが、その反動で上半身がズレて崩れ落ちていた。
「ま、まさか、この俺様が斬られたというのか? それもたかが人間の小僧にだと!?」
ようやく状況を把握した破坐だったが、ここから逆転する術はもう残されていない。
俺は地面に横たわっている破坐の元まで行き、黒死天斬を眉間に突き立てて確実に屠った。
「そ、そんな……。破坐様が下等な人間に殺されるなど……」
目の前で起きた現実をまだ信じることが出来ない怪が、わなわなと身体を震わせてこちらを凝視していた。
俺は周りを囲んでいた怪の残党を一瞥すると、我に返った怪たちが一斉に地竜の元へ向かって逃げようとし始める。
「逃さねぇよ」
俺は左端にいる怪から順番に斬り捨てていく。
そして、全ての怪を倒し終わった俺は、黒死天斬を黒衣に戻して凛音に無事を報告する。
ふわぁ〜。
危機を乗り切った俺は、全身の力が抜けてしまいその場にへたり込んでしまう。
今回はガチでヤバかった……。
もしあのタイミングで凛音から、黒死天斬の号を教えてもらってなかったら多分負けてたよな。
最悪の事態を考えると、俺は身体の底からブルリと震えてしまった。
「詩庵様の葬送神器は想像以上の力を発揮されましたね」
俺の目の前にはいつの間にか、足を抱えながらちょこんと座っている黒衣がいた。
「あぁ、黒死天斬モードを使いこなせるように、ちょっと練習しないとダメかもな」
「そうですね。ですが、葬送神器を会得したことで、詩庵様がまた強くなったことが嬉しく思います」
「俺が、というよりは、完全に黒衣のお陰だけどな。人間だったのに、神器になってまで俺を救ってくれてありがとな」
黒衣の頭を撫でながら感謝の言葉を伝えると、耳まで真っ赤にさせた黒衣が、着物の袖で顔を隠してしまう。
肩を若干震わせて「ヒックヒック」と聞こえるので、恐らくは涙を流しているのだろう。
俺はそのまま黒衣の頭を撫でて、黒衣が落ち着くのを待った。
この間に俺はアプレイザルを使用して、自分のレベルを確認したら、レベル12から16まで上がっていた。
「取り敢えず一度日国に戻るか。凛音も心配してるみたいだったし」
「そうですね。それでは霊扉を出すので少々お下がりください」
泣き止んだ黒衣が、怪の国と日国を繋ぐ霊扉を出現させて、俺たちは無事日国へ戻ることができた。
すると、俺たちに気付いた凛音が駆け寄ってきたと思ったら、俺に向かってタックルを仕掛けてくる。
完全に油断していた俺は「ぐはぁ」と情けない声を出して、その場に蹲ってしまう。
それを見た凛音は「あっ、ごめんなさい。思ったよりも勢いがありすぎちゃった……」と手をワチャワチャ振りながら謝罪をしてくる。
その表情と動きがとてもコミカルだったので、俺は「あはははは」と大声で笑ってしまった。
隣を見ると黒衣も笑っている。
俺たちは一頻り笑い合うと、落ち着いた凛音が「お帰りなさい。無事で本当に良かった」と薄らと涙を浮かべながら労いの言葉を掛けてくれた。
その後貞治さんにも状況を報告して、昼食を取ったら残りの無垢砂鉄を取ってくると伝えた。
貞治さんは「大丈夫なのか?」と心配してくれたが、流石にこの短時間で新手がくることはないと思うので恐らく大丈夫だろう。
だが、念の為作業は急いで行おうと黒衣に伝えた。
―
「ふぅ、これでラストっと」
俺は必要な無垢砂鉄を全て運び終わると、黒衣と凛音とハイタッチをした。
もちろん、ここには瀬那もいてハイタッチもしたのだが、俺と黒衣にしか姿を見ることが出来ないので、周りからは一人でエアーハイタッチをしているようにしか見えないだろう。
瀬那は「本当にありがとうね」と涙を流しながら感謝を伝えてくる。
それにしても、今日だけで女の子3人の涙を見てしまった訳だ。
なんか俺が女泣かせのジゴロみたいになったと錯覚してしまう。
いや、決してなりたいという訳ではないのだが。
「貞治さん。この量で刀作りに必要な玉鋼は作れそうですか?」
「あぁ、これだけあれば問題ないだろう。ありがとな、大変だっただろ。これからは俺たちの仕事だからな。お前たちはゆっくり休んでてくれ」
「ありがとうございます! どれくらいで刀って打ち終わるものなんですか?」
「大体一ヶ月ってところだな。手間になっちまうが、打ち終わったら連絡するから、試し切りに来てくれな」
「はい」
「まっ、取り敢えず今日のところはパーっとやろうじゃねぇか! 前祝いってやつだよ」
その日の夜は、俺たちと夢見さん一家だけではなく、たたら師のみなさんも集まって盛大な宴会が催された。
みんな盛大に盛り上がっている中、俺は外に出て影の中にいる瀬那に声を掛ける。
『宴会から出ちゃって良かったの?』
「俺がいなくても大丈夫だろ。みんなめちゃくちゃ盛り上がってるし」
俺がさっきまでいた部屋からは、大人数の笑い声と会話が外まで響いている。
恐らく俺が外に出たことにも気付いていないだろう。
ちなみに黒衣は疲れてしまったのか、すでに布団の中でスゥスゥと寝息を立てている。
「ようやくこれで瀬那の器になる刀が出来るんだな」
『うん。――詩庵、本当にありがとうね。敵討ちをしてくれただけじゃなく、私が貴方と一緒に入れる術まで与えてくれたのだから。感謝してもし切れないわ』
「そんなに感謝することもないって。だって、このままだったら瀬那は消滅しちゃうんだ。そんなの悲しすぎるじゃないか」
刀が出来上がったら瀬那は、神器封魂により魂を刀に封じ込められて神器へとなるだろう。
こうすることで、瀬那の魂は消滅することなく、神器として残り続けることになる。
もし、神器になる術がなかった場合、瀬那の魂は消滅してしまう。
これは比喩ではなく、本当の意味での消滅になってしまうのだ。
怪に狂わされた運命の最後が消滅というのはあまりにも悲しすぎるだろう。
『消滅って言われてもいまいちピンと来てなかったのよね。だけど、敵討ちができれば消滅しても悔いはないって思ってたの』
「………」
『――そして詩庵は私の敵討ちをしてくれた。これで私の悔いはなくなった、あとはゆっくりと消えていくだけって思ったんだけど、突然怖くなっちゃったのよ』
「怖い?」
『うん。私が消えたら詩庵と話せなくなる。詩庵たちと一緒にいられなくなるって考えたら怖くなっちゃったの』
瀬那は怪に殺されてからずっと孤独だったが、今は俺や黒衣がいた。
凛音は瀬那と会話することなどできないが、瀬那のことを仲間だと思って行動してくれている。
ひょっとしたら一人のままだったら消滅してしまっても諦めがついたのかも知れない。
しかし、人と一緒にいる温もりを思い出してしまったことで、手放すのが怖くなってしまったのだろう。
それは当然の感情だと俺は思った。
『だからね、私本当に感謝してるの。戦うのはちょっと怖いけどさ、それ以上に詩庵たちと一緒にいたいんだよ』
瀬那は後ろ手を組みながら少し前傾姿勢になると、とても素敵な笑顔を浮かべて俺のことを見つめてくる。
月明かりに照らされた瀬那はとても美しく、俺はついつい見惚れてしまった。
『ん? どうしたの?』
不思議そうな顔を浮かべて、放心状態だった俺の顔を覗き込んでくる。
俺は慌てて「な、なんでもない」って言うが、明らかに変な態度だっただろう。
(や、やばい。ここからどう取り繕うか……)
頭の中で思考を巡らせていると、部屋の方から「あぁ〜! しぃくんここにいたんだ。気付いたら私一人になってたんだよ」と片方の頬を膨らませた凛音が俺の方へ歩いてくる。
「わ、悪い。瀬那とちょっと話しててな」
「え? 瀬那ちゃん影から出てきてるの? あともうちょっとで私も瀬那ちゃんと会って話すことが出来るんだね。待ち遠しいな」
辺りをキョロキョロさせながら、凛音は本当に嬉しそうな表情を浮かべている。
すると、凛音は「キャッ!」と急に驚いた声を出して固まってしまった。
実は瀬那が凛音に抱き着いただけなのだが、瀬那の姿を見ることができない凛音は急に抱きつかれた感触があって驚いてしまったのだ。
凛音を抱きしめた瀬那は、目から大粒の涙を零しながら、口を開いて言葉を紡いでいた。
「凛音。今瀬那がお前のことを抱きしめてるんだよ。それで『ありがとう。私も早く凛音ちゃんとお話したいよ』だってさ」
俺の言葉を聞いた凛音は優しい笑みを浮かべると、瀬那のことを抱き抱えるように腕を回して「うん。たくさんお話しようね」と呟いた。




