51-3 真実
「あなたたちが地球侵略を計画しなければ、父は研究内容を話したのでは?」
「我々はラソン星からの攻撃にさらされていました。最悪の場合、ハス星を捨てて移住するしかないと判断したのです。我々が住める星、それが太陽系第三惑星、地球。この星はハス星に酷似しており、最も適していました。しかし、地球には先住人類がいる。しかもその人類は自らの星を滅ぼすほどの科学力を持ち、それをいつ行使しても不思議ではない。我々はこの地球という星に住む“人間”という生物を、駆除すべきだと結論づけました」
「人類を駆除?」
「そうです。この星の人間という生物は、あまりにも稚拙で、しかも好戦的です。争いの果てに、地球を生命の住めない星にしてしまう可能性がある。だから我々は、人間を駆除することに決めました」
蒼真の表情が曇る。
「人間との共存はできないのか?」
「無理でしょう。我々の高度な文化と、地球人の稚拙な文化では比べ物になりません。特に人間の持つ好戦的な性質が、我々に危害を加えないとは限らない」
「しかし……」
「あなた方だって、自分たちに都合の悪い生物は駆除するでしょう? 家畜を荒らす動物、伝染病を運ぶ昆虫――同じことです」
黒衣の男が嗤う。
「しかし、あなたの父親は違った。どんな邪悪な生物でも、生きていく権利はあると。滅ぼしてしまえば、宇宙全体の生態系に影響が出るかもしれないと。あなたの父は我々と違って非情にはなれなかったようです」
蒼真は想像した。恐らく父は自らの研究で生み出された生物兵器によって人間を駆除することを躊躇したのだ。そしてその対抗手段を研究した。その結果が自分なのだろう。
「あなたの母は、オテウが自分を人質にして我々の言いなりになることを恐れ、地球へ脱出しました。しかし宇宙空間の移動は身重の体には重荷だったのでしょう。そこからの話は、あなた自身が柏崎から聞いた通りです」
母は命がけで、自分を守った。父の意志を継ぐ、自分という存在を。
「あなたはオテウが作った最高の生物兵器。だから力を貸してほしい」
「力を貸す?」
「そうです。我々の星はラソン星の攻撃を受け、絶滅の危機に瀕しています。だから急いで地球に移住しなければならない。だから、我々を攻撃しないでほしい。そして、あなたの父を殺したラソン星と戦っていただきたい。あなたの両親の生まれ故郷を守るために」
「僕がお前たちのために戦う?」
自分に関わる人々を死に追いやったこの男に協力しろと言うのか。
「そんなこと、できるわけがないだろう。僕は、お前らを守るために戦う気はない。僕は、あくまで自分の周りの人を守りたい」
「そうですか。やはり、分かってもらえないようですね」
黒衣の男がいつの間にか手にしていた銃を蒼真に向ける。
「今度は気絶では済みませんよ」
蒼真が身構える。黒衣の男は薄笑いを浮かべていた。その時、意図しない方向から光線が放たれ、黒衣の男の銃に命中する。光線は見事に銃を撃ち抜き、銃はそのまま消滅していった。
「ハス星人、そこまでです」
光線が発射された方向に蒼真の目が向く。そこには、いつの間に現れたのか、白いワンピースを着た女性が立っていた。
「さとみさん!」
蒼真が叫ぶ。
「なぜここに?」
黒衣の男が後ずさる。蒼真はさとみに駆け寄る。
「ハス星人、ヨミ。ここまでです」
「小癪なラソン星人め」
「ラソン星人?」
蒼真はさとみから距離を取る。
「蒼真君、騙されてはだめよ。あなたの音雄さんを殺したのは、この男」
「えっ……」
蒼真の頭が混乱する。なぜさとみはこの男を知っている? 黒衣の男はさとみのことをラソン星人と呼んだ。さとみは地球人ではないのか? ラソン星人は好戦的でこの男の母星に侵略してきた星人、その星の人間が、さとみ?
「あなたのお父さんは、この男たちに拷問を受けて死んだ。研究成果を渡さなかったことで、白状させるために、むごい拷問を受けて命を落としたの」
「えっ、でも、ラソン星人は好戦的で、他の星を侵略すると……」
「それも嘘。本当に好戦的なのはハス星人。この人たちは他の星を侵略し、その星の資源を略奪する、凶悪な星の住人なの」
黒衣の男が今までとは違う、剥き出しの敵意を込めた目で二人を睨みつける。
「何を言う。お前たちが我々の星に攻めてきたのは事実ではないか」
「そう。だからこそ、そんな邪悪な星を、宇宙の平和を守るラソン星が駆除することを決めたの。そして、それは実現したわ」
「駆除? 実現?」
蒼真は黒衣の男が使った「駆除」という言葉と、さとみが今使った同じ言葉に、違和感を覚えた。
「まさか、まさかお前……」
黒衣の男が怒りに震える。
「そう。あなたの同胞が乗った宇宙船は破壊したわ。それに、ハス星ももうこの宇宙には存在しない。私たちの惑星破壊ミサイルで、星ごと粉砕したの」
「なんて…… なんてことを……」
「もう、ハス星人の生き残りはあなたと……」
さとみが蒼真をちらりと見る。蒼真は思わず後ずさる。
「許せません…… あなたを」
黒衣の男の周囲に白い霧が立ち込める。
蒼真の腰に装着されたフレロビウム検知器がけたたましい警告音を発した。
「危ない! さとみさん、逃げて!」
その瞬間、蒼真の腕時計が青く光り始める。彼の意思とは無関係に、青い光が全身を包み込んでいく。霧は巨大化し、倉庫の天井を突き破る。霧が晴れたあと、そこにはゴキブリに似た昆虫型の怪獣が姿を現した。
その目の前で、青い光の柱が天へと伸びていく。光が消えたとき、そこに立っていたのはネイビージャイアントだった。
「同胞同士で殺し合うのは本意ではありませんが仕方ありません」
怪獣ヘイトラスが突然ネイビーの肩をつかむ。ネイビーの体が宙に浮き、そのまま隣の倉庫へと投げ飛ばされる。彼の巨体が倉庫を押し潰し、瓦礫の中に仰向けに倒れ込む。すかさずヘイトラスが覆いかぶさり、拳を振り下ろす。
「残念でした。あなたには父親を殺した男への復讐のチャンスがあったのに、ここで父と同じように私に殺されるとは」
「父を殺した……?」
「そうです。彼は研究結果を白状しなかった。だから私はあなたと同じようになぶり殺しにしたのです」
そう言いながらヘイトラスの拳が執拗にネイビーの体を打ちつける。
「父を、父を殺した。もし父が死ななければ、母も…… 母も死なずに済んだ!」
ネイビーの体に異変が起こる。紺色だった体が、徐々に赤く染まっていく。今まで誰も見たことのない姿へと変貌していく。
「なに!」
赤く染まったネイビーがヘイトラスを投げ飛ばす。今度はヘイトラスが隣の倉庫を破壊しながら倒れ込む。ネイビーはふらつきながら立ち上がり、赤い炎が彼の体を包み込む。立ち上がったヘイトラスに向かって、ネイビーが突進する。赤い炎がヘイトラスの体を貫き、怪獣は崩れるように地面に倒れた。
「やられました。仕方ありません。あなたはオテウが開発した最強の生物兵器。負けるのは必然です。だが忘れないでください。あなたはハス星の人間なのです。神山さとみには…… 気をつけて……」
その言葉を残し、ヘイトラスは大爆発を起こす。彼の残骸は四方に飛び散り、やがてすべてが消えていった。




