50-4 “悲しみ”対“憎しみ”
ネイビーの手にネイビーサーベルが握られる。その剣を自分にまとわりつく蔦へ振るい、一本、また一本と切り落としていく。ハイドランゴの束縛から逃れたネイビーは怪獣との距離を取った。怪獣ハイドランゴの巨大な体、そして憎悪の集合体のようなその存在に、ネイビーはたじろぐ。これまで彼が戦ってきた人々の憎悪。それがネイビー自身の闘争心を削いでいた。
その時、遠くから悲鳴が聞こえる。
「鈴鹿さん?」
ネイビーが振り返ると、そこには怒りに満ちたブリッダーが一歩ずつアキに迫っていた。
「鈴鹿さん!」
ネイビーがサーベルを振り上げブリッダーに突進する。しかし振り返ったブリッダーがその腕でサーベルを受け止める。黒光りする皮膚は衝撃を受け流し、次の瞬間、ブリッダーの蹴りがネイビーの腹を捉える。ネイビーは後方へ倒れ込む。
ブリッダーは倒れたネイビーに背を向け、再びアキへ向かって歩き始める。追い詰められたアキは目を伏せ、体を強張らせる。
「鈴鹿さんを傷つけるな!」
ネイビーの体が炎に包まれる。そして、再びブリッダーへ突進。ブリッダーが振り返るも、その攻撃は避けられずネイビーが全身で体当たりする。ブリッダーの動きが止まった。次の瞬間大爆発。
膝をつき息を切らすネイビー。振り返ると、アキの姿がある。彼女は無事だった。ネイビーが安堵の息を吐いたその瞬間、ハイドランゴが羽ばたきながら上空から降下し、ネイビーに覆いかぶさる。ブリッダーとの戦いでエネルギーを使い果たしたネイビーには、それを跳ね返す力は残っていない。
巨体の下敷きとなり、重みによって呼吸すら困難になる。
「だめだ、苦しい……」
ネイビーがもがく。しかし巨体は微動だにしない。八つの首のいくつかがネイビーの身体に噛みつく。
「痛っ!」
ネイビーが苦痛にもがく。
「ネイビー、しっかり、立ち上がって!」
アキの励ましの声が届く。だがネイビーは動けず、ハイドランゴの攻撃を受け続ける。
その時、空に三つの光が輝く。三上、田所、三浦、三機のスカイタイガーがハイドランゴめがけて飛来する。無線から吉野隊長の声が、ネイビーにも聞こえている。
「田所機、ミサイル発射!」
「了解!」
田所機から発射されたミサイルがハイドランゴのパンドラーの首元に命中。そこから赤い光が放たれ、それが皮膚表面へと広がっていく。ドンゲリスの首が悲鳴を上げる。黒光りした皮膚にひびが入る。
「三浦機、電磁波発射!」
「了解!」
三浦機のアンテナから電磁波が照射される。ヴァイオレンの首が苦しげな叫びをあげ、その間に皮膚の表面が剥がれ落ちて飛び散る。ハイドランゴがよろけ、後退する。ネイビーは巨体の下から這い出るように逃れ、距離を取る。
「三浦機、周波数を変えて電磁波発射!」
「了解!」
周波数を変えた電磁波が再び放たれ、マントデラの首が左右に苦悶のように振れる。やがてハイドランゴの動きが止まる。
「三上機、とどめだ!」
「承知!」
三上機がハイドランゴの上空から黄色い霧状の液体を噴射――怪獣がその霧に包まれる。やがて霧の内側から赤い光が閃く。ネイビーはその光景を、ただ黙って見つめていた。やがて霧が晴れた。そこに、怪獣の巨体はもうなかった。ハイドランゴは、完全に消えていた。
× × ×
怪獣が暴れた影響で、廃墟の街はさらに煙を吐いて静まり返っていた。その中で蒼真は目の前に横たわる遠山教授の亡骸を無言で見つめていた。
「蒼真君、どうしてここに……」
アキが蒼真に近づいてくる。
「大丈夫? 怪我はない?」
彼の肩にそっと手を置き、気遣うように声をかける。
「また…… 人が死んだんですね」
蒼真がぽつりとつぶやいた。
「遠山教授は、ネイビーを石化させた犯人だったのよ」
アキが死体を睨む。
「それでも彼は死にました。きっと、恨みを持って」
蒼真は無表情のまま、静かに言葉を吐く。
「それは仕方がないことよ。自分の名声のために、人類を危機に陥れたんだから」
アキの声にも感情が混じる。
蒼真は周囲の崩れた街並みを見渡す。
「いろんな犠牲を払ってきました。でも、もう、それも終わるかもしれません」
「? どういうこと?」
「防衛隊は、自力で怪獣を倒す方法を見つけました」
「それはあなたや、さとみさんのおかげじゃない」
「これで、僕の役目は終わりました」
「何を言ってるの? あなたはまだ、防衛隊科学班の一員として、私たちと共に戦わなきゃいけないでしょう?」
「そうですね…… でも、僕の中の戦いはもう、終わったんです」
アキには、蒼真が何を言おうとしているのか分からなかった。ただ彼が深く、精神的に衰弱しているのは痛いほど伝わってきた。
「だから今はひとりにしておいてください」
「そんな……」
アキの両手に力がこもる。その手を、蒼真が静かに払いのける。
「もう僕は戦わない。もうこれ以上、犠牲者は出ない。それでいい……それで、いいんです」
蒼真はゆっくりと歩き出す。
「蒼真君……」
アキの呼びかけに、蒼真は振り返ることなく歩き続けた。アキには、その背中を見送ることしかできなかった。




