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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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48-2 柏崎博士

 ネイビーの胸に怪獣の腕が突き刺さる。蒼真の全身に激痛が走る。


「だめだ……死ぬ!」

 頭が真っ白になった。その瞬間、蒼真はハッとして飛び起きる。体中が汗にまみれ、呼吸も荒い。


「夢、か……」

 気がつけば自分は布団の上にいる。周囲を見渡す。小さな和室。どこかで見た風景。そうだここは実家の自分の部屋。どうやらここで寝ていたらしい。


「どうして僕はここにいるんだ?」

 蒼真はゆっくりと起き上がる。部屋を出て階下の食堂へ向かう。しかしそこにはだれもいなかった。半年ほど前に戻ったときと風景は変わらない。


「一体……だれが、僕をここへ運んだんだ?」

 蒼真は近くの椅子に腰を下ろした。しばらく使われていなかったからか目の前の机は埃まみれだった。


「確かあのとき……」

 蒼真は記憶を辿る。海中で怪獣と死闘になり、負傷した自分は意識を失い、海底へ沈んでいった。いや、その前、怪獣と戦う前、あのとき、岩場に。そう叔父さんがいた。もしかしたら戦いのあと、気を失った僕をここまで運んできたのは、叔父さんかもしれない。


「叔父さん、無事だったんだ」


 一年近く前、行方をくらましていた叔父。母が死んだあと、自分をここまで育ててくれた叔父が生きていた。それは喜ばしいことだった。しかし蒼真の脳裏に遠山研究室で見た写真の男の姿が浮かぶ。柏崎博士、その男は紛れもなく叔父だった。だとすると母の手紙に書かれていた生命を生み出した父は柏崎ではないということになる。


「でも、もしかしたら、ただ似ているだけで、別人かもしれない」

 生物工学の第一人者がこんな田舎の食堂の店主をしているはずがない。しかしもし本当に柏崎博士と叔父が同一人物だったら?


「そうだ、あそこへ行けばなにか分かるはず」

 そのとき。蒼真のポケットのレシーバーがけたたましく鳴った。


「はい、蒼真です」

『蒼真君、無事だったの?』

 アキの声だった。


「はい、無事です」

『もう、何度連絡しても返事がないから、心配したんだから!』

 明らかにアキの声は怒りを帯びていた。


「すみません……」

 アキのため息がレシーバー越しに聞こえる。


『今、どこにいるの?』

「実家です」


『ケガは?』

「大丈夫です。それより怪獣は?」


『ネイビーと戦って海に沈んだままよ。それ以降は姿を見せていない』

「そうですか、よかった」

 蒼真は安堵の息を漏らした。


『すぐ基地に戻って。作戦を立てないと』

「すみません、少し気になることがあって。それを済ませてから戻ります」


『気になることって? もしかして柏崎博士のこと? なにか分かったの?』

「今は言えません。でも、なにか分かったらすぐに連絡します」


『分かったわ。気をつけてね』

 蒼真は、レシーバーをオフにする。そして店を出た。


 あの山奥にある実験室へ向かうために。


 ×   ×   ×


 実験室は夏に訪れたときと少しも変わっていなかった。暗い部屋。かび臭い匂い。埃をかぶった器具たち。まるでここだけ時間が止まっているようだった。


「以前は美波とここに来たのに」

 蒼真はふとため息をつく。できれば昨年の夏から時間が止まっていてほしかった。そうすれば、美波は……


 扉の近くに立つ蒼真が静かに部屋の奥へと進む。そのとき奥で人影が動いた。


「?」

 蒼真の視線がその影を捉える。薄暗い室内でもその男の顔ははっきりと認識できた。


「叔父さん?」

 男はゆっくりと蒼真の前へ進み出る。


「蒼真か」

 その顔、間違いない。蒼真を育ててくれた叔父だった。


「叔父さん、どうしてここに?」

「お前がここへ来ると思ったからだよ」


「ここは……」

「そう、私の実験室だ」

 蒼真はまじまじと叔父の顔を見つめる。


「叔父さんは、やっぱり柏崎博士、そうなんだね」

 男は深く頷いた。


「どうして今まで黙っていたの?」

「過去は捨てたんだ。そのことをお前に話す必要はなかった。今日までは……」

 柏崎は真っ直ぐ蒼真を見つめる。蒼真もその目線を外すことなく、睨むように彼を見つめ返した。


「僕が神山研究室にいること、知っていたでしょ?」

「そうだな。お前が神山のところへ行くと聞いたときは驚いたがな」

 柏崎の瞳がわずかに斜め上へと向く。


「お前は昔、磯の小動物をよく観察していた。そう考えれば、神山のもとへ行くことは不思議ではなかった。ただ、できれば、お前には普通に大学を卒業し、企業に就職して、穏やかな暮らしをしてほしかった」


 蒼真は思う“普通”とは何なのか。どこにいたって、自分がネイビージャイアントであることは変わらない。戦う運命は決して変わることはない。

 蒼真が一歩前へ進む。そこにある柱へ目をやり、柏崎に分かるように指さした。


「叔父さん、これ。どういう意味? 僕は、ここで生まれたの?」

 そこには『蒼真、ここに誕生す』そう刻まれていた。柏崎は、その柱へと歩み寄り、じっとその文字を見つめる。


「お前は、間違いなくここで生まれた」

「……」

 蒼真が息を呑む。


「母さんは…… どうして僕をこんなところで?」

「それはな」

 柏崎がゆっくりと項垂れる。


「それは、お前の母さんは、俺の妹である寛子ではないからだ」

「!!」

 蒼真の全身が固まった。まるで血が凍るように。


「今まで黙っていて申し訳なかった。だが、今、地球に、いや、お前に危機が迫っている。だから真実を話す。ここで何があったのか。そしてお前がなぜ、ここで生まれたのか……」


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