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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
46/65

第四十六話 強くなること、それは……

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「岩川参謀、防衛隊から事務方に異動になったらしい」

 田所の低く抑えた声が、作戦室の静けさを切り裂いた。

 壁際のモニターには、前回の怪獣戦の映像が無音で流れている。蛍光灯の白い光が、隊員たちの顔を平坦に照らしていた。吉野隊長の姿はなく、田所、鈴鹿アキ、三浦がテーブルを囲んで座っている。

 蒼真はアキに戦闘データを渡すために立ち寄っただけだったが、その空気に引き込まれるように足を止めた。


「先輩、それって左遷ってことですか?」

 三浦が思わず口元を緩めながら田所に尋ねる。その笑みはどこか子供じみた復讐心のようなものを含んでいた。

「まあ、そうだな」

 田所はジョッキの水を一口飲み、肩をすくめる。

「三浦隊員は、岩川参謀にはめられたから、溜飲が下がるんじゃないですか?」

 アキにデータを渡し終えた蒼真が三浦の表情を見ながらそう言った。その言葉に三浦は


「いや、別に、そういう意味じゃないけど」

 と答えながらも、顔から笑みが消えない。その笑みは否定の言葉とは裏腹に、心の奥で何かが晴れたことを物語っていた。

「まあ、岩川参謀がいなくなるのは歓迎だけど、どうして急に異動が決まったのかしら」

 アキが訝しげに首を傾げる。彼女の視線は、モニターの映像ではなく、何か見えないものを探すように宙を彷徨っていた。

 その問いに、田所が得意げに答える。


「なんでも、新スカイタイガー計画に反対したかららしいよ?」

「新スカイタイガー計画って?」

 蒼真が問い返す。その声には、単なる好奇心ではなく、何か引っかかるものを感じ取ったような鋭さがあった。

 田所は急に口調を固くする。

「文字通り、スカイタイガーを新しくする計画だよ」

「ああ、私も聞いたことがある。スカイタイガーを強化するんだけど、予算がかなりかかるとか」

 アキが記憶を辿るように言う。彼女の指先は無意識にテーブルの縁をなぞっていた。


「予算の問題で反対しただけなら、それだけで左遷される理由にはならない気がするんですが……」

 蒼真の言葉にアキも答えを出せずにいる。室内には機械の冷却音とモニターの映像が切り替わる音だけが響いていた。

「確かに、今回の人事は不自然ね。何か分からない力が働いているような……」

「力って?」

 蒼真が問い返す。その言葉にはただの疑問ではなく、何かを掴みかけているような焦りが滲んでいた。

「うーん…… 分からない。でも、いつもと違う気がするのよ」

 アキの声はどこか遠くを見ているようだった。彼女の言葉に田所も三浦も黙り込む。だれもがその“違和感”を感じていたが、それを言葉にする術を持たなかった。この静かな作戦室で交わされた会話が後に何を引き起こすのか。この時点で蒼真は今回の異動劇が後に一大事へとつながるなどとはまだ想像すらしていなかった。


 ×   ×   ×


 スカイタイガーの格納庫。鋼鉄の床に反射する白い光の中、四機のスカイタイガーが整然と並んでいた。天井は高く、鉄骨が幾重にも組まれ、天井クレーンが静かに吊られている。機体の表面には戦闘の痕跡がうっすらと残り、整備を待つ静かな緊張感が漂っていた。

 蒼真は格納庫の中央に立ち、無言でその光景を見つめていた。何度見ても壮観だ。いつもそう思う。

 巨大な翼、鋭い機首、装甲の継ぎ目に走る細かな溶接痕。それらはただの兵器ではなく、命を預ける“盾”であり“牙”だった。


「で、新スカイタイガーって何なんです?」

 蒼真の問いかけに、格納庫の奥から湯気が立ち上がる。一角に設けられた整備士たちの休憩スペース。パーテーションで区切られたその空間には、小さなテーブルと湯沸かしポット。棚にはインスタントコーヒーとパックの紅茶、そして紙コップが整然と並んでいた。

 工具の金属音が遠くで響き、格納庫全体が静かに呼吸しているようだった。吉村整備班長が紅茶のパックを紙コップに入れ、お湯を注ぐ。蒸気が立ちのぼり、彼の顔を一瞬霞ませる。


「俺も詳しいことは聞いていないけど、なんでも、森川参謀長の肝いりらしい」

「へぇ、森川参謀長の計画なんですね。でもどうして岩川さんは反対したんだろう?」

 蒼真が椅子に腰を下ろす吉村の横に立つ。吉村班長はティーバッグをゆっくりと上下させながら、蒼真の目の前にあるパイプ椅子へ腰を下ろした。椅子が軋む音が格納庫の静けさに溶けていく。

「さあ、俺の耳には、岩川参謀が反対したなんて話は入ってこなかったからな」

 蒼真の視線が格納庫の奥にある芦名の機体へと向かう。


 芦名がいなくなってから、蒼真はしばらくこの場所に足を運ばなくなっていた。特に用があったわけではない。何より、芦名を思い出すのが辛かった。だが、怪獣との交戦を重ねるうちに、スカイタイガーにも何か攻撃のヒントがあるのではと思い、再び格納庫を訪れるようになった。

 その背中を押してくれたのが、まさに目の前にいる吉村班長だった。怪獣の吐く火炎によってスカイタイガーが損傷した際、吉村は変色した装甲のサンプルを蒼真に手渡してくれた。温度、素材の反応、溶解の痕跡、そのすべてが次の戦いへのヒントだった。

 彼の目的はただ一つ。怪獣を早く駆除し、防衛隊の犠牲者を一人でも減らすこと。飾り気のない人柄と、隊員たちの命を守ろうとする姿勢が、蒼真は好きだった。いや、尊敬さえしていた。熟練の技術者との会話はどこを切り取っても蒼真にとって新鮮だった。


「で、新スカイタイガーの機能って、何が追加されるんですか?」

「それも詳しくは聞いていないけど・・・・・・」

 吉村班長は紅茶を一口含み、ゆっくりと続けた。

「できるだけパイロットの身を守るために、外壁をさらに強化したチタン合金へ変更するのが目玉らしい」

「ほう、それはいい計画じゃないですか!」

 蒼真は前のめりになる。

「そうだな。怪獣の火炎攻撃でも機体の損傷を抑えられれば、飛び続けることができるし、万が一ダメージを受けても不時着しやすくなる」

 吉村班長が胸を張る。その拍子にパイプ椅子がわずかに軋んだ。


「なるほど…… だから予算がかかるんですね」

「まあ、そうだろうな。それを嫌がる上層部もいるだろうが」

「でも、どうして藤森参謀長がこの計画を進めているんですか?」

「さあ……」

 吉村班長は前かがみになり、紅茶を再び口に運ぶ。

「詳しいことは分からないが、たぶん、隊員ファーストを意識しているんだろう」

「隊員ファースト?」

 蒼真には聞き慣れない言葉だった。


「要は、隊員を大事にしている、と言いたいんだよ」

「そんなの、当然じゃないですか」

 蒼真の言葉に吉村班長はニヤッと笑った。

「正しくは、隊員を大事にしている“雰囲気”を作りたいんだ」

「雰囲気?」

 蒼真は首を傾げる。雰囲気とは?

「隊員たちから支持を得られれば、次期総監を狙う藤森にとっては有利になる」

「ほう……」

「それに、今回の計画には、政治家が一押ししている企業が絡んでいるらしい。大臣や政治家の支持を得られれば、藤森の出世は盤石というわけだ」


「ふむ……」

 蒼真は腕を組んだ。格納庫の奥で、整備士が機体の下部に潜り込む。工具の音が、会話の間を埋めるように響く。

「そんなに、出世ってしたいものなんですかね。僕にはあまり興味がないので、分からないんですけど」

「そんなもん、俺に聞くな。俺も出世してない」

 吉村班長が笑う。その笑いは、どこか自嘲的で、しかし温かかった。

「えー、でも吉村さんって昔は“エース”って呼ばれてたって、鈴鹿隊員から聞きましたよ。本当はもっと出世する人だったんじゃないですか?」


「買い被りだよ」

 吉村班長が首を横に振る。

「それに俺は現場が好きなんだ。出世して机の前でうんうん唸る。そんなの、性に合わないからな」

「確かに」

 蒼真の言葉に、吉村班長は再び豪快に笑った。その笑い声が、格納庫の高い天井に反響し、機体の間に静かに広がっていった。


 ×   ×   ×


 居酒屋の暖簾をくぐった瞬間、蒼真は鼻腔をくすぐる炭火の香りと、賑やかな笑い声に包まれた。木目の壁に吊るされた短冊メニュー、赤提灯の柔らかな光、厨房から響く鉄板の焼ける音、どこか懐かしく、肩の力が抜ける空間だった。

 奥のテーブル席で三浦が手を振っているのが見えた。その隣には春菜、田所、そして鈴鹿アキ。皆、制服ではなく私服姿で、戦場とは違う柔らかな表情を浮かべていた。


「ごめん、遅くなりました」

 蒼真が席に近づくと、アキが笑顔で周囲を見渡しながら言った。

「なんか、こうして集まるの、久しぶりね」

「忘年会も新年会もやる暇がなかったからな」

 田所が嬉しそうにビールを飲み干す。グラスの縁に残る泡が彼の笑顔を少しだけ若く見せていた。

「蒼真君が来たから、乾杯やり直しだ」

 そう言って、田所は店員に手を挙げて人数分の生中を注文する。ジョッキがテーブルに並ぶまでの間、春菜がジョッキをくるくると回しながら尋ねた。


「アキさん、大介君は?」

「今日はおばあちゃんが見てくれてるの」

「いいなあ、近所に親がいると。私、結婚したらどうしようかな」

 春菜がちらりと三浦を睨む。その視線は冗談めいていたが、どこか本気の色も混じっていた。

「まあ、そのときは、そのときだろ」

 三浦が気のない返答をする。その言葉に春菜は小さくため息をつき、ジョッキの泡を指先で弾いた。

 そんなやり取りの最中、新しいジョッキが皆に行き渡った。店内のざわめきに紛れて、田所が声を張る。


「じゃあ、MECチームの前途を祝して、乾杯!」

「乾杯!」

 グラスがぶつかり合い、澄んだ音が店内に響いた。その瞬間だけ、戦場の記憶も、組織の軋轢も、すべてが泡のように消えていくようだった。春菜が大皿で来たサラダを取り分けながら、蒼真に尋ねる。

「蒼真さんは、どうして遅れたんです?」

「ああ、実は新スカイタイガーのことを吉村整備班長に聞いてたんだ」

「へえ、新スカイタイガー、できるんですか?」

「まだ計画段階だけどね」

 蒼真はサラダには手をつけず、目の前の焼き鳥を頬張る。炭の香ばしさが口に広がり、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「その話だけど……」

 ビールジョッキを置いた田所が話を続ける。

「あの件、藤森参謀長が尾張総監に、岩川は無能だから外した方がいいって進言したらしいよ」

「それって、例の俺の件が原因ですかね?」

 三浦が唐揚げにかぶりつきながら言う。衣の音が小さく響き、会話の間を埋める。

「いや、どうも藤森参謀長に訴えた人物がいるらしい」

「え、だれです?」

 蒼真が三浦の顔を覗き込んだ。


「僕じゃないですよ」

 と、両手を振る三浦。その仕草は軽いが目の奥にはわずかな緊張が見えた。

「だれだか分からないけど、まあ、藤森参謀長が聞き入れるくらいだから、かなり信頼を置いている人物なんだろうな」

 蒼真は焼き鳥を三本平らげ、ビールで流し込む。喉を通る冷たさが思考を少しだけ鈍らせる。

「正直、お金をかけて隊員の命を守れるなら、安いもんだと思うんですけどね」

「? 新スカイタイガーって、そういうものなの?」

 アキが春菜に取り分けてもらったサラダを頬張る。その表情は素朴な疑問に満ちていた。

「そうなんです。実は・・・・・・」

 蒼真は吉村班長から聞いた内容を話した。


「へえ、それなら新スカイタイガー計画に俺は賛成だな」

 田所がそう言うと、

「私も賛成します」

 春菜が笑顔で答える。その笑みは未来への希望をほんの少しだけ灯していた。しかし三浦の顔は渋い。

「でも…… 三上さんが、そのことに反対してたような気がする」

「三上が?」

 田所が驚きの声を上げる。

「そういえば、三上さんは?」

 春菜が周囲を見渡す。店内の喧騒の中、三上の不在が急に重く感じられた。


「三上隊員、今日は夜勤だから欠席って言ってたわ」

 アキが不審そうに三浦を見る。

「でも、その話、どこで聞いたの?」

 三浦がバツの悪そうな顔で答える。

「実は…… 三上さんが岩川参謀の後任の北沢参謀となんかヒソヒソ話しているのを聞いたんです」

「北沢参謀?」

 アキの顔がさらに険しくなる。グラスの中の泡が静かに消えていくように、場の空気も沈んでいった。

「北沢参謀は、スカイタイガーの防御システムを強化することに反対していました。それが新スカイタイガーの話だとは今日まで知りませんでしたけど」


「そう…… なんか、岩川・北沢派と藤森派の抗争っぽくなってきたわね。三上隊員、変なことに巻き込まれなければいいけど……」

 アキが心配そうに眉を下げる。その表情に、蒼真は言葉を探すように視線を落とした。

「僕って、そういう組織政治、苦手だな」

 と、ぽつりと零し、さらに焼き鳥を頬張った。炭の香りが、どこか遠くの戦場を思い出させるようだった。


 ×   ×   ×


「三上、尾張総監の呼び出しは何だったんだ?」

 作戦室の扉が静かに開き、三上が無言で入ってきた。蛍光灯の白い光が彼の顔を照らすと、その表情の険しさにすぐ気付いた吉野隊長が声をかける。

 室内には田所、三浦、鈴鹿アキ、そして蒼真が揃っていた。壁際のモニターには怪獣の出現予測が映し出され、機器の冷却音が静かに響いている。


「いや、別にたいしたことでは……」

 三上は短く答え、無言のまま席に着いた。椅子の脚が床を擦る音が、妙に耳に残る。隣に座っていたアキが彼の顔を覗き込むようにして言った。

「三上隊員、何があったの? 顔が怖いわよ」

 三上は背もたれに体重を預け、深く息を吐く。その吐息には言葉にできない苛立ちと疲労が混じっていた。


「なんか…… 俺がMECの中で軋轢を生んでるんじゃないかって」

「なにそれ?」

 アキが呆れたように眉をひそめる。

「どうも、尾張総監にそんな報告が入ったらしくて、それで呼び出されたんだ」

「まあ、確かに、いつも突っかかってくるのは事実だけどな」

 田所が苦笑しながら言う。その笑みには冗談とも本音ともつかない皮肉が滲んでいた。


「お前か、密告者は?」

 三上が鋭く睨みつける。その目は冗談を許さないほど真剣だった。田所は慌てて両手を振る。

「違う、違う!」

 蒼真も三上のそばに歩み寄る。彼の視線は三上の表情を探るように揺れていた。

「でも、だれでしょうね? そんなこと言う人」

「さあ…… 俺は敵が多いからな」

 三上はふてくされたように、さらに背もたれへと体重を預ける。その姿は疲れた兵士というより、信頼を失った男のように見えた。


「なんか、岩川参謀のときと似てる気がしますね」

 三浦がぽつりと呟いた。その言葉にアキが即座に反応する。

「確かに、そうね」

 蒼真はふと、先日の居酒屋での三浦の言葉を思い出した。あの時の違和感が、今になって形を持ち始めている。そして心に引っかかっていた疑問を三上にぶつけてみた。

「三上隊員、最近、北沢参謀と何か話しました?」

「北沢参謀?」

 三上は首を傾げる。記憶を辿るように目を細めた。


「そういえば、スカイタイガーについて意見を求められたな」

「それで、新スカイタイガー計画に反対したんですか?」

 三上はさらに考え込む。指先が無意識に机の縁をなぞっていた。

「反対? いや。ただ、パイロットの人命も重要だけど、それ以上に怪獣を退治する方に予算をかけるべきだ、みたいな、そんなこと言ったかなぁ」

「ほう・……」

 蒼真が興味深げに前のめりになる。その目には技術者としての関心と、仲間としての不安が交錯していた。


「新合金でスカイタイガーを作ると、その分機体が重くなる。ならば、蒼真君たちが検討している大型電子銃を搭載すべきじゃないかって話したんだ」

 なるほど、と蒼真は頷いた。

「なんか、俺が軍属家族の出身だから、人命軽視の理由で新合金に反対してる、みたいに言う人もいるけど、そんなこと考えたこともない。ここにいる仲間の命は、俺にとっても大事だ。反対っていうのは言い過ぎだろ」

 三上は憤慨した表情を見せる。その怒りは、誤解されたことへの悔しさと、仲間を思う気持ちの裏返しだった。そうだ。ここにいるメンバー全員が、仲間を思いながら仕事をしている。

 それは蒼真の心を揺さぶった。一人で学問に挑む大学の研究とは違う。ここには命を預け合う信頼がある。そう感じさせられる出来事だった。


「なのに、軋轢を生んでるって言われると憤慨するよ」

 三上がさらに不機嫌な顔をする。その表情は、言葉以上に重かった。

「でも、新スカイタイガー反対派のひとりとして見られているのは、事実ね」

 アキが冷めた声で言った。その声には感情を抑えた冷静さと、わずかな警戒が混じっていた。

「鈴鹿さん、どういう意味です?」

「だって、三浦君が言ったように、だれかが告げ口をして、その人を失脚させようとしている。今回の件…… 賛成派の意志を感じるのよ」

 三上が腕を組む。その動作は思考を整理するための防御のようだった。


「実は、俺もそう考えていたんだ」

 三上がうつむきながら唸るように答えた。蒼真がさらに前のめりになる。

「だれです? その人?」

「あくまで想像だが、犯人は吉村班長じゃないかなぁ?」

「吉村班長!?」

 蒼真が驚いて、思わず身を引いた。その反応は信じた人への疑念が胸を突いた瞬間だった。


「いやぁ、吉村さんはそんな人じゃ……」

「だが、新スカイタイガー計画の出所は吉村班長だ」

 三上が腕組みを解いた。

「え、でも、彼は計画のことはよく知らないって……」

「スカイタイガーのことを一番よく知っている整備班でなければ、この合金の有用性に気付くことはできないはずだ」

 蒼真の脳裏に、豪快に笑う吉村の姿が浮かぶ。その笑顔が今は遠く感じられた。そんなわけがない。あの人の良い吉村班長に限って……。


「もう一つ根拠がある」

 三上が確信を持った強い声で話す。蒼真は明らかに怪訝な表情を浮かべた。

「なんですか?」

「彼は若い頃、“エース”と呼ばれるほど優秀だった。今でこそ整備班にいるが、実は藤森参謀長の上司だったことがある」

「えっ」

 蒼真は吉村班長が若い頃優秀だったことは聞いたことがあった。しかし藤森参謀長の上司だったというのは初耳だった。


「岩川参謀を切るくらい、彼の能力なら造作もないことだ」

「そんな…… 吉村さんは毎日スカイタイガーの整備を念入りに行う人です。それが……」

 アキが蒼真の肩に手を置く。

「蒼真君の気持ちは分かる。でも、私も三上隊員の説に一理あると思う」

「鈴鹿さんまで……」

 蒼真は悲しげな表情を浮かべる。信じていた人が、もし裏で何かを動かしていたとしたら……

「推論はそこまでだ」

 黙って話を聞いていた吉野隊長が、低く、しかし確かな声で口を開いた。その声は議論の熱を一瞬で冷ます冷たい水のようだった。


「今は、明日襲ってくるかもしれない怪獣の攻撃方法を考えるべきだ。各自、持ち場につけ」

 作戦室に張り詰めていた空気が、隊長の言葉で一気に切り替わる。そして蒼真はゆっくりと息を吐いた。まだ答えは出ない。だが戦いは待ってくれない。蒼真はようやく足を動かし、自席へと向かった。その背中にはわずかな迷いと、確かな覚悟が同居していた。


 ×   ×   ×


「吉村班長、ちょっといいですか?」

 スカイタイガーの格納庫は、夜の静けさに包まれていた。高い天井から吊るされた照明が、機体の装甲に鈍い光を落とし、床に長い影を伸ばしている。吉村班長はひとり、機体の脇に立ち、油圧系の配管を目で追いながら、点検用の端末に数値を打ち込んでいた。その背後から、蒼真の声が響く。

「なんだい、そんな怖い顔をして」

 振り返った吉村の目に映った蒼真は、眉をひそめ、まっすぐに睨みつけていた。その視線にはただの疑問ではない、確信に近いものが宿っていた。


「聞きたいことがあって」

 吉村班長は無言で端末を閉じ、ゆっくりと休憩スペースへ向かう。格納庫の隅に設けられたその場所には、金属製のテーブルとパイプ椅子が並び、湯沸かしポットの蒸気が静かに立ち上がっていた。蒼真もすぐに後を追う。

「で、聞きたいことって?」

 吉村班長が椅子に腰を下ろすと、蒼真はその正面に立ったまま、躊躇なく言った。

「吉村班長、ズバリ聞きます。あなたは藤森参謀長と共謀して、新スカイタイガー計画を進めているんですね?」

 一瞬、空気が止まったように感じられた。吉村班長は口元に不敵な笑みを浮かべた。


「急になんだ? 一体何を根拠にそんなことを言うんだい」

「ここ数週間、あなたの行動を監視していました。たびたび参謀長室へ足を運んでいましたよね?」

「それがどうした? 昔の上司と部下の関係だ。積もる話もある」

 蒼真は一歩踏み出し、鋭い視線を向ける。

「本当のことを言ってください。僕は吉村さんのことを尊敬しているのに」

 その言葉に、吉村班長の表情がわずかに強張る。

「俺の言うことは信じられないってこどだな」

 吉村班長が蒼真を睨んだ。


「それは……」

 蒼真が困惑する。その困った顔を見た吉村班長が大きな声で笑った。

「蒼真君は相変わらず純真だな。そんなことじゃ、だれかにはめられるぞ」

 しかし蒼真の視線は揺るがない。その目は信じたいという願いと、真実を知りたいという覚悟を宿していた。

「分かったよ。本当のことを言おう」

 吉村班長はゆっくりとうつむいた。

「新スカイタイガー計画は……俺が藤森に進めるよう提案した」

 その言葉が落ちた瞬間、蒼真の目が見開かれた。ある意味、聞きたくなかった答えだった。尊敬していた人が、自らその計画の発端だったとは……


「なんで、それを黙っていたんです?」

 蒼真の声には、驚きと困惑が混じっていた。吉村班長は少しだけ目を伏せてから、乾いた笑みを浮かべた。

「たかだか整備班の班長ごときが言うことを、誰が真面目に聞く? こういうことは、上から落とすのが一番なんだ。ちょうど藤森も次期総監の座を狙っていて、目立つコンセプトを求めていた。渡りに船だったんだよ」

 言葉は軽く、皮肉めいていたが、その裏にあるものは重かった。蒼真は言葉を失いながらも、問いを続ける。


「それで、なぜ新スカイタイガー計画なんですか?」

 吉村班長は深く息を吐いた。その吐息は過去の記憶を呼び起こすように長く、重かった。

「北九州に最初の怪獣が現れたとき、戦闘機を整備していたのは……俺だった。あの事件で三人のパイロットを失った。四人目は奇跡的に助かったがな」

「芦名さんのことですね」

「そうだ」

 その瞬間、吉村班長の語気が少し重くなる。目の奥に、あの日の炎と叫びがよみがえっているようだった。


「だから、今度こそスカイタイガーで死者は出さないように、装甲、非常脱出装置などを入念に整備してきた。だがな……」

 吉村班長が顔を上げる。その目は悔しさと諦めが混じった色をしていた。

「それでも、死者は出た」

「それも芦名さんのことですね」

「あゝ、だから今度こそ、パイロットに死者を出さない。それが俺の使命なんだ」

 蒼真が目を閉じる。


「でも芦名さんは……」

「知っている。彼は自暴自棄になり、怪獣に突っ込んだ。それは戦闘機のせいではない。それは……分かっている」

 吉村班長の語気が強まる。だがその強さは、怒りではなく、痛みを隠すための鎧のようだった。

「俺は若い頃から、自分の希望する職場に就くことができなかった。周囲の人間は、俺を“エース”だの“次期参謀候補”だのと勝手に持ち上げていたが、事実は違った。結局、整備班に回されたとき、心に誓ったんだ。戦闘機で死者は出さない、と」

 吉村班長がゆっくりと立ち上がる。


「だが、どうだ? 現実は九州で四人、MECでひとり。俺の願いなんて、現実には届かなかった」

 蒼真は言葉を探しながら、静かに答えた。

「それは仕方のないことです。だれしもが、自分の思い通りにはならない」

 その言葉は慰めではなく、共鳴だった。理想と現実の狭間で揺れる者同士の、静かな理解だった。

「その通りだよ」

 吉村班長は静かに蒼真の肩へ手を置いた。その手は重く、温度を持っていたが、そこに宿る感情は読めなかった。まるで自分自身の言葉に納得できていないような、そんな手の重さだった。


「だから自分の思いを押し通すためには悪人にならなければいけない」

「悪人?」

 蒼真は吉村班長の口から発せられたその言葉に、思わず眉をひそめた。尊敬していた人間から、そんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。

 そうだ。つまり、自分の計画を邪魔する人間は排除すべきなのさ」

「え、」

 言葉の冷たさが格納庫の空気を一段と重くする。だがその冷たさは吉村自身が自分に課している罰のようにも感じられた。


「だから、新スカイタイガー計画に反対する岩川を飛ばした」

 背筋に冷たいものが走る。蒼真の中で吉村班長の姿が少しずつ変わっていく。整備班の頼れる班長から、計画のために人を切り捨てる冷徹な実行者へ。

「じゃあ今度は北沢参謀と三上隊員を陥れようとしたんですね?」

「そうだ」

 吉村班長の言葉は妙に淡々としていた。その無感情な響きが逆に蒼真の胸を締めつける。

「それはおかしいですよ。いくら正しい計画を進めるためだとしても、人を陥れるなんて……」

「相変わらず甘いな、蒼真君は」

 吉村班長が蒼真の正面に立つ。その目には情ではなく、確信だけが宿っていた。だがその確信の奥に、だれにも見せない揺らぎが潜んでいた。


「良いか悪いの話じゃない。勝つためには悪人にならなければ負けてしまう。ネイビージャイアントだってそうだろう?」

「ネイビーが?」

 蒼真の声がわずかに震える。

「彼は人の怒りという名の悪を身にまとい、炎と化して怪獣を粉砕している。つまり、悪にならなければ、敵を倒すことはできない」

「それは……」

 蒼真は反論できなかった。頭では否定したいのに、心の奥でその言葉が引っかかっていた。

「いいか、阿久津蒼真。君は怪獣にも宇宙人にも立ち向かい、勝たなければならない。そうならば、強くなれ。そのためには、悪人、いや、極悪人にでもならなければならない。そういう時はあるんだ」

 その言葉は、だれかに向けたものではなく自分自身に言い聞かせているようだった。


「でも……」

 言葉が出ない。自分は本当に悪によって怪獣を倒しているのか? 吉村班長と同じ道を歩んでいるのか? その問いが蒼真の中で静かに渦を巻いていた。

 そのとき、格納庫に警戒音が響き渡った。鋭い電子音が空気を切り裂き、赤いパトライトが壁面で点滅を始める。

「緊急指令、緊急指令。横須賀港付近に怪獣が上陸。MECは直ちに現場へ向かえ。スカイタイガー、発進準備」

 格納庫の静けさが一瞬で戦場の空気に変わる。整備員たちが走り出し、機体の周囲に集まり始める。警告灯の赤が蒼真の顔を断続的に照らす。


「発進準備だ。蒼真君。この議論は、後だ」

「分かりました」

 蒼真は短く答え、格納庫を離れる。その背中にはまだ答えの出ない問いが重くのしかかっていた。それと入れ替わるように、三浦、三上、鈴鹿の三隊員がスカイタイガーに搭乗するために格納庫へと駆け込んできた。彼らの足音が金属の床に響き渡る。

 吉村班長は無言で発進誘導室へと向かう。その背中は何かを背負っているようで、何も感じさせないようでもあった。格納庫は再び戦いの準備に染まっていく。そして蒼真は心に残る言葉の余韻を抱えたまま、次の戦場へ向かう準備を始めた。


 ×   ×   ×


 怪獣トライダー、赤黒い体表は焼け焦げた鋼のように鈍く光り、鋭く尖った口からは断続的に熱気が漏れていた。二本足で立ち、ビル群を踏み潰しながら進むその姿は、まるで都市そのものの災厄だった。

 横浜の街はすでに半壊状態。煙が立ち昇り、瓦礫の山が道路を覆い、逃げ遅れた車両が炎に包まれていた。

 上空では三機のスカイタイガーが旋回していた。機体の腹部に装備されたミサイルポッドが開き、照準が怪獣の頭部に定まる。


「鈴鹿機、攻撃に入ります!」

 通信が走ると同時に一機が急降下し、怪獣の真上からミサイルを発射。白煙を引いた弾頭がトライダーの頭部へ直撃する。

「ギャオー!」

 怪獣は咆哮を上げ、首を振り回す。だが皮膚は傷一つつかず、爆煙の中から赤黒い体が悠然と姿を現す。三浦機が正面から、三上機が背後からミサイルを撃ち込む。爆発が連続し、街の空気が震える。

 しかし、トライダーは微動だにしない。その体はまるで怒りそのものを鎧にしているかのようだった。

「電子銃を使います!」

 三上機が機体の側面から電子銃を展開し、トライダーへ向けて発射。青白い光線が怪獣の胸部を貫くが、反応はない。赤黒い体はまるで感情を吸収する装甲のように、すべてを無効化していた。


「くそ、この怪獣も、人の怒りを身にまとってるのか!」

 その言葉の直後、トライダーの角が青白く輝き、空気が震える。次の瞬間、電磁波光線が放たれ、空を裂くように三上機を直撃した。

「くっ、やられた! 三上機、不時着します!」

 機体が火を噴きながら急速に高度を落とした。その軌道は制御不能で、ビルの屋上をかすめながら墜落していく。トライダーは続けざまに、鈴鹿機、三浦機へも光線を浴びせる。

「鈴鹿、脱出します!」

「三浦、脱出します!」

 二機は緊急脱出装置を作動させ、パイロットが射出される。機体は制御を失い、荒廃した街へと墜落。爆発が連鎖し、横浜の空が炎に染まる。

 現場へピンシャーで駆けつけた蒼真は瓦礫の隙間からその光景を見上げていた。トライダーの圧倒的な力に息を呑む。


「このままでは勝てない。だが、この攻撃的な怪獣に勝てる方法は」

 不安が胸を過る。そのとき、蒼真の左腕の時計が青く光った。蒼真はゆっくりと左手を掲げる。

 トライダーの行く手に、ネイビージャイアントが立ちふさがった。瓦礫の煙を背負い、赤黒い空気を切り裂くようにその巨体が現れる。全身から赤い炎が立ち昇り、地面に足を踏みしめるたびにアスファルトがひび割れる。

 怒り狂うトライダーが咆哮を上げた。その声は空気を震わせ、周囲のガラスを粉砕する。ネイビーは無言で応じ、両腕を広げて構える。その姿はまるで怒りを受け止める盾のようだった。

 次の瞬間、二体が激突、衝撃波が地面を揺らし、周囲のビルが軋みを上げる。拳と爪が交錯し、炎と電磁波がぶつかり合う。だが力ではトライダーが圧倒していた。ネイビーはじりじりと後退させられ、足元の地面が削られていく。


「つ、強い!」

 蒼真の声が漏れる。ネイビーは一瞬の隙を突き、身をひねってトライダーの足元へ滑り込んだ。そのまま体重をかけて前へ倒し、怪獣の巨体を地面に叩きつける。

 瓦礫が舞い上がり、衝撃で街灯が折れた。ネイビーはすかさず馬乗りになり、拳を振り下ろす。だが、トライダーはその腕を受け止め、関節を極めるようにひねり上げた。

 ネイビーの巨体が宙を舞い、次の瞬間、ビルの壁面に激突。コンクリートが崩れ、鉄骨が折れ、ネイビーは瓦礫の下敷きになった。煙と炎が舞い上がり街の空気が焦げる。トライダーは咆哮を上げながら、瓦礫の山を踏み越えて進んでくる。


「くっ、このままでは負ける……」

 蒼真が拳を握りしめたそのとき、上空に銀色の光が差す。雲を切り裂くように、一機のスカイタイガーが急降下してくる。その軌道は滑らかで、まるで空を泳ぐ獣のようだった。

「だれだ、だれが操縦している?」

 その機体はこれまでのものとは違う。流線形が際立つ斬新なデザイン。装甲は光を反射し、機体の動きは滑らかで、まるで生き物のようだった。

「あれは新スカイタイガー!」

 蒼真の目に操縦席に座る吉村班長の姿が映る。その表情は静かで、決意に満ちていた。


「班長、危険です!」

 新スカイタイガーからライフル銃のような装置が展開される。三上が提案していた大型電子銃だ。銃口が怪獣に向けられ、エネルギーがチャージされていく。

 トライダーが電磁波光線を新スカイタイガーへ放つ。だが機体はこれまでとは次元の違う機動力で光線を回避。空中で急旋回し、ビルの隙間をすり抜けるようにして電子銃を発射。直撃したトライダーが一瞬怯む。

 だが、それ以上でも以下でもなかった。怪獣の角が再び輝き、怒り狂ったトライダーが四方八方へと電磁波光線を撃ち込む。


 さすがの新スカイタイガーでも、すべてを避けきれない。光線が機体の側面をかすめ、装甲が焼け、内部から火花が飛び散った。警告音が鳴り響き、操縦席の計器が赤く点滅する。

 火の玉と化したスカイタイガーが最後の力を振り絞ってトライダーへ突進する。その軌道はまっすぐで、迷いがなかった。

『蒼真君。聞こえていたら、覚えておいてほしい。攻撃のために装備を充実させることは必要だ。だがそれを操作する人間がいなければ、どんな兵器も役に立たない。だから絶対に人は守らなければならない。そうでないとこの機体のように死者を出すことになる』


「吉村班長!」

 蒼真の叫びが届く前に新スカイタイガーがトライダーへ激突。爆発音が空を裂き、機体は大破する。炎が空へと立ち昇り、衝撃波が街を揺らす。

「班長!」

 蒼真が叫ぶ。しかし吉村班長の声は返ってこない。

 ネイビーが瓦礫の中から立ち上がった。その体は怒りに燃え、赤い炎に包まれている。目には吉村の死を見届けた者の怒りが宿っていた。


 ネイビーがそのままトライダーへ突進、拳が火をまとい、怪獣の胸部へ叩き込まれる。衝撃でトライダーの体がのけぞり、角が砕け散った。

「ギャオー!!」

 トライダーが動きを止める。次の瞬間、爆発が起こり、怪獣は光の中に飲み込まれ、その場から完全に消滅した。煙が晴れたとき、横浜の空には、静寂だけが残っていた。青い光がゆっくりネイビーを包みその姿が消えていく。

 蒼真は吉村の最後の言葉を胸に刻みながら、瓦礫の中に立ち尽くしていた。その目には戦いの終わりではなく、次の誓いが宿っていた。勝たねばならない、どんなことがあっても。それが悪として炎に包まれても。その思いが心のどこかで引っかかりを覚えても……


 ×   ×   ×


「どう思いますか?」

 瓦礫の山と焦げた鉄骨が広がる横浜の街を見下ろしながら、蒼真は隣に立つさとみに問いかけた。夕暮れの光が崩れたビルの断面を赤く染めている。風が吹き抜けるたびに、どこかで金属片が転がる音がした。焼け焦げたアスファルトの匂いが、まだ空気に残っている。

 蒼真はさとみの横顔をちらりと見た。こんな話ができるのは彼女以外にいない、そう思ったからだ。さとみは何も言わずに立っていた。その視線は遠くの空ではなく、目の前の瓦礫に向けられていた。


「悪を身につけないと勝てないってこと?」

「はい」

「そうね……」

 さとみは蒼真を見ず、ただ荒れ果てた街を見つめたまま静かに答えた。その声は風に溶けるように柔らかく、しかし確信に満ちていた。

「必要だと思うわ」

「そう、……なんですね」

 蒼真の表情がわずかに陰る。彼の目には倒壊した建物の隙間から覗く、焼け焦げたスカイタイガーの残骸が映っていた。

 吉村班長が乗っていた機体。あの人が、命を懸けて託したもの。


「人は、だれかを守るために、だれかを貶めても。勝たなければならないときがある。蒼真君には、辛いことかもしれない。でもそれが事実よ」

 さとみの言葉は優しさと痛みを含んでいた。

 蒼真は目を閉じた。それは自らが望むと望まないとにかかわらず、迎えなければならない試練なのか。吉村班長はそれを、命と引き換えに自分へ託した。その重さが今ようやく胸に落ちてきた。

「さとみさん。僕、強くなります」

 その言葉は決意というよりも祈りに近かった。声は震えていたが、確かに前を向いていた。


「辛いわね。でも、それを乗り越えて。あなたにはその使命がある。人類を守る。そして、私や美波ちゃんを守る。そのためには苦しくても戦って」

 さとみの声は静かに、しかし力強く響いた。彼女の目は、蒼真を見ていた。その瞳には信頼と、ほんの少しの不安が混じっていた。

 蒼真の目に涙が滲む。頬を伝うことはなかったが視界が揺れた。

 たとえ苦しくともさとみを、美波を守る。その誓いを、胸に刻み込んだ。

 そして、彼はもう一度、荒れ果てた街を見渡した。そこには戦いの痕跡と、守るべきものの残響が、確かに残っていた。

《予告》

怒りについての論文を発表した遠山教授。彼の研究室で蒼真が少女人形に話しかけられる。教授を拉致した。解放して欲しければ蒼真のノートを持って来いと。蒼真が向かったその先には、次回ネイビージャイアント「三冊のノート」お楽しみに。

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