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お姉さまは完璧で、わたしは出来損ないなんですけど…?

歴史に強いかたならあらすじでピンとくるかもしれませんが、例のあの姉妹と皇帝とその母御前の話がベースです。

地球史だと救いがなさすぎるので大いに改変しながら進行します。ここ異世界だし!



「すまないシャルロッテ嬢……この婚約、破棄させてもらう」


 午後のお茶会の席で、エルディナント陛下がとんでもないことを口走ったにもかかわらず、お姉さまはただ黙っていた。


 その(かお)には、おどろきも怒りもなく、予想はできていたといわんばかりの冷静さと、いくばくかのあきらめだけが。


 だから、椅子を蹴りながら立って、わたしがお姉さまの代わりに声をあげた。


「なぜですかエルディナントさま!? お姉さまにはなんの瑕疵もありません!」

「ああ、セシーリア嬢のいうとおりだ。シャルロッテ嬢に落ち度はなにひとつない。彼女は一切悪くない、私の有責として、充分な償いをさせてもらう」

「いかにアドラスブルク当主、皇帝陛下といえど、補償ですむ話ではありません! わがウィンステンシュアの面目がた――」

「いいのよセシィ、わが一族の面目が損なわれることはないから」


 早口でまくし立てていたところへ、ちいさいけれどよくとおる声でお姉さまが割り込んできて、わたしは勢いを削がれてしまった。


「お姉さま……それはどういう……」

「お父さまもお母さまも、すでにご承知のこと。わたくしの役目は終わったの」


 そういうと、わたしの大好きなお姉さま、豊かで上品に巻いたブルネットと、晴れた夜空のような深い青い眼、お父さま似の高い鼻とお母さま似のすらっとしたあご、女性らしいふくよかで優美な曲線の肢体をほこる、シャルロッテ・ヘレネ・テレーゼ=ヴァリアシュテルン・ウィンステンシュア・ゴットハウゼンは、音もなく席を立ち、若きオストリヒテ皇帝エルディナント・フランツ陛下へ、完璧なカーテシーで礼を表した。


「短いあいだでありましたけれど、陛下のお近くにてすごす時間を許されるという、身に余る光栄に浴する機会を与えていただけましたこと、欣快至極でありました。……妹のこと、よろしくお願いいたします」


 お姉さまの言葉の意味がわからず、わたしはしばらく立ち尽くしていた。


 陛下いわく「彼女は一切悪くない」とのこと。

 お姉さまとエルディナント陛下の婚約が破棄されても、わがウィンステンシュアの面目は損なわれないということ。

 お父さまもお母さまもすでにご承知だということ。


 そして「妹をよろしく」というお姉さまの最後の科白。


 つまり――


 エルディナント陛下は、お姉さまから、妹のわたしに乗り換えるつもりで婚約破棄を!!?


 まともな貴族子女だったら、卒倒していただろう。


    +++++


 あいにくと、わたしは()()()な貴族令嬢ではない。


 父であるヴァリアシュテルン公フリードリヒとともに、馬を駆って山野をめぐり狩りをしたり、渓流で鱒を釣るのがわたしの一番の楽しみだった。


 シャルロッテお姉さまと違ってわたしは淑女教育を免除されていたし、見た目だって、くせがないといえば聞こえがいいけれど針金みたいな黒の直毛で、鼻はそこまで高くないし、あごは丸かった。なにより、豊満な肉体美のお姉さまと正反対に、わたしは背丈ばかりある痩せぎすで、手脚は糸杉の枝みたいに細っこい。


 多産であれと嫁に求める、アドラスブルクの帝妃として理想的なシャルロッテお姉さまをさしおいて、どうしてわたしなんかが?!


 わたしは引き留めようとするエルディナント陛下を無視(シカト)して、お茶会を中座したお姉さまのあとを追った。


「待ってくださいお姉さま! わたし、なにも聞いていません!!」

「もう決まったことよ。書類上の話から一歩進んだその瞬間から、陛下はあなたしか見ていなかった」

「そんな……わたしは陛下になにも……」

「いわなくていいわ、あなたは色目なんか使っていない。わたくしにもよくわかっています。勝手に向こうがひと目惚れした」


 色目も媚びも(しな)も、わたしは意識のかけらにも上らせたことがないし、そもそも女らしさというもの自体が抜け落ちている。恋の鞘当て、男女の駆け引きなんて、それはわたしの世界じゃない。


 わたしにとってのゲームは狩猟(ゲーム)だけだ。


 七歳の男児のようにくちびるを噛んでこぶしを握るわたしへ、お姉さまは優しい笑顔を向けてくれた。


「セシィ、あなたのそういう、とても可愛らしいところが、お人形みたいなご令嬢に取り囲まれている殿がたからすると、非常に魅力的に見えるのよ。天然というやつね」

「わたしに……お姉さまの代わりなんて……できない」

「あなたが固辞しても、陛下の愛がわたくしに戻ることはないわ。そもそも最初からなかったのですもの。わたくしでもあなたでも、どちらかが帝妃となれば、お父さまとお母さまの立場は、だいぶんよくなるわ。放蕩一族だの浮浪貴族(ルンペンクラット)だのという悪口は、今後冗談でも赦されなくなる」


 ……そう、わがウィンステンシュア・ゴットハウゼン家が帝室との縁を求めたのは、栄光ある累代貴族としての威厳を取り戻すためだった。


 現在オストリヒテ帝国を動かしているのは、その多くが200年ていどの歴史しか持っていない新興貴族。


 アドラスブルクが神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の再統一を図るために起こした二世紀前の戦争は、一時的に勢力伸長をもたらしたけれど、すぐにまたゆるい合同関係で結ばれているだけの分裂状態に戻ってしまった。


 そして今世紀のはじめに、メロヴィグの風雲児バルトポルテからの圧力もあり、とうとうアドラスブルクは神聖帝国の維持を放棄した。とっくに死に体と化していた、名ばかり世界帝国ではあったが。

 西のイルパニアと付属する各領邦に海外領土は、バルトポルテの台頭以前に失われていた。本拠地における大帝国の主という建前すらも捨て、帝都フィレンを擁するオストリヒテの皇帝を名乗り、周囲にほそぼそ残った10ヶ国少々の王冠のみを保持して。冠ひとつふたつでは〈皇帝〉たる資格がないから、ギリギリである。


 帝国再建策として、叛乱土着貴族から没収した領地を与えられた新貴族たちが皇帝家に忠誠を誓っていたのは、ほんの短いあいだのみのことだったのだ。

 そのくせ彼らは、新時代の統治哲学として民衆の力を認め分権を模索するヴァリアシュテルン公のことを軽んじ、バカにする。


 分断主義者筆頭である、北部のプロジャと融和的婚姻関係を結ぼうとして挫折したアドラスブルク帝室へすかさず接近したのは、わたしたちの母であるアマーリエの判断だった。


 アマーリエはウィンステンシュア本家の姫であり、母の実家は立派な王家である。

 ややこしいですが、うちの家名はウィンステンシュア・ゴットハウゼンであり、貴族としてはヴァリアシュテルン公爵で、ヴァリアシュテルン王統であるウィンステンシュア家の傍系です。


 神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の解体によって、古くからの大貴族の中には、所領をまとめるために新たな王として立たざるをえなくなったものがおり、われらがヴァリアシュテルン王家もその一例だ。バルトポルテによってそうなるよう仕向けられたのである。


 なお当のメロヴィグ()()バルトポルテは、その後大戦に敗れて失冠し、神聖帝国のみならず世界中をかき回すだけかき回してから歴史の舞台より退場した。いい迷惑だ。


 ……前説が長くなってしまったけれど、ようするに、わたしの母アマーリエは本家から格落ちの傍流へ降嫁してきた王女であり、父フリードリヒのことを尻に敷くのが当然と考えていて、母の(はら)づもりを察していた父のほうはあまり家に寄りつかなかった。

 もっとも、方々に地所を持つ公爵として、どこが「家」なのかは微妙だったけれど。


 両親が結婚した理由は完全にお家の事情。結婚こそが繁栄と隆盛への鍵であり、それはわたしにもわかっている。


 ただ……わたしがその「鍵」では()()ということは、両親ですら認めていたはずだった。栄光へつづく門扉を開くのはシャルロッテお姉さま、そのはずだったのに。


「……ねえお姉さま、お妃教育って、息苦しくて、つらいのでしょ?」

「わたくしでもできたことよ、あなたにこなせないことはないわ」

「それは、お姉さまが淑女として理想的だったからで」

「そんなの見た目だけよ。お父さまの一番のお気に入りは、いつだってセシィ、あなただった。あなたはわたくしたち兄姉弟妹(きょうだい)の中でもっとも利発で、なにより考えかたに古びたところがない。……だからこそ、お母さまはあなたにちょっと不満で、わたくしを帝妃に仕立てようとしたのでしょうけれど」


 お姉さまのいうことは、半分はそのとおりだとわたしも思った。わたしはお父さまに可愛がられていて、お母さまからはいつもすこし距離をおかれていた。

 だけれどそれは、わたしが女らしいことに興味を持たなかったからであって、賢さが理由だという気はしない。


「わたしがいまから四年間根を詰めたところで、お姉さまに追いつけるとは思えない……」


 お姉さまは19歳、いまのわたしと同じ、15歳のときにはもう立派なレディだった。わたしは生まれてこのかた、まともに礼儀作法を習ったこともないのだ。


 優しかったお姉さまの眼が、ここで鋭くなった。


「四年も陛下をお待たせするわけにはいかないわよ。正確にいえば、太后さまがお許しにならない」

「時間、どのくらいあるかしら……」

「一年はないと思っておいたほうがいいわね」

「……そんな」

「覚悟を決めさない。もうあなただけの問題ではないのだから。わがウィンステンシュア家のみならず、ヴァリアシュテルンの、オストリヒテの未来すらも、あなたの肩にかかったのよ」


 わたしに対する直接の怨みつらみではないけれど、やっぱりお姉さまは怒っていた。

 ……それはそうよね。わたしがヘマをすれば、それはお姉さまの名声までも間接的に傷つけることになる。


 こんなへっぽこの妹に婚約者を奪われた、それ以下の姉として。




名前の区切りとしての「・」と「=」記号ですが、私は個人名と家名の境い目に「=」を使用しています。この用法は間違いです。間違っていますが視認性がいいので使っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ異世界だし! 彼らが知り得なかった歴史の流れやその後人類が得た知見によって、幸せになる人が増えると良いですね。 作者様の文章は、散文的なパートも抵抗なく読めます。大丈夫です。
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