第九十八話
黄昏蜘蛛狩りを終え、ホテルに帰った俺たちは各々自由に行動していた。
(やっぱり大浴場があるのはいいよな)
このホテルには粗方設備が整っているが、広々とした大浴場もしっかりと完備されている。
汗を流したかった俺は大浴場で体を洗った後、浴槽に浸かっていた。
(今日は、ウエイトはいいか)
毎日ほどではないものの、簡単な運動として習慣になりつつあるウエイトトレーニングであるが、あまりやり過ぎても後に響くため、今回は行っていない。
ホテルにもしっかりと設備は整っている為、休みの日は足を運んでみようとは思っている。
(そろそろ出るか)
レベルが上がると体のあらゆる部分が強靭になるのか、長湯をしてものぼせにくくなる。
かれこれ四十分くらい浸かっているが、のぼせた感じはしない。
寒さにも強くなるし、レベルアップの恩恵は多様だ。
「ふぅ~さっぱりした」
汗をしっかりと流し、心も体もスッキリした状態で廊下を歩く。
ふと辺りを見回すと体格が良く、服の上からでも鍛えられていることが分かる人物が多い。
(やっぱり探索者だけあって、良く鍛えられているな)
有用なスキルを保持していても、ダンジョン探索は命を落とすリスクと隣り合わせだ。
大抵の探索者はトレーニングをかなりこなしているし、武器術に精通している。
(その辺り、結構すっ飛ばしてるよな)
俺がウエイトなどで鍛えているのはあくまで補助的なもので、劇的な効果を期待するものではない。
だいぶ軽くやっているし、彼らは自分とは比べ物にならない負荷でやっているだろう。
武器術に関しては東雲にかなりしごかれているが、彼らは幼少の頃から経験を積んできているのが大半だろうし、俺とは比べ物にならない経験と鍛錬を積んでいる。
俺はそんな周りの探索者に敬意を覚えつつ、エレベーターに乗り、奥の方へと進む。
すると直ぐにエレベーターの扉が閉まり、動き出したタイミングで前を見ると、そこには一人の女性がいた。
(身長、高いな)
厳しめの顔立ちをしているが美人で、俺よりも少し高いぐらいだろうか。
長い黒髪を腰元まで降ろしており、身長の高さも相まってクールビューティ―といった言葉が適当な女性だった。
(明らかに探索者だよな)
立ち姿から明らかに探索者だと分かる。
当り前であるが、雰囲気から明らかに自分よりも武芸に秀でているし、レベルも高いのだろう。
密室であることも作用しているのか、どことなく感じる緊張感に洗い流した汗が再び出てきた。
「なにか?」
じろじろ見ているつもりはなかったが、俺が警戒し過ぎてその雰囲気が伝わったのか、彼女はこちらをちらりと一瞥してから、声を掛けてくる。
一瞬目が合った時、どことなく心を見透かされたような感じがしたからか、冷汗が出てきた。
「すみません、私、探索者をやっておりまして、同業者かな、と」
「ここにいるのは大抵が探索者ですから、当たり前のことでは?」
特に表情も変えることなく、平坦な声で言う彼女。
俺はエレベーターに入った直後よりも、一段重たい緊張感を感じていた。
その後は特に会話が続くこともなく、重い空気の中、エレベーターが上がっていく。
やがて彼女の指定した階に着いたのか、扉が開くと彼女は一度、軽く溜息を吐いた。
「すみません、私も少し気が立っていましたので、ダンジョンで会った際はどうぞよしなに」
それだけ言うと、彼女はエレベーターを出ていく。
俺はボタンを押してエレベーターの扉が閉まったのを確認すると、深く息を吐き出した。
(あ~緊張した)
自分よりも身長が高い上に、レベルが高い人物と密閉空間にいると、嫌でも緊張してしまう。
エレベーターが狭い分、下手にダンジョン探索している時よりも緊張したかもしれない。
(でも、よくよく考えたら、俺が魔術を使えば特に問題ないか)
こんな狭い密室で魔術を使うのは如何なものかと思うが、狭い場所でも使い勝手の良い魔術もたくさんある。
俺よりもかなり強い程度のレベルであれば、制圧は容易だろう。
(まあ、いいか…部屋でシャワーでも浴びよう)
折角、大浴場で汗を流したのが無駄になったなぁ。
流石に大浴場に戻る気力はなく、俺はそんなことを思いながら、ゆったりと借りている部屋に向かって歩いていくのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
本作品のコミカライズ版の発売が開始いたしました。
本屋に自身の作品が並ぶというのは、本当に感慨深いものです。
読者の皆様方、いつもありがとうございます。




