第八十七話
俺は今回の明星からのスカウトの件を断らせていただくことにした。
申し出は魅力的だし、今よりもずっと安定するだろう。
もしかしたら今よりも速いペースで強くなることができるかもしれない。
(ただ、今の仲間と自由にやっていくこと以上にうまい話かと言われてみれば、微妙な所である)
山崎としては俺が若い女性と探索をしているところから見て、佐野のような女性をあてがったのだろうが、それはさして重要なことではない。
そもそも、俺は魔術を使える。
遠距離に対処できる探索者はむしろお呼びではないのだ。
(ただ、申し訳ないコトをしたとは思う)
明らかに破格の待遇だったからな。
あくまでも年俸だったし、活躍次第ではさらに貰える額は上昇するだろう。
佐野も若手で優秀な子だろうし、普通に考えれば承諾しないのはあり得ない。
(だが、俺は前の立場を捨てて、来ているからな)
そういった安定した地位に執着しているわけではない。
(一億は惜しいが)
増額する可能性があるぶん、減額する可能性もある。
しかも、どういった内容の探索を課せられるのかも不明だ。
どの道、あの場で即決するような内容ではなかった。
「ということで、ステーキを食べよう」
「何がということで、なんですか」
東雲がエプロン姿でステーキを焼いている。
ちなみに俺が頼んだわけではなく、彼女が率先してやってくれていた。
「はい、ワイバーンのステーキですよ」
テーブルの上に五百グラムはある巨大なステーキと茶碗に盛られたご飯が置かれる。
探索後はコーヒーしか口にしていなかったので、腹の虫がなった。
「旨そう」
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
俺はナイフで肉を切ると、フォークで突き刺し、口に運んだ。
「うまっ」
腹が減っているのもあり、肉のうまみが感じられやすい。
俺は次々切り分けると、あっという間に五百グラムの巨大なステーキは半分以上がなくなった。
「明星の件、俺止めることにしたわ」
腹がある程度満たされた段階で、今日の出来事を口にする。
東雲はパーティーメンバーなので、この件についてはしっかりと報告すべきだと思った。
「もったいないことしましたね」
東雲は連れてきていた赤ちゃんドラゴンをあやしながら言う。
ワイバーンを倒した時に手に入れた卵から出てきた、赤ちゃんドラゴンだったが、生まれたての時よりも、既にサイズは二回りほど大きくなっており、赤ちゃんというよりも子供といったサイズに変わりつつある。
「キュー」
赤ちゃんドラゴンが東雲から貰ったワイバーンステーキに齧り付く。
既に鋭い歯が生えそろっており、肉程度であれば簡単に噛み千切ることができる。
「今の状態が良すぎてな」
一億という額を稼ぐ未来が全く見えないわけでもない。
順当に成長していけば、そのレベルには到達できるだろう。
「パーティーメンバーぐらい私が明星に入れば解決しましたよ?」
「いや、そんな簡単か?」
世界十三位だぞ?
そんな簡単にいかないだろ。
「伊藤さんと私がパーティーを組んでいるのは知っているでしょうし、実力を見せれば大丈夫でしょう。向こうの方針としては最低でもAランクのパーティーを作ることを狙っていたんでしょうし…その佐野って人も将来のAランク候補でしょう」
若干、佐野と呼ぶところで声が冷たくなった気がするが、気のせいだろう。
うん。
「まあ、後の祭りだけどな」
もう、俺の気持ちとしては、断る以外ないし、こちらからやっぱり契約したいなんて言うのも、おかしいだろう。
「そうですね、何を選んでも大丈夫だと思いますよ…って」
東雲がそう言った矢先、ヴァルがシャワーを終えたのか、ドアを開けリビングにやって来る。
服を着ずにバスタオルを巻いた状態で。
「ヴァル、ちゃんと服を着てからリビングに来るように言ってるでしょ」
東雲がぷんすか怒りながら、ヴァルをリビングとドアの向こうに追いやる。
(この現状を崩す理由はないな)
僅かに笑みを浮かべながら、俺は二人のやり取りを見守るのであった。
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