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第七十八話 

 


「九十九…百」


 俺は自室で重さ八十キロのバーベルを上げ切ると、それをラックに引っ掛けて、こちらにぶつかってこないようにする。


「ふぅ~」


 俺は大きく息を吐き出し、ブリッジの体勢から上体を上げた。


 噴き出るようにして出てきた汗を、傍に置いてあったタオルで拭う。


「どうするか」


 汗を拭きながら、俺は先日のことを思い出していた。


 砂毒猿を倒して探索者協会に戻り、いつも通り売却を行っていると、そこで見知らぬ男に声を掛けられた。


(その男が、まさか明星(あかぼし)の東京支部長だったとは)


 やけに余裕のある雰囲気をしていると思っていたが、日本トップクラスのクランである明星の東京支部長であるとは思いもしなかった。


 そして、その東京支部長の山崎からクランに興味がないかと打診を受けるなんて、予想できる筈もない。


(雰囲気に呑まれなくて良かった)


 山崎には普通にはない凄味があった。


 流石、日本トップクラスのクランである明星の東京支部長といったところだろう。


 俺はそんな人物に事実上の勧誘を受けたのだが、その場ですぐに頷くことはなく、連絡先だけ受け取って後日改めて返答することになった。


(それにしても、ほとんど笑顔だったな)


 俺が後日に返答すると言っても、山崎は笑顔を浮かべていた。


 それがこちらにそこまで価値を見出していないためか、はたまた絶対にクランに入ってくるという余裕の表れなのか。


 俺には分からない。


(悩むな)


 明星はただ名前が通っている程度ではないのだ。


 あれから調べてみたが、その名前は日本どころか世界にも知られている。


 有名雑誌がランキング付けした、クランの世界ランキングでは、明星は第13位となっていた。


 日本では他に一桁にまで上り詰めているクランがあるものの、世界中のあらゆる国が推進し、膨大な資金が集中する探索者業で13位にまで上り詰めている。


 凄まじいことに変わりはなかった。


(東雲に聞いてみてもなぁ…)


 どうしたらよいのか、東雲にアドバイスを貰いたかったのだが、『伊藤さんの好きにしたらいいと思いますよ』と、特に何も言ってこなかった。


 なにかしら有用なアドバイス、もしくは苦言を呈してくるのかと思っていたのだが、肩透かしを食らった気分である。


(両親に相談…はないか)


 前に両親に連絡を取ったが、俺が会社を辞めたことを話していない。


(近況を聞かれた時は焦ったな)


 危うくぼろがでそうになり、冷汗をダラダラと流し柄かなり焦ったのを覚えている。


(何かしらバレてるかもしれないな)


 電話だったので、声が少し上ずっていただけしか伝わっていないと思うが、相手は親だ。


 ちょっとした変化を察知していてもおかしくはない。


(ま、何も気づいていないかもしれないが)


 意外とそういうのに鈍感なところがあり、こういった変化を気にも留めていないかもしれない。


「とりあえず、トレーニングを続けるか」


 再びベンチプレスを再開する。


 今日の目標は八十キロを百回、五セット。


 既に三セットは終わらせており、あと二セットだ。


(だいぶフィジカルも強くなったよな)


 探索者としてレベル上がり、フィジカルが人外の領域に踏み込み始めた(と思っている)からこそできることだ。


 ブリッジの体勢になると、バーベルを一旦胸に当て、肩を上げないように気を付けながら、バーベルを上げていく。


(ウエイトもなかなかいいな)


 こういったものには手を出してこなかったが、始めてみると意外と悪くないというか、探索者をやる上でのメンタルの維持に繋がっている。


 ウエイトトレーニングのように、結果がある程度実感できると、自身が強くなっていることを理解しやすく、探索者をやる上でのモチベーションになるからだ。


(明星の件は、もう少し考えてみるか)


 そう急ぐ必要もない。


 単に稼ぐだけならば、今のままでもいいのだから。



読んでいただき、ありがとうございます。


日間ジャンル別で15位になることができました。

嬉しいです。


コミカライズの第一話が公開され、そちらの方を読んでいただいた方にも、この場を借りてお礼申し上げます。

ほとんどが漫画家様や編集者の方、出版社様、そしてこの作品を見ていただいている皆様方の御力のおかげですが、こうして私の作品が多くの人の目に留まるのは、とてもありがたいことだと思いますし、個人的にも本当に嬉しいです。


読者の皆様、ありがとうございます。


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