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第七十七話 

 


 三匹の砂毒猿を東雲と共に相手をしたことで、流石に身体に堪えた俺は探索を終了した。


(これで致命傷でも負ってしまったら終わりだからな)


 探索者をやる以上、ダンジョンの中では常に危険と隣り合わせだ。


 さじ加減を見誤って、探索を行えば、下手すると命を失うことになりかねない。


(この辺りのさじ加減は少しずつであるが、分かるようになってきたんだよな)


 俺よりも遥かにベテランな探索者の東雲とヴァルもその辺りを分かってくれており(ヴァルは大体肯定してくれる)、異論を挟むことなく了承してくれた。


 そうして特にアクシデントもなく、転移ポータルまで行き着くことができ、ダンジョンの外へと出る。


 そして探索者協会に戻り、素材を売却をするために窓口に向かうと、そこには淵田さんがいた。


「お疲れ様です、伊藤様」


 おっとりとした美人の淵田さんがいつものように朗らかに笑った。


 優し気な笑顔は見ているだけで、探索で疲れた心を癒してくれる。


「どうも…今日も素材の売却、いいですか」


「はい、大丈夫ですよ。ちょっと待ってくださいね」


 そう言って、淵田さんは準備を始めた。


 彼女は素材を受け取るための大きめの入れ物を載せた台車を引いてくる。


「今日はどんなモンスターを狩ったんですか?」


「砂毒猿ですね」


「えっ、大丈夫でしたか」


 淵田さんがカウンターから身を乗り出して、俺の体をぺたぺたと触ってくる。


「別に大丈夫でしたよ。普通に倒せましたし」


 平均的な探索者から見ても、砂毒猿は強敵に部類される。


 俺の探索者歴が浅いと知っている淵田さんが、心配するのも道理だ。


「良かった…」


 ホッと息を吐いた淵田さんは、上体を元に戻し再びこちらを見てくる。


「本当に、かなり早いペースで強くなっていますね」


 どこか尊敬の念がこもった視線を投げかけてきた。


 その視線には純粋な敬意が宿っており、それ以外のモノは感じられない。


「いや、まあ、仲間のおかげです」


 そう言ってちらりと後ろを見る。


 東雲とヴァル、どちらも俺にはもったいないぐらいに、能力の高い存在だ。


「それでも、ですよ」


 カウンターに置いていた俺の手を、淵田さんがさりげなく取ると、手のひらをゆっくりとなぞっていく。


「凄い豆がこんなに潰れて、それに」


 モンスターとの戦闘で刀を使っている以上、必然的にできる豆。


 それが潰れて硬くなっているのだが、淵田さんはその上をスーッとなぞるようにして指先をスライドさせていき、前腕を撫でる。


「うおっ」


 ゾワッとした感覚に襲われ、背筋がピンと伸びる。


 思わず腕を振り払いそうになったが、淵田さんはなぞっていない方の手でがっしりと俺の腕を掴んでおり、振りほどくことはできない。


「筋肉も凄い。無駄なくしっかりと付いてる」


 先程のボディータッチとは違い、何か愛おしいものを愛でるかのような触れ方に、なんとも言えないものを感じる。


(むずがゆい)


 俺としてもそろそろやめて欲しいが、彼女が純粋な感情の元、触れてきているので、正直止めづらい。


 あと、こういった対応も俺には新鮮で、気恥ずかしさがあるものの、努力を認められているようで、嬉しさもあった。


「あの~」


 一分ほどすぎ、俺がおそるおそる淵田さんに声をかけると、ハッとした表情でこちらを見てから、深くお辞儀をする。


「あっすみません。つい、伊藤さんが成長しているのを感じたくて」


(その言葉はちょっと危ないように聞こえるんだが…ん?)


 こうして、何気ない?会話などを楽しんでいると、一人の男がこちらに近づいてきた。


「こんにちは」


 男は朗らかに笑いながら、室内によくとおる声で話しかけてくる。


 人の良さそうな四十過ぎの男性で、髭を生やしているが綺麗に揃えられており、粗野というよりも紳士といった印象を与える。


 探索者協会ではあまり見ないスーツを着ているからかもしれないが、安心感を与えるその表情の作り方がそうした印象をより強めているのであろう。


(職員…ではないか)


 一瞬探索者協会の職員だとも思ったが、わざわざこんな形であいさつはしてこないし、この男には普通の勤め人にはない余裕といったものがある。


 わざわざ声をかけてきたので、知り合いかもと考えたが、こんな人物が知り合いにいた記憶はない。


「山崎さん?」


 全く記憶にない人物であったが、淵田さんは彼を知っているのか、唖然とした様子で言葉を発した。


「こずえさん、お久しぶりです」


 一層、優し気な笑顔で淵田さんを見た男性は、しばし視線を彼女に向けた後、こちらに向き直った。


「伊藤様、でよろしいでしょうか」


「はい、そうですけど」


 俺は真顔で頷きつつも、隠し切れない不信感が口調から表れる。


 紳士のような雰囲気ではあるが見知らぬ男にいきなり挨拶をされたのだ。


 警戒してしまうのは、不思議ではないだろう。


 それを向こうもしっかりと感じ取ったのか、男は一礼して懐から名刺を取り出した。


「自己紹介が遅れました。私はこういうものです」


 柔らかな顔から真剣な引き締まった表情になると、男は名刺を俺へと差し出してくる。


 そこには、山崎優平というこの男の名前と、肩書が書かれていた。


明星(あかぼし)の東京支部長?)


 探索者が集まって結成される法人をクランというのだが、明星というと、国内でも最高峰のクランのはずだ。


「伊藤様、明星というクランに興味はございますか」


 明星・東京支部長の山崎優平は力強く言うと、真っ直ぐとした視線を俺に向けるのであった。





読んでいただき、ありがとうございます。


一点この場を借りて、ご報告することがございます。

本作品、『中年魔術師の悠々自適なダンジョン攻略~スキルオーブを使ったら最強スキルを手に入れたので、好きに生きようと思います~』ですが、TOブックス様より御声を掛けていただき、コミカライズ化が決定いたしました。

私自身初めての経験ですが、このような機会をいただき、とても嬉しく思います。

そのコミカライズなのですが、明日(8/18)の11時からコロナEXの方で連載が開始いたしますので、そちらの方も見ていただけると、嬉しいです。


あらためて、読者の皆様方にお礼を申し上げます。

皆様がこの作品を見ていただくことで、今回のような貴重な体験をすることができております。

本当に、ありがとうございます。


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