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第七十六話

 


(ヤバいな)


 あれからダンジョン内で、砂毒猿を見つけることに成功したのだが。


「キィ」


 俺たちが近づいていくと、一匹の砂毒猿が前に出てくる。


 その砂毒猿は上半身の筋肉を膨張させて、牙を見せ威嚇してきた。


 残りの二匹はジッとこちらの方を見て隙を窺っており、俺たちが不用意に威嚇してきている砂毒猿へと攻撃を仕掛けると、こいつらが逆に襲われ、逆にやられてしまうだろう。


 見つけたはいいものの、その数は三匹と想定以上の数がいた。


「この数は」


 俺一人では魔術を自由に使っても、はたしてどうなるか。


 正直、刀を使ってまともにやり合えば、数秒と持たない自信がある。


 俺はとりあえず身体能力の強化と結界による防御を施し終えると、東雲を見る。


「ちょうどいいですね」


 彼女の顔は微笑を浮かべていた。


 この状況下であっても東雲は特に心を乱すことなく、というより、むしろその声色には喜色が滲んでいるほどだ。


「私がとりあえず、三匹の相手をしますね」


「大丈夫か?」


 東雲の強さが俺の理解できる領域にいないのは分かっているが、それでも少し心配である。


 どんなに強くてもリスクはあるのだから。


「まあ、大丈夫ですよ。ある程度牽制したら、大きめの攻撃を仕掛けるので、そこを突いてください」


 それだけ言い残すと、東雲は駆けだした。


 駆けるスピードはヴァルよりも数段上で、たちまち砂毒猿たちの前に東雲が立っていた。


「キィイイィイイイ—————ッ!」


 砂毒猿が驚く素振りを見せつつも定石である、尾を振っての攻撃を仕掛けようとしたが、東雲は既に抜いていた刀を振るい、逆に砂毒猿の尾を斬り落とした。


「キィイイッ!??」


 ボトリと落ちた尾が地面に転がり、細かな毒の結晶と血が辺りに散らばる。


「いきますよ」


 東雲の刀には血は一滴もついておらず、その精度と速さは俺では及ぶべくもない。


「キイッ!」


 残りの砂毒猿がそれぞれ襲い掛かる。


 一匹目はその圧倒的な膂力を活かすべく掴みかかり、二匹目はまるでアクション映画のように回転しながら蹴りを放つ。


「はいはい」


 俺がまともに喰らえばひとたまりもない一撃を東雲は完全に見切っているのか、体を僅かに動かすだけで躱しきる。


 そしてコンパクトな振りで、それぞれの四肢に軽くない一撃を見舞った。


「キッ」


 仕掛けた砂毒猿の一匹がその場から離脱しようとするが、それは叶わない。


 東雲が既に刀を刺していた。


(どうやったんだよ)


 俺はしっかりと見ていたが、その初動が理解できなかった。


 ただ速いだけではない、達人の一撃。


 それぞれの意識が緩んだタイミングに入れた完璧な一撃は、砂毒猿の眉間を貫く。


「伊藤さん、今です」


 俺は先程、東雲に攻撃を仕掛けた砂毒猿の片割れの前に躍り出ると、その胸に刀を突き刺した。


「よい、しょっ」


 筋力を強化した腕で刀をねじるようにして引くと、支えを失った砂毒猿の体が糸の切れた人形のように頽れた。


「伊藤さん!」


 東雲の緊迫した声を聞き、慌てて振り返り、刀を振るった。


「キィ…」


 腹をバッサリと切り裂かれ、前に倒れ込む砂毒猿。


 東雲に尾を斬り落とされながらも、虎視眈々とこちらの隙を窺っていたようだ。


「ふう、危なかった。ありがとう」


 刀の血を振って落としてから、鞘に納める。


「いえいえ…伊藤さんも技のキレ、良かったですよ」


 笑顔でそう言った東雲の声には、純粋な賛辞が込められている。


「あれだけ見事な一撃を見せられたらな」


 まさか、ずっと見ていても、技の初動が目で追えないとは思わなかった。


「伊藤さんと互いに刀を持ちながら二人で戦っていると考えたら、少し興奮しまして…ちょっぴり本気で技を使っちゃいました」


 いつもより緩んだ笑顔でそう言う東雲。


「それはよかった」


 年相応の表情を見れて、こちらの表情も緩む。


(ただ、なぁ)


 今回明らかに危ない場面があったので、あらためて気を引き締めなくてはいけないと思う俺であった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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