第七十五話
「意外と簡単に倒せるんだな」
ヴァルと二人で砂毒猿を倒した後に出た、率直な感想であった。
(もう少し苦戦するかと思ったんだが)
砂毒猿は俺一人でも狩ることができるが、楽に勝てる相手ではない。
それをヴァルと組んだ程度でこうもあっさりと倒せるとは思ってもみなかった。
「東雲から見て、俺らの戦いはどうだった?」
「呼吸も合っていましたし、技のキレもあったと思いますよ」
俺とヴァルが砂毒猿相手に苦戦するとは端から思っていなかったのか、東雲は戦いの中での技術的な部分の評価を告げる。
「そう、か。いや、あまりにもあっさり過ぎてな、実感がわかないんだよ」
苦戦していたモンスターをものの数秒で倒せたという事実は、少し冷静になった今逆に理解を拒んでいる。
魔術は使っていたが、刀という武器を用いた魔術以外の技能で勝ち取った結果だ。
自分がこのレベルにいるというのが受け入れられない。
「そうですね…まず、一人で倒すのと二人で倒すのでは、求められる能力が違います」
「それは、そうだな」
一人で目的を達成するには、求められる全てのことを一定以上の水準でこなす必要があるが、二人で分担する場合はそうではない。
「もし片方が偏った能力を持っていたとしても、もう片方がそれを補完できれば、問題ありません。ヴァルであっても追い詰めるまでの過程が必要になります。そこを伊藤さんが圧縮したので、あれほど簡単に狩ることができたんです」
「そういう感じか…ありがとう」
自分で考えるだけでは上手く纏められなかったが、東雲の説明で腑に落ちた。
「戦いの後は興奮が収まるまで、多少時間がかかりますから、仕方ないですよ。…では、今度は私とヴァルで組みましょうか」
少し照れ臭そうな表情をした東雲はそう言って、ヴァルの方を見る。
ヴァルも東雲の方を見て、しっかりと頷くと左手に持っていた盾を振り、身振りでやる気を伝えた。
(俺がいなくても簡単に狩れたんじゃないだろうか)
俺はヴァルの圧倒的な膂力を見て、出そうになった言葉をそっと胸のうちにしまい込むのであった。
♦♢♦♢♦
佐々木ダンジョンの第十三階層で、再び砂毒猿を見つけた。
今度は一匹のみしかおらず、連携を試すにはうってつけである。
「行くか」
「……」
無言のヴァル一度頷くと、砂毒猿へと勢い良く襲い掛かった。
「キイッ!?」
ヴァルは剣ではなく、盾を振るう。
モンスターの強力な一撃から身を守るため、そのサイズは体の大部分を隠せるほどに大きい。
そんな巨大な盾を軽々と振り回すヴァルの姿はさながらバーサーカーといった様子であった。
その一発一発が必殺の一撃で、ぶつかれば即死は免れない。
(凄いが、流石に当たらないか)
サイズが大きく重い分扱いが雑になり、コントロールが効きにくいため、砂毒猿も躱すことができている。
(それでも躱すことしかできていないが)
ヴァルの一方的な攻撃に対して、砂毒猿は反撃に回ることができていない。
躱すことが精いっぱいといった様子で、東雲のことは既に意識していないように見える。
砂毒猿は大きく飛びのき、ヴァルとの間合いをかなり離したタイミングで、気配を消していた東雲がスルリと砂毒猿に近づいた。
(そこで東雲がアタックすると)
砂毒猿の大きな動作を終え周囲に意識を向けきれていない。
そのため、東雲はあっさりと砂毒猿の背後に回り込み、三度突きを放った。
「キィ?」
突きを放つタイミングで、砂毒猿が東雲のいる方向に顔を傾けたが既に遅かった。
首、胸、腿をそれぞれ一発ずつ刀を刺し込み、東雲は音もなく距離を取った。
ドサリと音を立てて倒れる砂毒猿。
最終的に砂毒猿は、叫び声を上げる暇すら与えられずに仕留められた。
「完璧だな」
俺の時も倒すまでに大した時間はかからなかったが、これもまた惨い。
実力差がありすぎる時は、戦いとは呼べないというのも頷ける。
(逆にこういう状態になりかけたらどうすればいいのか)
差がありすぎる相手と戦わなければならない時、俺はどうすればいいのだろう。
普段使うような魔術が通用しない相手、そんな敵を前にした時、果たして俺はいつものように戦いへと臨むことができるのだろうか?
「では、最後に私と伊藤さんで組みましょうか」
「了解」
俺はちらりと東雲の方を見る。
俺と組む時の彼女はどんな戦い方を見せてくれるのか、少し楽しみだった。
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