第七十四話
『ヒール』
砂毒猿との一戦を終えた俺は軽く周囲を見回してから、自分に魔術を掛けた。
ヒールは切り傷などの外傷以外にも、肉体的な疲労も取ってくれる。
そうして一人休憩を取っていると、遠くで砂毒猿の討伐を終えていたヴァルが東雲と共に、こちらに駆け寄ってきた。
俺はヴァルたちの方をちらりと見てから、軽く手を上げて東雲に問いかける。
「こっちは何とかって感じだったが、そっちはどうだった?」
途中で砂毒猿の攻略法を見つけなければ、相当厳しい戦いになったに違いない。
毒を持っていたこともあり、内心ひやひやする戦いだった。
「はい、最初は少し手こずっていましたが、すぐに慣れて一方的な展開になりましたね」
(一方的な展開か)
訓練で戦っている身としては、ヴァルであればそんなことも可能なのは分かるが、パッとはイメージができない。
それぐらいに一人で相手をするには、砂毒猿という存在は面倒な相手であったと思う。
「どんな感じだったんだ?」
一方的という言葉からも分かる通り、割とギリギリの戦いを演じた俺では、ヴァルの戦い方を真似できるとは思わないが、何かしら戦いのヒントにはなるだろう。
「ひたすら力と速さで押し潰すという感じでしたよ。無駄のない動きであの身体能力ですから…砂毒猿といえど、すぐに剣の動きに反応できなくなってました」
「あぁ、それはまた」
(恐ろしい)
最初、ヴァルは単発での攻撃を多用していたが、動きを重ねるごとに徐々にキレが出てきて、重さと速さも増したことで砂毒猿は磨り潰すようにして倒されたそうだ。
(本当に参考にならない)
俺はヴァルの方を見る。
彼女は一見するとただの美人でしかないが、その中に秘められたエネルギーは凄まじい。
(仲間で良かったよ)
もしも今の状態のヴァルが初めて会った時のように敵であれば、俺が生き残ることは相当難しいだろう。
そんなことを思うぐらいには、彼女が命のやり取りにおいて上達していると俺は確信していた。
「それで、この後どうする?俺はまだいける感じなんだが」
苦しい戦いであったのも事実だが、気持ちの面での余裕はまだまだある。
肉体的にはヒールをかけたので問題ないし、俺としては探索を続行したいところだ。
「そうですね、伊藤さんにも余裕がありますし、砂毒猿を使って実戦での連携をチェックしましょうか」
「連携か」
訓練では東雲を相手にして、ヴァルとよくタッグを組んでいる。
(まあ、勝負にはなっていないが)
連携を上達させるための訓練では、模擬戦で毎回キッカリ一分のタイミングで、俺とヴァルのどちらかがダウンする。
そして東雲に戦いでの改善策を教えてもらい、技術的な部分を上達させる鍛錬に移るのがいつものパターンだ。
もう何十回と戦っているが、依然として結果は変わっていない。
(砂毒猿相手にはどうなるか)
相手は東雲ほど強くないことは確定しているが、これから行うのは実戦だ。
不測の事態は起こり得るし、周囲の空気や体の感覚が訓練とは全く違うので、油断はできない。
(一人でも倒せたわけだしな)
それでも多少楽観的には見ている。
油断はしないが、過度な緊張もない。
そう考えてみれば、実戦での連携を確認するのにちょうどいい相手かもしれない。
少しの間休憩をして、戦いで興奮した体を落ち着けてから、ヴァルや東雲と連携の確認を兼ねての討伐を始めることとなった。
「最初は伊藤さんとヴァルでお願いします」
砂毒猿を探しつつ、東雲が言う。
よく組んで戦っているので、最初に試すには適切だろう。
「了解、ヴァル」
俺がヴァルの方を向くと、彼女は一度頷いた。
彼女は盾を装備しており、連携する際にはヴァルが先行し、その後ろに俺が続く形を取っている。
「キィ」
ダンジョン内を徘徊している砂毒猿を見つけると、あっという間にヴァルが距離を詰め、強烈な一撃を浴びせた。
「キィッ!?」
盾で身を隠しながらの強襲に、面食らう砂毒猿は躱すことはかなわないと判断したのか、体を止めギリギリのタイミングで両腕を出すことで、何とか胴へのダメージを防ぐ。
「キィ…」
当然無傷とはいかず、砂毒猿の両腕がザックリと裂かれていた。
砂毒猿が後ろに下がり、体勢を立て直しにかかるが、そこには既に俺がいた。
「ほらよ」
俺はヴァルが詰め寄る段階で、魔術を使い自分の肉体を強化し、既に距離を詰めていた。
手早く刀を抜き、刃を砂毒猿の腹に沈みこませる。
「ィ」
完全に砂毒猿の動きを封じているうちに、次の攻撃の体勢に入っていたヴァルが剣を振るい、砂毒猿の首をあっさりと断ち切った。
「完璧ですね」
コロコロと転がる首を見ながら言う、東雲。
その表情は穏やかであったが、微かな喜びが見て取れた。
「余裕だったな」
俺とヴァルの連携による戦いは砂毒猿の良さを出させずに、完封する結果となるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。




