第七十一話
佐々木ダンジョンの第十三階層はいつも通りの遺跡を模したような空間であった。
見慣れた光景を眺めながら、じゃりじゃりと砂や小石を踏み鳴らして進んでいく。
「東雲、そういえばここの階層のモンスターってどんなだったっけ?」
呼吸に乱れはない。
今日の天気を聞くような、日常会話さながらのトーンで東雲にモンスターの情報を聞く。
「それは・・・ってなに、普通に聞いてるんですか」
(ですよね)
こうしてさも当たり前な風で話題を持っていけば大丈夫かと思ったが、東雲は騙されてくれないようである。
探索前に軽く説明を受けていたのだが、聞き流しておりその内容は俺の頭の中から完全に消去されていた。
「伊藤さん、砂毒猿ですよ、さ・ど・く・ざ・る。ここに来る前に話したじゃないですか」
「ああ、砂毒猿ね。思い出したわ」
気の抜けたトーンで返すと、二人の女性(一人はモンスターだが)からの厳しい視線から目を逸ららす。
「尻尾にある複数の窪みから砂粒みたいな毒の結晶をばら撒いて攻撃してくる、体長1.5メートルほどの猿型のモンスターだったはずだ」
説明の時にそんなことを言っていた気がする。
毒を持っているモンスターというだけで、戦う気が失せそうだが、毒自体はそこまで強力ではなかったはずだ。
そのため、何か気を付けておくべきことがあったはずなのだが。
(なにか他にも特徴があったんだが)
ダメだ。完全に思い出せない。
言い訳がましく壁に視線を向けると、東雲は再び口を開いた。
「それでは、及第点ですね」
「だよな」
「はい、まず毒についてですが、砂毒猿が振りまく毒の射程は短いのですが尻尾を振り回すことで、まき散らすようにして攻撃してくるので、毒による攻撃の範囲はそれなりにあります」
放射状に撒いてくるってわけか。
東雲が足を止め、こちらを見る。
くりっとした黒い瞳が俺の真剣な顔を映す。
「ただ毒は体を少し痺れさせるものなので、特別警戒すべきものではありません」
「そうだな。それは知っている」
「そして、この砂毒猿の最も気を付けなければならない点は膂力と俊敏さ、身体能力が化け物そのものなんです」
「化け物?」
今まで戦ってきたのも十分化け物だったような。
ピンと来ていない俺に、東雲は少しの間を置いて話を再開する。
「握力が700キロあるとされています」
「化け物じゃん」
俺の握力は精々100キロ程度だろう。
数十年前の成人男性の基準と比べるとありえないぐらい高いのだが、今の探索者はレベルを上げることで当時に比べて人外の身体能力を得ているので、決して異常な数値ではない。
「その上、基本的に二体同時に襲ってきますし、ある程度思考して襲ってきます」
「勝てないだろ」
麻痺に加えて正真正銘化け物じみた身体能力を持ったモンスターを二体同時に相手しなければならない。
控えめに言って、きつすぎる。
「俺、生き残れるのか?」
リビングアーマーに比べて異次元レベルで強敵な気がするのだが。
俺が言うと、東雲はやれやれという雰囲気を出しながら首を左右に振った。
「流石に二体同時に相手しろなんて言いませんよ。何のために一緒に探索してるんですか」
東雲がジト目で言う。
ヴァルはいつの間にか肌が触れるほどの距離にまで近づいており、無表情で見上げながら俺の左手を握っていた。
柔らかい女性の肌の感触が手を通して伝わってくる。
「だよな」
二人は仲間だ。
東雲に関しては色々と触れていない部分はあるが、少なくともこちらを害する意思はないし、ヴァルに至っては魔術で俺が使役している。
「私は鬼ではないですからね」
(鬼教官ではあるが)
模擬戦は本当に地獄だからな。
何度、胃の中のモノがせりあがってきたことか。
「何か?」
東雲が怖い笑みでこちらを見てくる。
「いえ」
俺は内心を悟られないよう、愛想笑いを貼りつける。
東雲はジッと俺の方を見ていたが、直ぐに視線をずらした。
「まあ、いいです。・・・階層ごとに大体のモンスターの強さは判断できますが、ミノタウロスと同様に砂毒猿は階層詐欺のモンスターですから」
「そりゃそうだよな」
握力とかがどのくらいの指標になるか分からないが、俊敏さも注意しなければならないのだから、動く速さとかも尋常じゃないのだろう。
それを二体相手にするんだ。
妥当な評価でしかないだろう。
「一体ぐらいは俺一人で何とかしたいものだよな」
俺は砂毒猿の強さを再認識したことで戦慄しながらも、仲間と共に第十三階層の奥へと進んでいくのであった。
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