第七十話
あれから更に二週間ほどが過ぎ、体つきにも顕著な変化が見られ始めた。
本職ほどではないが全体的に無駄なものが削ぎ落されたのか、身体はグッと引き締まり腕周りや腿の筋肉も増え、一回りは太くなったように思える。
またリビングアーマーと初めて戦ってから約一か月過ぎたわけだが、ヴァルには未だに敵わないものの俺の剣の技量もだいぶ上昇していた。
以前よりも刀を抜く際の動きはスムーズになり、武器の重さを上手く使いながら振るうことができるようになっている。
更に相手の動きを読む技術が上がっており、近接戦闘に必要な要素が全体的に向上した。
「早速お出ましか」
今は佐々木ダンジョンの第十二層にいるわけであるが、この層に入ってものの数分でリビングアーマーと出会った。
(やっぱり騎士って感じだな)
ガシャガシャと金属同士が当たる音を響かせているが、やはりその動きには隙はない。
人間のようなモンスター、それがリビングアーマーであった。
(行くか)
俺はリビングアーマーが間合いに入るや否や刀をすらりと抜き放つ。
薄暗いダンジョン内であるが、所々にある光が刃を照らしている。
「フッ」
軽く息を吐きながら間合いを詰めると、強烈な一太刀を浴びせた。
東雲に教わった兜割だ。
かつては人の筋力の限界から兜割はかなりの高等技術として認識されていたが、現代の剣術では鎧などの金属製の防具ごと斬る、というか固いもの自体を斬る術理は割と基本的なものになっている。
早業にリビングアーマーは付いていけなかったのか、鎧は見事に真っ二つに割れ、その身体から黒い靄が溢れ出して靄の塊を作った。
その黒い靄も時間が経過すると消え去り、黒塗りの頑強な鎧と魔核だけが残った。
(本当に動きが良くなったよな)
そんなことを思いながら、刀を鞘に収める。
刀を使う動きだけでなく、身体を動かすこと自体の質が高まっている感覚があった。
(力に振り回されていないんだよな)
レベル50に至ってからは身体能力が大きく上がっていたため、余計に身体は振り回され気味だった。
恐らくレベルアップとは魂の器の拡張であるため、存在自体が進化するからか、別段身体の制御には困らなかったが、その性能を活かしきれているかと問われれば、ノーと言わざるを得なかった。
前までの俺はただ使えるだけだったが、この一か月の鍛錬で上手く使える領域に足を踏み入れることができたのだろう。
これは大きな進歩と言えた。
レベルアップにより高まった身体能力もだいぶ体に馴染んできており、スムーズに身体が動かせている。
「調子がよさそうですね」
いつの間にか近づいていたのか、東雲が横に立っていた。
「身体が大分馴染んできて、若い頃よりも遥かに動きやすくてな」
今ならリビングアーマーを百体ぐらい倒せそうだ。
「それは良かったです。それでは、次に行きましょうか」
満面の笑みでとんでもないことを言い出す、東雲。
「え?」
俺は呆けた声を出すことしかできない。
(何それ、聞いてないんですけど)
確かに、強くなるには練習するしかないけども。
それをするにはちょっとキツイ。
「私も年ですし、一週間ぐらい休んでもいいのかなぁ?と思っているのですが」
「鉄は熱いうちに打てと言いますし、体力は十分ありますよね?」
笑みを浮かべる東雲。
先程のやり取りは失敗だったらしい。
(若い頃よりも動けるなんて言うんじゃなかった)
「リビングアーマーを余裕で相手にできることが分かったので次のステップに行きましょう、ね」
東雲がニッコリと笑顔で言うのを聞いて、どこか意識が遠くなっていく。
滅茶苦茶可愛い笑顔だが、今の俺には悪魔が微笑んでいるようにしか見えない。
「分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば、はあ~」
俺は精いっぱいの抵抗として、深いため息を吐くのであった。
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