第六十八話
あれから約二週間ほど時間が過ぎた。
最初の戦いから何度もリビングアーマーとは戦ったのだが、経験が浅く実力不足の俺ではまだまだ苦戦することが多く、東雲やヴァルに戦闘を手伝ってもらうことも度々あったが一週間を過ぎた頃には一人でも安定して戦うことができるようになり、進歩を感じられた。
それからは第十二層での探索を主体に時折第十一層でミニドラゴンを狩りながら、レベルアップと近い間合いでの戦いの感覚を掴むために積極的に戦闘をこなして、順調に戦闘能力を高めていっている。
そして俺はさらなる技術面でのレベルアップを図るため、探索者用の訓練ルームを借りて、戦闘の技術訓練を行っていた。
(やっぱり強いな)
現在、俺はヴァルと模擬戦を行っているのだが、流石はユニークモンスターと言ったところだろうか。
構えられただけで、まともにやれば一秒と持たないことが分かる。
武器はお互いスポンジ製のチャンバラ用の剣で、万が一に備え、衝撃を吸収するヘルメットやプロテクターを装着している。
絶対安全なはずなのに、身体はひどく緊張していた。
(天才なんだよな、本当に)
ヴァルはモンスターなので、天才という表現が適切かは分からないが、彼女は戦いに愛された存在だった。
東雲が軽く手ほどきをしただけなのもかかわらず(俺への指導が多かったため)、技のキレや質は出会った頃よりも数段成長しており、より鋭く隙のないものになっていた。
攻めるのは分が悪いと感じたため闇雲に前に出ず、相手の隙を窺っているが、完璧としか言いようのない構えの前にどう崩せばいいのか、俺にはさっぱり分からない。
(さて、誘ってみるか)
しかし、俺自身も技術面の成長がないわけではないのだ。
今の俺は剣を持った状態における脱力や力みのコントロールが格段に向上していた。
これも大半は魔術という強力無比なスキルと東雲のおかげであるのだが、魔力に対する理解によって、元々身体のコントロールは向上していた上に、リビングアーマーなどとの戦いになれることで、剣という武器の性質を感じ取れるようになったのである。
これに加えて東雲の指導によって、剣を握った状態での身体のコントロールも格段に上手くなっており、脱力した状態で相手の攻撃を誘う、なんて芸当も可能になったのである。
通常は脱力によって隙を作ることは推奨されないが、俺のこの技術はかなりのものであるらしく、基礎的な部分と戦いで相手の攻撃を誘う技術は一流並みなのだそうだ。
(他はからっきしらしいけどな)
元の身体が俺のため、いくら身体のコントロールが良くなっても、俺という存在は凡夫に過ぎない。
本物の戦士が持つような、勝利をつかみ取るナニカは、少なくとも剣を握った現在の俺にはない。
(どの道、気は一切抜けないけどな)
どんなにコントロールが上手くとも、ヴァルは俺よりも身体能力も高く、戦闘におけるセンスも抜群にいい。
目の前にいるヴァルから溢れる闘気のようなものだけで、思わず鳥肌が立ってしまうほどに、俺と彼女の差は隔絶しているのだ。
「―――」
誘いに乗ったのか、はたまた乗ってくれたのか、ヴァルが勇ましく剣を振り上げながら、俺の方へと踏み込んできた。
超人的な脚力によってなされた踏み込みに、探索者の訓練用であるはずの床が悲鳴を上げる。
探索者はある程度のレベルになると、人という枠組みを越える。
そんなものたちのために用意された床ですら、ヴァルの前ではそこらの床と変わらないらしい。
普段であれば人体を両断できそうな一撃が迫ってきた。
(あっぶねぇ!!)
俺の腹すれすれの位置を、ヴァルが持ったスポンジ製のブレードが通り過ぎていく。
ヴァルがおもちゃの剣を振るっただけで起こした風圧を全身に受けながら、俺は大きく後ろに飛び去る。
かなり間合いを離せたと思うのも束の間、そんな距離は意味を成さないと言わんばかりにヴァルは一足で、瞬く間に間合いを詰めてくる。
(こりゃあ、ヤバい)
縦横無尽に踊る、スポンジ製のブレード。
縦に、斜めに、横に、僅かな経験と技術を駆使しながら、剣を誘導しつつ、何とかいなしていく。
「はっ、ほっ、ふっ」
俺がレベルアップしている間、ヴァルも同じようにレベルアップしており、彼女の身体能力はかなり上がっている。
俺が間合いを取ったと思ったのにもかかわらず、それを嘲笑うかの如く、ヴァルの神速の踏み込みによって、距離は消え去っていた。
(出会った頃と変わらないんじゃないか)
それほどの速さ、そして強さが感じられた。
俺の首元にピタリと、スポンジ製のブレードが添えられる。
「降参だ」
俺は両手を上げ、降参を告げるのだった。
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