第五十九話
「可愛いですね」
東雲はそう言うと、赤ちゃんドラゴンを抱き上げる。
赤ちゃんドラゴンの大きさは、ちょっと大きいぬいぐるみぐらいのサイズで、東雲であっても問題なく抱き上げられる大きさだ。
抱き上げられた赤ちゃんドラゴンは東雲の腕にあまがみをしながら、甘えた声を上げた。
「キュウ~」
スリスリと頭をこすりつける赤ちゃんドラゴン。
俺も赤ちゃんドラゴンの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「・・・」
ヴァルもこちらに来ると赤ちゃんドラゴンの頭を撫でるため、手を伸ばしたのだが。
「キュイッ!」
赤ちゃんドラゴンは頭を振ってヴァルの手を弾いた。
そのあまりの拒絶反応に、場の空気が凍ってしまう。
「・・・・・・・」
ヴァルからとんでもないほどの怒気が溢れ出てきそうだったので、俺は慌てて魔力を彼女に送り込んであげながら宥める。
「落ち着け、ヴァル」
声を掛けながらある程度の魔力を流し込んでやると、ヴァルも落ち着いて来たのか、怒りの感情は伝わってこなくなった。
俺は内心胸をなでおろしながら、不思議に思ったことを呟く。
「それにしても、このモンスターは何なんだろうな?」
ドラゴンということは分かるんだが、宝箱からモンスターの卵が、それもドラゴンが出てくるなんて事例は聞いたことがない。
もしかしたらそういった事例はあるのかもしれないが、クラン内の仲間同士で情報を止めているのかもしれず、俺のような普通の探索者では知ることができない。
「私もこれが何のドラゴンなのかは分かりませんね。ただワイバーンのような下位の竜種ではなさそうです」
ワイバーンは討伐適正がCランクで竜種の中でも下位に分類されている。
ワイバーンよりも上位に位置するコモン・ドラゴンはレベルにもよるがB~Aランク、ハイ・ドラゴンはAランクに分類されていて、ワイバーンとは別格の強さを誇っていた。
ちなみにハイ・ドラゴンとコモン・ドラゴンは同ランクのAランクに分類されているが、Aランクは同ランク内でも格差が存在しており、ハイ・ドラゴンはAランクの中でも最上位に分類されているため、強さの桁は違う。
(少なくともコモン、下手をすればハイ・ドラゴンと言うこともあり得るのか)
「アイテムではありませんが、当たりだとは思いますよ。ドラゴンの卵なんてそうそう手に入りませんしね」
だよな。
様々な情報に精通している東雲ですらそう言っているのだ。
まず間違いないだろう。
「それで、これはどうするんだ。東雲の方になついてるっぽいが」
撫でるのは許してくれたが。赤ちゃんドラゴンは東雲に抱っこされたままであり、どこからどう見ても彼女になついている。
「それなら大丈夫ですよ。伊藤さんの近所に引っ越せば、いつでも会いに行けますし、探索にも連れていけますよ」
「いや、それはちょっと」
ニコニコ顔で言う東雲だが、俺としては困るんだが。
「偶然、引っ越すのが伊藤さんのマンションの近くになるだけですよ」
それは偶然ではなく、必然ではないか?
というか、俺がマンション住まいなのも知られているのか。
予想はできていたが、俺の住居の情報が東雲に知られているのには背筋がゾワッとする。
「私としても職務を全うしやすいですし、伊藤さんも私とソフィちゃんと探索に行けますから、いいことずくめですね」
「キュイ~!」
ソフィって、もう名付けたのか。
ソフィも喜んでいるようだし、別にいいのか?
「はあ、そうだな」
俺の半ば了承の意を含んだ発言に、東雲が目を真ん丸にして驚く。
「あら・・・意外とすんなり許して下さるんですね」
「そうか?別におかしくはないだろ」
ここで拒否しても意味がないだろうし、同棲を迫られているわけでもない。
俺の権利を侵害するわけでもなく、ただ近所に住むだけだ。
それは本人の自由だし、俺が特段咎めるようなことではない。
「私の職種は言ったはずですが」
ああ、それか。
「別に危害を加えるつもりがないんだったら、どうでもいいんだよ」
捕える機会なんて何度もあっただろうがそんな行動に移す気配はなし。
住んでる場所も把握して、ダンジョンの中で一緒に過ごしてもそんな素振り一つ見せていないのだ。
こちらとしても敵として認識し、わざわざ忌避する必要を感じない。
それに彼女は美少女だ。
綺麗な女性が近所に住むのを嫌がる男なんてまずいないからな。
俺が彼女にそう伝えると、彼女は一瞬フリーズしたかと思うと、深いそれはそれは長い溜息を吐いた。
「いささか、優しすぎる気がしますが」
「それはないな。俺はどうすることもできないことに対して、何もしないだけだよ」
冷めているのかもしれないが、俺もそれなりの年齢だ。
いろいろ経験していく内に、そういった思考になってしまうのだろう。
「いえ、伊藤さんは優しいと思いますよ。初めて会った時もそうでしたしね」
「それは話が別じゃないか」
困っているのは明白だったし、東雲がとんでもなく強いことなんて知らなかったしな。
助けてあげようと思うだろう。
普通は。
(というか、優しい優しいって言われると気恥ずかしいな)
あまりそんなことを言われない身としては、妙な恥ずかしさを覚えてしまう。
「まあ、それはどうでもいい話だろ。ここから早く出よう」
俺は羞恥心を誤魔化すため、さっさと小部屋から出ようとするが、心のエネルギーは十分なのだが、身体が重くて速く歩けない。
想像以上に身体は疲労しているようだった。
(魔力もだいぶ使ってしまったしな)
回復系の魔術を使いたいが、いざという時のためにある程度は残しておきたい。
「仕方ないですね。第十層までは私が何とかしましょう。私はワイバーンの素材を取っておきますから、ヴァルさん、伊藤さんに肩を貸してください」
ヴァルは頷くと、俺の元まで近づいてきて、そのまま肩を貸してくれた。
「ありがとよ」
心を込めてそう言う。
ヴァルには助けられることが多いからな。
本当に感謝しかない。
「では行きましょうか」
赤ちゃんドラゴンを片手で抱いている東雲の後をついていくようにして、俺とヴァルも第十層を目指すため歩みを進めるのであった。
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