第四十八話
「ヴァルが弱い?」
いや、間違いなく強いぞ、そう言おうとしたのだが。
「伊藤さんの言いたいことも分かりますが、まだまだなんですよ」
ニコニコ顔で言う東雲さんに、俺は唸ることしかできない。
彼女は俺から見ても分かるぐらいには、とんでもない技量を持った化け物級の剣士だ。
俺みたいな素人とは見ているところが違うだろうし、俺なんかが到底理解できない世界を知っているのだろう。
だが、素直に頷くことはできなかった。
ヴァルの強さは自身が身をもって知っていたし、彼女の動き自体もかなりいいものだと、個人的には思っている。
そのため、俺としてはイマイチ釈然としない気持ちが心の中で渦巻いていた。
「物は試しです。とりあえず、やってみませんか?」
東雲さんはこちらに近づいてくると、上目遣いで言ってくる。
「はあ、分かったよ。ヴァル、いいか?」
俺がヴァルの様子を見るが、ギョッとする。
ヴァルの瞳が東雲さんを完璧に捉えていたからだ。
彼女は既に臨戦態勢に入っていたらしい。
「じゃあ、決まりですね。早速始めましょうか?」
東雲はそう言うと、刀を抜き、ヴァルから十メートルほど距離を取るのであった。
♦♦♦
俺はヴァルと東雲さんから距離を取り、二人の様子を窺う。
(あんまり怪我とかはしてほしくないんだけどな)
これからダンジョンに潜るのだ。
余計な怪我をされれば、探索が困難になってしまう。
(いざとなったら魔術を使えばいいか)
肢体の欠損は無理だが、ある程度の怪我なら何とかなるだろう。
(おっ始まったな)
正直、この戦いをあまり見たくはないんだが、探索者としては勉強になるのだろう。
戦いのノウハウが少ない俺としては、少しでも多くの技術を吸収できればとは思っている。
「では、先手は譲りますよ」
東雲がそう言うと、ヴァルは巨大な盾を大きく振りかぶった態勢で一気に距離を詰める。
ガキィンと、東雲の刀とヴァルの盾が派手に打ち合う。
(俺から見れば拮抗しているようにしか見えないんだけどなぁ)
数々の技の応酬、ヴァルが剛、東雲が柔。
東雲さんはヴァルの豪快な一撃をいなし、躱し、掻い潜る。
ヴァルの攻撃はほぼ無効化されているが、東雲が有効な一撃を与えているわけでもない。
(近接戦闘では遠いな)
俺の実力ではこの二人に五秒と持たないだろう。
ヴァルの時も魔術があったから、そこそこ有効な一撃を与えられただけで、それがなければ頭が潰されでもしていたんじゃないか?
東雲さんの場合もそうだ。
彼女と戦えば、俺の首と頭が繋がっていないだろう。
(俺だったら、この二人には極光を放って、さっさと殺して終わりだな)
彼女たちにそんなことはできないが、同程度のヤバい相手にはそうするだろう。
(っていかんいかん)
俺は白兵戦の技量を上げたくて見ているのに、こんな遠距離からの攻撃を頼りに考えちゃいけないだろ。
俺はじっと彼女たちの戦いを眺める。
よく見てみると、ヴァルはかなり激しい攻撃を仕掛けているが、東雲さんは割と涼しい顔で特に気張ることなく受け流している。
(あれはどうやって捌いているんだ?)
ヴァルの持つ剣と盾の両方ともかなりの重量があり、あの刀でまともに受け流すのはかなり厳しい。
東雲さんの技量が卓越していても、ヴァルの攻撃のレベルが下がるわけではないからだ。
(もしかして、間合いを見切っているのか?)
東雲さんはかなりギリギリの距離で攻撃を捌いているように見える。
「大体は分かりました」
東雲さんの刀が消える。
そうとしか思えないほどに速く鋭い一撃がヴァル目掛けて振るわれた。
「ギリギリで避けましたか」
ニコニコと笑みを浮かべる東雲さん。
ヴァルの頬には一筋の切り傷が入っており、寸でのところで避けていなかったら致命傷だったのかもしれない。
「そこまでだ!」
俺はこの戦いを中断させるために声を上げる。
これは流石に許容できない。
不要な怪我をする意味はない。
「私としてはこれからなんですが」
「・・・」
東雲さんがここからが本番と、ヴァルは彼女を肯定するように頷いて、俺に対して抗議してくる。
「そんなことは知らない。これで試合は終わりだ」
提案を飲むべきではなかったか。
俺はそんなことを思いながら、二人をなんとか落ち着かせるように努めるのであった。
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