第四十七話
一日をフルでリフレッシュに使ったため、俺の身体はすこぶる調子が良かった。
疲労感とは完全におさらばし、万全の状態で、今日も元気にダンジョンの探索を行おうと思っていたのだが。
「お久しぶりです、伊藤さん」
佐々木ダンジョンにある演習場で、東雲さんとばったり会ってしまった。
「久しぶりですね、東雲さん」
ニコニコと笑みを浮かべる東雲さん。
普段であれば見惚れるほどに美しい微笑みなんだろうが、妙な寒気がしてくるのは気のせいだろうか?
「東雲さんだなんて、私のことは東雲と呼び捨てでもいいですよ。なんなら一花でもいいんですよ」
グイグイ来る東雲さんに俺は若干たじろぐ。
うん、何か怖い。
「そっそうか、ならそうさせてもらおうかなぁ~」
「はい、よろしくお願いしますね・・・それで、一ついいですか?」
ぞわわわわっと悪寒が俺の背中を走り抜けた。
「なんでしょうか」
俺の顔は今、さぞ引きつっていることだろう。
それだけ、今の彼女の威圧感はとんでもないことになっている。
「そこにいる方は誰ですか?」
俺が東雲さんの視線の先を見ると、そこにはヴァルがいた。
「ああ~、彼女はね、え~っとヴァルっていうんだ」
俺はできる限り陽気な声を意識して出す。
少しでも彼女から出てくる冷気を誤魔化すために。
「へえ、随分と人間みたいな姿をしたモンスターですねぇ。初めて見ました」
感心したように頷く東雲さん。
(怖すぎる)
女ってこんな怖かったのか!と、内心思っていると。
「私ではなく、このヴァルって子とダンジョンに潜っていたんですね。二人きりで」
「いや、その、だな」
それに関しては確かに、東雲さんを誘わずにダンジョンに潜ったが、一回だけだからな。
俺はそう弁明しようとしたのだが、それより先にヴァルがうんうんと頷いてしまう。
(こんな時に頷かなくていい!)
「あら、本当にそのようですね」
フフフっと口元に手を添えながら、笑う東雲さん。
ここはいつから南極になったのか、今にも凍えてしまいそうなぐらいの寒気が身体を包んでいる。
「ああ、そうなんだよ。はははははは」
俺はそれぐらいのことしか言うことができない。
下手に刺激をしても、何が飛んでくるか分からないからだ。
うっかり変なことを言ってしまうと、抜き身の刀が俺の心臓にぶっ刺さっているかもしれない。
「それで、彼女、ヴァルさんは使い魔なんですよね」
「使い魔?」
「はい、伊藤さんのスキルで支配下に置いたモンスターのことを一般的には使い魔と呼ぶそうですよ」
へぇー、そうなのか。
そういえば、そうだったな。
特に重要な情報だと思っていなかったから、頭の隅に追いやっていた。
(てか、スキルはバレバレなんだな)
うん、やっぱりスキルはバレていたみたいだ。
俺の予想は合っていたか。
そんな風に思っていると、東雲さんは意味深に笑い、口を開く。
「やっぱり気付いていましたか」
ああ、ミスったな。
俺は確信した。
今のは驚くべき場面だったのだろう。
失敗失敗っと。
「あれ・・・急に冷静になりましたね。流石です」
口を真一文字に結び無表情になった東雲さんが、そう言ってほめてくれる。
(真顔でそんなことを言われると照れるな)
思わぬ賛辞に顔がにやけそうになるが、ぐっとこらえる。
おっさんのにやけ顔なんて、需要ゼロだからな。
「そうか?そんなことより何か用があったんじゃないのか?」
俺が指摘をすると、「そうでした」と両手を合わせる東雲さんは可愛く見える。
(見た目は可愛いんだよな)
「私、使い魔であるヴァルさんと戦ってみたいなって思いまして」
いや、いきなり何を言っているんだ?
俺は突然の申し出に困惑を禁じ得ない。
「いやいや、訳が分からないんだが」
戦うメリット無いだろ。
というか、今から探索に行くのに、戦って疲れたら元も子もないじゃないか。
「そうですね、簡単に言えば戦力強化ですよ。そろそろ虫が増えてくる頃ですし、何より」
そこで言葉を区切る東雲さん。
「ヴァルさん、弱いですから」
東雲さんはそう言って、今日一番の笑みを浮かべるのだった。
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