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第三十六話

 


 俺はミノタウロスと対峙して冷や汗を流していた。


 雷撃という強力な魔術がそこまで効かなかったためである。


(まさかあそこまで効かないとはな)


 魔術による雷が一般的な雷と同じ現象なのかは分からないが、ゴーレムの頭を粉砕できる程度には強力で、俺が気兼ねなく使える魔術の中でも威力は高い筈であった。


 それがミノタウロス相手には、ほとんど通じていない。


(ヴァルの動きにもついていっているしな)


 眼前ではミノタウロスとヴァルが激しい攻防を繰り返している。


 剣と斧による武技の応酬。


 ヴァルのしなやかな身体から繰り出される柔の一撃とミノタウロスの屈強な身体から繰り出される剛の一撃、ミノタウロスの一撃の方が重く破壊力があるが、ヴァルは自身の身軽さを活かして斧の一撃を捌きながら、カウンターを返してミノタウロスの自由な攻撃を封じている。


 華奢な体つきに見えるが、ヴァルはモンスターであり、反射神経や身体能力は人間を遥かに逸脱している。


 ミノタウロスがいくら人外の怪物であったとしても、ヴァルという人外の一撃を生身で受けられるほどに強いわけではない。


(ヴァルが粘っている間に早く次の手段を考えなければならない)


 驚異的な身体能力を持つヴァルであるが、その肉体は人形というよりも人間に近い。


 人間では意識することが難しい関節を180度回転させて振り回すような攻撃はできない。


 人体の構造を無視した動きはできないのだ。


 その点はミノタウロスと変わらないが、戦いにおいて重要なポイントとなるサイズというものが大きく違った。


 ヴァルは華奢でありリーチが短く、ミノタウロスは剛健でリーチが長い。


 間合いが長い分ミノタウロスが有利であり、間合いが短い分ヴァルが不利である。


 戦いの構図は自然とミノタウロスが有利な方に傾いていく。


(雷撃はダメだしな・・・)


 効果のない上にヴァルに当ててしまう可能性がある魔術は使えない。


 前にヴァルを倒した極光を使えばいいのかもしれないが、万が一ヴァルに当ててしまえば、ヴァルを失う羽目になる。


 そんな選択肢は絶対に取れない。


(何かないのか)


 魔法と違って、魔術は種類も効果も様々だ。


 こういった状況であっても使える魔術が必ずある。


(あれ・・・待てよ)


 俺はとても重要なことに気が付いた。


 俺は自分がミノタウロスを倒すことを仮定しているが、それは勝つために必ず必要なことではない。


 つい魔術で倒すことをイメージしていたが、別に俺が倒さなくてもいいんじゃないか?


 であれば、問題ない。


 有効な魔術はイメージできる。


『バインド』


 魔力でできた蔦状のものが俺の身体から伸び、ミノタウロスの腕に絡みついていく。


 半透明の蔦がミノタウロスの身体を見事に拘束した。


「ブモッ!?」


 魔力の蔦を絡まされたミノタウロスは、その拘束を振りほどこうと全力で力を込める。


 正しい行動であった。


 しかし、その行動はヴァルへの対処を完全に放棄することに変わりはない。


「!」


 ヴァルが剣を大きく振りかぶる。


 ミノタウロスの拘束が解けるまでは一瞬であったが、ヴァルにはその一瞬で十分だった。


「―――!?」


 声にならない悲鳴がミノタウロスの口から吐き出される。


 ヴァルの一撃が完璧に決まったのだ。


 もともと速さではヴァルに分があった。


 ミノタウロスが重い一撃を与える間、ヴァルは二、三撃は打つことができる速さを持っていた。


 ただミノタウロスの一撃があまりにも危険であり、ヴァルが上手く攻め手に回れないため、戦いが膠着していたのである。


 ミノタウロスが頽れ、ズシンと大きな音を立てて地面を鳴らした。


「ナイス、ヴァル!」


「・・・」


 俺がサムズアップしてほめると、ヴァルも俺の動作を真似して親指を立てる。


 この間、俺とヴァルの気持ちに一体感が生まれているような気がした。





読んでいただき、ありがとうございます。

これからも執筆活動を続けていきますので、この作品をよろしくお願いいたします。

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