第十二話
食事を終え、腹も満たされた俺たちは第三層へと足を踏み入れていた。
「第三層は確か、クビナガトカゲだったか」
首が胴体並みに伸びたトカゲで全長は約七十センチ、牙や皮膚から毒を分泌するわけでもなく、移動速度もそこまで速くない。
しかし、クビナガトカゲは複数体で行動していることが多く、少なくとも三匹、多いと十匹以上の群れで行動しているため、初心者が狩るにしては面倒なモンスターとされており、珍しく素材としての需要も少ない。
旨味が全く無いモンスターであった。
「東雲さん、威圧をお願いします」
「・・はい」
先程のやり取り以来、出会った頃のような距離感になってしまった。
警戒はされていないが、見えない壁があるように感じられる。
(話題をミスったな)
誰にだって触れられたくないモノはある。
俺はそれを半ば強引に聞いてしまったのだろう。
俺が先程のやり取りを後悔していると、クビナガトカゲが三匹ほどやってきていた。
「シューーッ」
舌を出しながら威嚇音を出す、クビナガトカゲ。
俺は前に出て斬り伏せようとしたが、東雲さんが待ったをかけた。
「私がやります」
酷く冷たい声だった。
今までのような普通の少女のような雰囲気は完全になりを潜め、まるで北極に浮かぶ氷山のように冷たい存在感が放射される。
(ヤバいな)
俺はCランクの探索者の実力を見誤っていたらしい。
(殺気を向けられているわけでもないのに、この圧力はヤバいな)
滝のような汗が流れる。
かつて俺をしごき上げた教官や、精神的に俺を追い詰めてきた上司とは格が違う。
彼らがライオンなら、彼女は竜。
ライオンなど歯牙にもかけない圧倒的な存在。
生物としての本能が全力で警笛を鳴らしていた。
鼓動が急速に早くなる。
心臓が痛いほどに鳴り響き、そのまま潰れてしまうようなイメージが過ぎった瞬間、
俺は平静を取り戻した。
(何を怯えているんだ、俺は?)
たとえ彼女が強くても、俺よりも圧倒的に強くても関係はない。
彼女は同じ人間なのだから。
既に彼女は狩りを終えている。
一瞬で三匹のクビナガトカゲを切り伏せ、神速の突きで残る二匹を串刺しにした。
「お見事」
俺はそう言って彼女を見る。
彼女は俺の様子にひどく驚いているようであった。
「すみません・・感情がうまくコントロールできなくて、苛立ちをぶつけてしまいました」
深くお辞儀をする東雲さんに、俺は構わないと伝える。
「元はと言えば、俺が余計なことを聞いたからだしな。むしろ俺の方こそ悪かった」
俺も頭を下げる。
彼女からはあまり探索者に対する思いにいいものは感じなかった。
東雲さんは頭が良く、心をうまくコントロールできる人間だと思っている。
ダンジョンを探索していても常に落ち着いていて、話している時も頭を回しているように感じられた。
相手に対して配慮をすることができ、相手のことを観察し上手く誘導することができる。
(それなのに、探索者の若者にダンジョンの探索を誘われたのを断るのには強引なやり方をしていた)
相手からの恨みを買ってしまい、俺のこともろくに説得もせずに半ば無理やり連れてきた。
明らかに冷静さを欠いている。
そこに俺は気付けていなかった。
「そんなこと・・・」
彼女はおろおろとしていたが、自分が何かを言わないと俺が頭を上げないと察したのか、改めて口を開く。
「確かに私がどうして探索者として活動するのか?これはあまり人に話したいことではありません」
そりゃそうだな。
あんな感情の猛りは初めて見た。
「ですが、そんなことで自分がコントロールできていない私が悪いですし、伊藤さんは悪くありません。だから、顔を上げてください」
俺は顔を上げる。
東雲さんの顔は今まで通りの幼さが残る綺麗な顔をしていた。
そこには凍えるような冷たさはない。
温かみのある人間の顔だ。
「すまなかったな。配慮が足りなかった」
もう四十に差し掛かってこれだ。
「もういいですよ、別に」
「いや、そうは言っても」
「いいって言ってるじゃないですか。私はそんなに繊細な女じゃないです」
そんなことはないと思うが。
というか、これは俺が折れなきゃいけないな。
「分かった次からは気を付けることにする。これで終わりだ」
「ふふっそうですね。いろいろと気を付けてくださいね」
俺が無理やり話を終わらせると、東雲さんはクスクスと笑った。
元の雰囲気に戻った東雲さんを見て、俺は心の中でホッと溜息を吐くのであった。
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