第19話 メイドの身から出た錆
わたしはピストリークス伯爵家の屋敷に戻って、またメイドとして働き始めた。
変な女――アーレス様問題は片付いたので、もう伯爵家への住み込みのバイトを続ける必要はなかったのだけれど――。
(まだテオドール様のそばにいたいと思ってしまった……)
彼も、わたしがまだメイドとして働きたいなら雇い続けて良いと話してくれた。
この間、城の池でテオドール様と抱きしめあった時の事を思い出すと恥ずかしくなってしまう。
あれ以来、時々テオドール様と目が合うことがある。
今まで無表情に近かった彼が、わたしを見ると柔らかく微笑むようになっていた。
笑いかけられて嬉しいはずなのに、わたしは恥ずかしくなって視線をそらしてしまっている。
(わたしは、やっぱりテオドール様のこと……)
彼のことを考えると、胸がどきどきしてしまう。
それと同時に、彼が元婚約者の令嬢のことを今も忘れられないのではないかと考えてしまい、胸が苦しくなった。
(手を、つないだりしてたのかな……)
わたしと手をつないでも、なんとも思っていなさそうなテオドール様のことを思い出す。
そんなわたしのもとに、テオドール様本人が姿を現した。
「一緒に、本の片付けをしないか――?」
そう言って、テオドール様がわたしに手を差し伸べてきた。
ちょうど、彼と元婚約者が手をつないだりしていたのかなと考えていた私は、その手をとるのに戸惑ってしまう。
「どうした――?」
「あの、テオドール様は婚約者のご令嬢と手をつないだりしてたのかな――と……」
彼は不思議そうに、わたしを見た。
「ある――それがどうかしたのか?」
一気にわたしの気持ちが沈んでいった。
「いえ、気になさらないでください――!」
私は結局、彼の手はとらずに仕事に戻ってしまったのでした――。
※※※
わたしが箒で部屋の掃除をしていた時のこと――。
その場に、オルガノさんが姿を現した。
「最近、ぼっちゃんと良い感じですね、アリアさん!」
「ええ!? そ、そうですか?」
わたしは慌てふためいてしまう。
「ええ、ええ、そうです、そうです」
(良い感じに見えているのね――)
オルガノさんに指摘されて、わたしは恥ずかしくなってしまった。
同時にテオドール様と婚約者のことを思い出してしまい、胸が苦しくなる。
「ところで、アリアさん。剣の守護者様の友達の妹さんだったんですね」
オルガノさんに問われて、わたしは頷いた。
「喋ったりしたことあるんですか?」
「――? ええ、わたし、お兄ちゃんにお弁当を届けることがあるんですけど、そういう時に、剣の守護者様が話しかけてくれました」
「ふ~~ん、アリアさん見てて、思ったこと言って良いですか――?」
オルガノさんがにやにや笑いながら話しかけてくる。
「は、はい、なんでしょうか?」
そうして彼はずばりと告げてきた。
「アリアさん、剣の守護者様のこと好きだったでしょう?」
「え、ええっ!!? な、なんでそう思われたんですか?」
「アリアさんの剣の守護者様を見る目なんかでですよ」
(わたしったら、どんな目をしていたの――?)
ドキドキしながら返答することにした。
「た、確かに、昔は剣の守護者様のことが好きでした。だけど――」
わたしがそこまで口にした時、がたりと音が聴こえた。
音の方を振り向くと――。
「テオドール様――?」
黒いローブを身にまとったご主人様が、部屋の扉の前に立っていたのだった――。
彼は何も言わずに、その場を後にする。
「テオドール様?」
何度声をかけても、彼からの返事がない。
(様子がおかしい――)
そう思って、わたしは彼を追いかける。
「テオドール様……!」
結局、わたしは中庭まで彼を追いかけることになった。
この間草むしりをした花壇の付近で、テオドール様は立ち止まる。
わたしの方を振り向かないまま、彼は私にぽつぽつと話し始めた。
「お前の様子がおかしいと思って見にいったら……結局、お前も彼女と同じだ――」
「え――?」
「お前も本当は、剣の守護者の方が好きなのに――私の前では良いように話してきただけだった――結局、お前も私に嘘をついてきた――」
(もしかして、わたしが剣の守護者様のことをなんとも思っていないって、隠してしまったから――?)
わたしとしては、テオドール様に剣の守護者様のことを好きだったと、知られたくなかっただけだった。
だけど、以前、元婚約者である女性に裏切られたように感じたことがあるテオドールからすれば、わたしの誤魔化しを嘘をついたと捉えてしまったのかもしれない――。
「あ――テオドール様、わたし――」
声がかすれてしまう。
テオドール様はぽつりと呟いた。
「――もう良い」
彼にそう言われ、わたしは胸をなでおろした。
(良かった、テオドール様、許してくださったのね――)
だけど、それは私が都合よく解釈したに過ぎなかった。
「もう、この屋敷で働かなくて良い――」
「え――?」
頭を金づちか何かで撃たれたような衝撃が走る。
「もうお前はクビだ……。お前のような主人に嘘をつく使用人は必要ない。金はたくさんやるから――」
「そ、そんな、私は――」
だけど、テオドール様はわたしの言葉をそれ以上は聞いてくれなかった。
「もう私の前に姿を現さないでくれ――」
わたしの目の前が真っ暗になった――。
※※※
――その日の出来事はそれ以上覚えていない。
気づいたら、馬車で街まで送られ、いつの間にか自分の家に帰ってきていた。
家でお母さんの顔を見たわたしは、なんだかよくわからなくて、わんわんと泣き続けたのだった――。
残り数話です。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




