97回目 ミーツ・トーカーミート
さるぐつわをされ吊された豚が何体もいる解体工場。
その中の一体に電気が流され気絶させられ、機械で洗われ首の頸動脈を切られた。
ビクンビクンと痙攣する豚の前に吹き出す血を赤い傘に雨のように受けながら、
彼女ヴァレンタイン(5さい)はいた。赤い長靴とカッパがよく似合う少女だ。
その姿に興奮した彼女が手刀で何度も豚の体を突き刺していると、
豚が突然目を開いて彼女を見た。
驚いて転んだヴァレンタインを見て彼女の父は不快そうな表情を浮かべ
「気絶して無いじゃないか」と言いながら銃を取り出した。
周りの静止も無視して彼は数歩踏みだし、豚の眉間に一発撃ち込む。
脳漿が飛び出しその豚獣人の体の痙攣は止まった。
血だまりをバチャバチャと踏んで彼女は楽しそうに笑っていた。
実は世間一般で知られている食肉は動物ぜんとした豚や牛ではなく、
獣人を肉にしていて、動物は量産コストの悪いカモフラージュでしかないんだ。
ヴァレンタインは精肉会社の社長の娘、
精肉会社は裏で政府と深い関係にあり世界の真実の一端を握る者としての地位があった。
指輪を与えられた者達の子供達と一緒に獣人牧場で狩りをしたりもしたし、
良心の呵責とかも得になく、そういうものなんだし普通だよねと考えていた。
ある日正論ばかり言う友達に少し腹が立って、
お父様に内緒で深夜に友達を解体工場へ連れて行くんだ。
でも途中で誰もいないはずの工場の中に人がいて、
お父様に言われる前に素性を掴んで始末しないとと思い友達を置いて人影を追いかけると、
そこには逃げ出した豚獣人が一人、寒さに震えながらうずくまっていた。
そして彼は「ごめんなさい、死にたくない助けてください」と彼女に懇願するんだ。
獣人が人間の言葉を話すなんて知らなかった彼女は、彼が突然変異かなにかで
とってもおもしろいおもちゃみたいに思えて、こっそり家に連れて帰るんだ。
友達は結局大口を叩いた彼女に何も見せて貰えなかったと学校で言い回り、
学校では不快な気持ちだったが、ヴァレンタインは毎日家に帰るのが楽しみになっていた。
豚獣人はその外見に似合わず実に話し上手で、
獣人の間で語られている物語や出来事は彼女の興味を引いてやまなかった。
「お父様は豚がこんなに愉快なものだなんて教えてくれなかったわ、文句を言わなきゃ」
そんなことを冗談めかして話す彼女を豚獣人がわたふたとなだめるのがとても楽しく、
彼女は思えば自分が誰かとこんなにうち解けた気持ちで会話するのは
初めてだと気付くんだ。
人の温もり感じる人生初めての一時、
「夢のようだわ」と話す彼女に豚獣人は優しく微笑む。
秘密はずっと守っていたが、彼女の父はすぐに彼女の秘密に感づいてしまう。
「ヴァレンタインが肉を食べなくなった」
その一言を聞いて屋敷の使用人達は一斉に屋敷の中を探し始めた。
家に帰ってきたヴァレンタインは彼がいなくなったことに気付き、
必死で探したり使用人を脅したりしたが誰も何も話さず、
彼女には結局父からの
「家に豚が一匹隠れていたから解体工場へ連れて行った」
という一言しか彼女には与えられなかった。
彼女は急いで解体工場へ向かった。
何も知らない従業員は彼女を暖かく迎えたが彼女はせかして工場の中へ。
その中でラインに乗って運ばれる獣人の姿を見て後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、
彼女は解体される個体の識別IDと搬入日のリスト、
そして解体される時間を祈るような気持ちで確認した。
ファイルのある一行を読むと急に彼女の顔から表情が消え失せ、
「帰る」そう言うと彼女は付き添いも断りとぼとぼとした足取りで工場の出口に向かう。
途中で彼の頭の入ったコンテナが視界に入ったが、
あらかじめ心の扉を閉ざしていた彼女はなにも感じず、
ただ扉に鍵がかかった音が聞こえた気がしただけだった。
家に帰った後、メイドの一人がヴァレンタインにお手紙がありますと手渡した。
その差出人を見て彼女ははっと息を飲む。
家に帰った後夕食に出された料理は豚肉料理ばかり、
きっとそれが彼である事は彼女は感づいていた。
目の前でそれを食べる父の雰囲気がいつもと違い和やかだからだ。
使用人達が彼女を気づかい皿を下げようとした時、
彼女はその肉を食べ始めた。
「とても……とても美味しいわ」
そう呟く彼女を一瞥もせず、食事を終えた彼女の父はその場を後にした。
手紙の差出人は豚獣人だった。
彼は獣人に与えられた環境はけして絶望ではない事、
肉にされることはそれが寿命であると覚悟するのが自分たちの常識で
自分の弱さが彼女に迷惑をかけたことをわびていた。
そして自分がもし精肉工場へ送られたとしても、
肉を食べて欲しいと彼は書いていた。
そうすることで生まれてきた事に本当の意味で彼らには価値が生まれるからと。
ヴァレンタインはその夜ベッドの中で一人泣いた。
こんなに寂しい夜は生まれて初めてだと思いながら、
自分のしてきたこと、これからしていくことを思い浮かべながら、夜はただふけていった。




