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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
千の夜と一話ずつのお話
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88回目 死神と歌姫

昔々あるところに生まれつき美しい歌声を持つ姫がいました。

彼女の歌声は妖精や精霊すら魅了し、王国に厄災が起こるたび彼女の歌は人々を救っていました。

しかしそんな彼女の歌声を狙う魔女がいました。

魔女はある日姫の声と自分のしわがれた声を交換してしまいました。


しかし姫はしわがれた声でも魅力的に歌うことができました。

なぜなら彼女は想いを震わせて歌っていたからでした。

魔女は声だけ姫のものになっても歌うことできません。

悔しくなった魔女は姫が二度と声を出せないように呪いをかけてしまいました。


姫が歌うことができなくなり妖精や精霊の力を借りることができなくなってしばらくしてから、王国に疫病が蔓延し始めました。


人々は口々にその原因を荒れ地の果てに住む死神の仕業だと噂しました。

姫は皆の様子をみて死神に会ってみようと思いました。


たどり着いた死神の住処は暗い洞窟の中でした。

まるで蠢く生き物のような闇の中で白骨の姿にぼろぼろの外套を纏った死神が座っています。

その様子は眠っているようにも死んでしまっているようにも見えます。

姫は迷うことなく彼の傍へと歩いていきました。


「それ以上近づくな娘よ、ここより先は生者の踏み込めぬ領域。

 汝らの憎む私はもうすぐこの世から消えてなくなる、汝らの望む通りに。

 だからそっとしておいてくれ」

彼はそう囁きました。


姫は身にまとったローブを静かに脱ぎ、死神は現れた彼女の美しいドレスに驚きました。

「何をするつもりなのだ?」

戸惑う死神を前に姫はドレスの裾を持ち上げながらお辞儀すると歌を歌い始めました。


彼女の失われた声は旋律を奏でることはできません、でも彼女は心を込めて歌います。

その身振りや手ぶり吐息や表情はいつしか聞こえないはずの歌を死神の心に確かに響かせ始めました。

その歌は死神に対する感謝と親愛を歌っていました。

姫は死神を応援するために彼に会いに来たのです。

それは誰からも恐れられる死の番人としてたった一人で王国を守り続け、今も一人立ち向かい続ける彼のための歌でした。


死神はいつしかその骸骨の双眸からポロポロと涙をこぼしていました。

今まで彼を想ってくれた者などいなかった、ましてや彼のために歌まで捧げてくれる者など一人もいなかったのです。


歌が終わり姫が死神に向かい優しい微笑みを向けると、死神はゆっくりと立ち上がり姫を見つめました。

「娘よお前は今まで多くのものを奪われてきたのだな、そして今また大切なものを奪われようとしている」

そう言って死神は暗闇から人の身の丈よりもある鎌を取り出しました。

その刃は大きく月よりも明るく銀色に輝いています。

姫が一呼吸するよりも早く彼はその鎌を姫に向けて振り下ろしました。


洞窟の奥からこの世のものとも思えない断末魔が聞こえたかと思うと泥のように蠢いていた闇が霧のように別れ、吹き込んできた風をうけて跡形もなく消え去っていきました。

姫の体には傷一つありませんでした。死神の鎌が切り裂いたのは姫から彼女の愛する王国とそこで暮らす全てのものを奪おうとしていた魔女だったのです。

死神はずっとその身を邪悪な呪いへと変えた魔女を自分の命を削りながら洞窟に閉じ込めていたのでした。

孤独の苦しみで弱り切っていた彼に呪いを断つ力を姫の歌が与えてくれたのです。


姫と死神を虹色の光が包み込み、驚いた姫があたりを見まわすと彼女たちの周囲は虹色に輝く水晶で包まれていました。

闇で見えなかった洞窟の中は水晶でできた光の世界だったのです。


「私はお前の愛するすべてを守ろう、それが人と私の新たな契約だ」

そう言って差し出された死神の手を姫は両手で慈しむように包み込み、静かにうなづきました。


王国を苦しめていた疫病も収まり、姫の声も少しずつ元に戻り始めていました。

姫は人々や妖精や精霊、そしていつも遠くから彼女を見守る新しい友達のために今日も歌声を響かせています。

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