859回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 628 : 最終手段
フェリスにかなり近づいたのを確認すると、僕は大罪魔法の使用を止めて走って彼を探し始めた。
大罪魔法に彼が巻き込まれないようにする事と、プレイヤーとの戦いに備える必要があったからだ。
しかしこの辺りの土地勘がないのが災いして思う様に彼を追跡できずにいた。
そうこうしている間に地下下水道が爆破され、
それによって道が崩壊し仲間達の退路が封鎖されていく。
おそらく全ての逃げ道を塞いだ後すべてのフレイムサーバントを爆発させ、この街ごと全てを消し去り僕らを全滅させるつもりだろう。
加速度的に味方を逃し切るのが不可能な状況に追い込まれている。
焦りで心が乱れそうになった僕に幻影水晶から誰かの声が聞こえてきた。
それはフレイムサーバントとして敵の手駒にされた獣人達、取り込まれた人々の声なき声のようだ。
無数の声が合わさって彼らに下された命令が幻視の形で僕の意識に流れ込んできた。
そして街の詳細な地形と、フェリスが向かう先も脳裏に浮かぶ。
僕はその声に従って琥珀のダガーを使い、仲間達に新しい逃走経路を示しながらフェリスを追う。
仲間を逃す目処はついたがこのままでは勝ち目はない。
ここで仕留め切らなければ手勢を失った自警団は一方的に攻め滅ぼされる。
なんとかここで決着をつけなければ。
異端審問官のスキルはプレイヤーではない人物を包帯で縛り洗脳、その後フレイムサーバントに変質させ、その炎に感染した相手を使役できる。
フレイムサーバントはまともに戦えばあらゆる攻撃をすり抜ける。
その上触れたものは石塊ですら燃えあがる粘着性のある炎。
紅玉の腕輪で空気から酸素を消して消火は可能だが、この一帯の空気全てから酸素を消すのは負荷が強すぎるから無理だ。
「見つけた」
フレイムサーバントに囲まれたフェリスを発見し、紅玉の腕輪で彼の周囲の敵を倒す。
急いで近寄ろうとするが彼は僕に向かって発砲し始めた。
「うわっ!僕は味方だよ!」
「うるせえ!お前が俺たちを嵌めて殺そうとしてるのはわかってるんだ!
お前が瀑岺会のプレイヤーなんだろ!お前を殺せば全部終わるんだ!」
彼は追い詰められ完全に取り乱してるようだ。
僕は窓から外に飛び出し、フェリスの追撃をかわしながら木を蹴って、琥珀のダガーで生み出した蔓を掴んで通路の逆側に飛ぶと、壁の穴からフェリスの背後をとり彼の首に琥珀のダガーを突きつける。
「これで撃つのやめてくれる?」
「くそっ…殺すなら殺せ」
「味方だって言ってるでしょ」
会話の最中死体が爆発し生じた爆炎を建物の亀裂に生み出した木で通路を崩して封じ込める。
「よそ者ならここの入り組んだ構造の中追いつけるわけがない。俺に追いついたのがお前がスパイの証拠だ」
「ミイラにされたみんなが教えてくれたんですよ」
「……てめえ冗談じゃ済まねえぞ」
フェリスのヤマネコ顔が憎悪に歪む。
ミイラの思念はフェリスのことを教えた、つまり彼と面識がある誰か、自警団のメンバーが含まれていた事になる。
彼はこの戦いで自警団のメンバーが取り込まれる場面をいくたびも目撃したのかもしれない。
感情的になるのも無理はない。
「操り人形になった後も意識があるんでしょう、監視網の穴とあなたの居場所を教えてくれたんです」
そう言って僕は耳につけた幻影水晶のイヤーカフを指で叩く。
「まだ生きてるのか……生きたまま操られてるってのかよ。あいつらを助ける方法はあるのか?」
「プレイヤーを倒せば……でもその瞬間命を失うと思います」
「クソッ」
フェリスは壁を殴り苦悶の表情を浮かべた。
再び幻影水晶からヴィジョンが伝わり、僕は仲間の危機的状況を把握する。
琥珀のダガーで地面に蔦を這わせて重力結界でフレイムサーヴァントの速度を抑えた。
炎はガスの燃焼による質量のある熱波だ、重力で阻害ができる。
しかし急いで這わせるとすると地表に這わせるしかなく、地表の蔦は熱で焼けてしまう。
長くは持たない。
みんな恐怖で混乱して指示を見落としてしまうようになってる。
先導してくれる信用のある誰かが必要だ。
「僕はこれからプレイヤーを倒しに行きます。残ったみんなを誘導して逃してください」
僕がそういうとフェリスは不満げな顔をしたが、僕の体の傷を意識して気まずそうな様子で舌打ちした。
「しかたねぇ協力してやる」
僕は彼が開いてくれた心に幻影水晶でこの先の脱出プランと経路を伝えて、彼の横を走り抜けようとした。
フェリスは僕の肩を軽く叩きぽつりと「死ぬなよ」と口にした。
僕は彼に小さく笑うと先を急ぐ。
走りながら生命力探知をかけて状況を探ると、どうやらフェリスの先導でみんなの動きから混乱が消え統制が戻ったようだ。
みんな彼をリーダーとして認めている、このことをルガードが知ったら喜びそうだ。
僕は幻影水晶でフレイムサーヴァントの中の自我のバラバラになったピースを繋いで人格を復活させ、それを結合させる事でフレイムサーヴァントのコントロールを一時的に封じることができるか試す。
手応えと共に、フレイムサーバント達の動きが鈍った。
僕は被害者達の協力に感謝しながら先に進む。
眼前に現れたフレイムサーバントも動きを止め僕を素通りさせた。
コントロールは封じられる段階に入ったが、配置がまだ悪い。
それに幻影水晶の力では効果範囲が狭く、僕の周辺までしか影響を及ぼせない。
そうこうしている間にフレイムサーバントの動きに規律が戻ってきた、おそらく敵側の構成員による指揮が再開されたのだろう。
「せめてみんなを逃し切る事ができれば……」
そう呟いた時、進行方向の物陰から姿を現したルガードが「時間を稼げばいいんだな?」と言った。
「どうしてここに?」
「フェリスが無茶してないか気になってな、きてみたらお前が無茶してたわけだが」
彼は僕の傷だらけの体を見て苦笑する。
「今すぐに全員屋根の下に避難させろ」
そう言うと彼は地面に黒い球を投げつけ、それが煙幕となり立ち上り、周囲に煙が拡散していった。
僕は自警団のみんなに即座に指示を出す。
煙幕を見たマフィアのメンバーは指示のまえから急いで退避を始めているようだった。
しばらくして雨が降りはじめた。
しかしそれを浴びた敵の構成員達が苦しみ始める。
「雨虫だ、この辺りに生息しているクリーチャーをあの煙幕で呼び寄せた」
オブジェクト化した生物、クリーチャー。
混沌構成物 と同等の力を持つ危険な野生生物。
雨虫の正体はどうやら、雨に擬態した生命体。
生き物の体表に降った後に正体を表し、付着した生き物の体を食べ始めるらしい。
構成員がパニックになり指揮系統が崩れ、雨虫の雨でフレイムサーバントの動きが弱まった間に、自警団のみんなは敵の追跡から大きく距離を離すことができたようだ。
僕は琥珀のダガーを握りしめて腹を括る。
この作戦を始める前にショウはジェノサイドクラススキルや大罪魔法を用いた攻撃で街ごと敵を消し去ればいいと言った。
実際それをするのに十分な力も、街の構造に対する理解もある。
だけど僕は街に残っている生存者のためにそれをしなかった。
でもみんなフレイムサーバントに変えられてしまった。
あとは敵のプレイヤーの位置を把握して、その足元にマイクロブラックホールを作り街ごと消し去れば倒すことができる。
その規模の大罪魔法に僕の体が耐え切れるかは賭けに近かった。
でもやるしかない、僕はルガードと共に敵プレイヤーの元へと急ぐ。
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歩いていく雄馬を屋上から眺める人影があった。
黎雪玲だ。
彼女は銅銭を指に挟み、狙いを定めて雄馬に向かって銃弾のような速度で投擲した。
横から飛来した紙の針が銅銭を軌道をずらし、近くの建物の屋上の一区画が爆弾で吹き飛んだように消し飛んだ。
雪玲は紙の針が飛んできた方角に向けて指に挟んでいた銅銭を全て投げる。
その進行先には紗夜の姿がある。
彼女が片手を袈裟斬りに振ると、その手の指の間に挟んでいた何本もの 折り紙の針 が銅銭を捕らえその全てを弾き飛ばし、針のうちの一本が雪玲の頬を掠めて彼女の背後の壁に刺さった。
「ようやく見つけた、あなたの相手は私よ」
紗夜は雪玲を挑発するようにそう言った。
雪玲は腰に下げていた太極剣を引き抜き、片足立ちで左手を前に出し右手上段に太極剣を構える 独立反刺 の構えを取る。
太極剣の刀身に光る文字が浮かび上がり、雪玲をアバター化させた。
「いいよ、今日ならあんたを気兼ねなく殺せるものね」
雪玲は猟奇的な笑みで紗夜をみる。
殺気が風となり紗夜の長い黒髪と肩に羽織った白い狩衣、そして彼女の黒いセーラー服と赤いリボンを揺らす。
紗夜は涼しげな顔をしながら刀を抜きアバター化すると、雪玲の斬撃に自身の刃で応えた。




