855回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 624:遠い日の記憶
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時は遡り、数年前の日本のとある海上都市。
その都市には二匹の狼がいた。
復讐のために都市に降りて人を殺しつづける狼カルマ。
人狼の自覚なく生きてきた末裔の娘。
買い物帰りに夜道を歩いていた野原ウサギは突然犬を連れた狩人の爺さんに追われて殺されかけ、追い詰められ人狼に覚醒しかける。
そんな彼女を狼男が救った。
狩人を襲撃し何とか撃退に成功した狼男。
彼はウサギに向き直り、生き残りの同族がいたことに喜びながら自分の名前はカルマだと自己紹介した。
ウサギは状況が理解できず戸惑うばかり。
そんな彼女を見て狼男が変身を解くと、そこには見目麗しい美青年の姿があった。
ウサギが彼に見惚れて呆けていると、カルマは無邪気な笑顔を浮かべて彼女の頭を撫で、またな。と言ってその場を後にした
ウサギは夢の中にいるような気持ちでふらふらと家に帰り、シャワーを浴びて眠りにつく。
そんな彼女の夢の中にフードを被った怪しい女性が現れ、自らを占い師と名乗り語りはじめる。
実は彼が人を食い殺していたからハンターが来てウサギが巻き込まれた。
占い師にカルマの目的は命続く限り人を殺すことだと明かされ、このままではウサギもいつかハンターに殺されるか、人としての人生を奪われると警告される。
カルマを裏切り彼を殺す手伝いをするなら人間社会に帰還できるように手助けすると言われ、ウサギは断り、彼女を突き放すと夢から目覚め、朝になっていることに気づく。
しかし公園で喪服を着て佇む友人と出会い、彼女の両親が正体不明の化け物に殺されたと聞かされる。
それはウサギがハンターに襲われたあの夜の事だ、カルマについていた血は友人の両親のものだと気づいてウサギは青ざめる。
友人と別れた後、ウサギは洗面所に駆け込んで嘔吐した。
あの夜、カルマの血の匂いを甘く蠱惑的に感じた自分に、言葉にできない恐怖を感じていたのだ。
ウサギのスマートフォンに着信が入る。
知らない電話番号だったが、ウサギはその電話を取らなければならないと直感し着信ボタンをタップする。
聞こえてきた声はあの占い師のもので、彼女は再びウサギに問いかける。
これが最後です、彼を殺す手伝いを引き受けてくれますか?
ウサギは罪悪感を抱きながら、これ以上人が死なないように占い師の手伝いをすることにした。
占い師の言う通り商業ビルを訪れたウサギ。
そこには高級ブランドショップや映画館などがあり、恋人たちの定番のデートスポットにもなっていた。
ひとりぼっちで黄昏ていると、カルマが彼女に声をかけた。
スーツに身を纏った彼の鍛え抜かれた体はウサギが一眼見ただけで足から力が抜けそうなほど美しく、西洋のファッションモデルのようにも見えた。
なぜこんなところにいるのか尋ねると、カルマがこのビルのテナントの一つでアルバイトしているからだと聞かされた。
このビルで彼は名前が通っているらしく、道行く人から親しげに話しかけられ、彼もそれににこやかに答える。
「カルマはなんで街に来たの?」
人間と親しげな彼にウサギは尋ねた。
復讐をやめさせたらもしかしたら彼も助かるかもしれないと思ったからだ。
うさぎの問いにカルマは悲しげな顔をした。
「人狼族を皆殺しにした関係者を一人残らず殺すためだ」
と彼は人狼の聴覚でしか聞こえない静かな声で言った。
彼は人狼族の最後の一人。
もう滅びてしまう民族なら、せめて家族や友人隣人を皆殺しにした連中を一人残らず殺して死ぬつもりなのだと言った。
彼は焼かれていく里にいた人間の匂いを一人残らず記憶していて、その匂いを辿りこの街に来たらしい。
ウサギは友人の両親を知っていた。
穏やかで優しい人たちだったと記憶している。
たしか父親が民俗学者、母親が文化人類学者だったらしい。
そんな二人がなぜ虐殺の手伝いを?
戸惑うウサギだったが、彼の話のもう一つ気になる点に気づき問いかけた。
「もし私が人狼になってカルマと一緒に行けば、カルマは復讐をやめてくれるの?」
ウサギがカルマと結ばれれば彼は最後の一人ではなくなる。
ウサギはカルマが危険だとは理解していたが、自分を助けてくれた恩と、彼の孤独を救いたいと感じていた。
カルマはその言葉に驚いたが、すぐに悲しげな微笑みを見せてウサギの頭を撫でる。
「お前は人のままでいた方がきっと幸せだ」
そういうカルマの目は自らの死を受け入れているかのように見えた。
そんな中唐突に火災アラームが鳴り始める。
悲鳴を上げ逃げ惑う人々、異常な速さで押し寄せる火の手。
二人は手を繋いで非常階段を上に登り始める。
途中足を挫いたウサギを抱き抱えカルマは全速力で走る。
その速度はどんどん加速して人間離れし、カルマの体が人狼のそれに変化し始めた。
「カルマ!狼になりかけてる!」
「生き残るのが先決だろ」
カルマはそう言いながら崩れる階段を飛び越え瓦礫を避けながら歩みを進める。
迫る火の速度が異常に速い。
カルマはすでに人狼へと姿を変えていた。
目を凝らすと炎の中に巨大な蜂のようなものの姿が見える。
「なにあれ…火でできた蜂?」
そう呟くウサギにカルマは舌打ちした。
「陰陽師が嗅ぎつけたか……好都合だ、返り討ちにしてやる」
ドアを蹴破り屋上に飛び出したカルマの頬を銃弾が掠め、犬が彼の腕に食らいついた。
屋上にあの老人の狩人が待ち伏せていたのだ。
カルマは犬を振り払い、狩人と背面から押し寄せる炎の蜂両方と戦い始めた。
ウサギは苦戦を強いられるカルマを見過ごせず思わず彼を助けようと飛び出す。
瞬間彼女の耳と目が狼のそれに変わり、時間の速度を遅く感じるほど知覚が加速した。
そしてカルマの喉笛を噛み切ろうとした犬にウサギの攻撃が当たる。
犬は次の瞬間内臓をぶちまけて吹き飛び、驚いたウサギが自分の手を見るとそれは異形に変わり、顔についた血の味が甘く、その全てがウサギの頭を真っ白にした。
狩人は動きを止めたウサギの頭を狙い引き金を引く。
カルマはウサギを庇い彼女を抱いて銃弾を交わすが、その隙を突かれ炎の蜂に背中を焼かれてしまった。
叫び声を上げながらもカルマはその場に生まれた隙を見逃さず、屋上から他のビルに飛び移り、建物の間に滑り込むように走って追っ手を振り切った。
廃ビルの中でウサギはカルマの背中の火傷の治療をする。
カルマは怪我の重さから人狼から姿を戻せずにいた。
彼女の頭の中には占い師による彼を殺す手助けをしろという言葉が反芻していた。
占い師の言葉によると初めは火、次は毒、そして最後に水がカルマを殺すという。
そしてそれはウサギがカルマに再会することで彼に感染する災いの呪いなのだと。
ウサギは治療しながらカルマにそのことを打ち明ける。
ウサギはもしかすると私を殺せば呪いが解けるかもしれないという。
「どうせ生きていたって私はもう…」
そういう彼女の首に手を伸ばすカルマ
目を閉じるウサギ
しかしカルマはウサギの頬を撫で、その涙を拭う。
戸惑うウサギが彼を見ると、狼の顔のカルマは不器用にその顔のままでウサギに笑って見せた。
「いいんだ、覚悟してたことだから」
彼はそういうと火傷の痛みにうめき、ウサギは治療の続きを始めた。
あまりに広い火傷だ、治るとは思えない。
その痛ましさの原因が自分であることにウサギは涙を流す。
「ひとりで戦って、ひとりぼっちで死ぬんだって思ってた。だけど今はお前がいてくれるから、だからこれでいいんだ」
そういうとカルマはウサギを抱いて、悲しむ彼女を励ますように頭を撫でる。
「いつも泣いてる妹にこうしてたんだ、人間のやり方を知らないから変かもしれないけど」
カルマの言動一つ一つにウサギは胸が苦しくなり嗚咽を漏らして泣いた。
翌日変身の解けたカルマが熱にうなされていることに気づいたウサギは、煮えた湯で自身の片腕を焼き薬を手に入れるために病院に向かった。
自分の番が来るのを待っていると患者達が次々に倒れていく。
立ちくらみがしたウサギの前に占い師の幻影と毒の災いが迫っていた。
ウサギはなぜ患者を巻き込むのか問う。
占い師はこの都市に人狼の血族が集められていることを話した。
つまり今病院にいるのもみんな人狼の血を引く者達。
海に浮かんだこの都市自体が「まつろわぬ者」達の処刑場なのだと。
ウサギは混乱の最中薬を手に入れるが気を失い、そんな彼女を助けにカルマが飛び込んでくる。
人狼化したカルマに拡散した毒は無力でしかなく、カルマはウサギを連れて逃げ出そうとする。
しかし占い師は毒を集結させ 姑獲鳥 という式神に変えカルマを襲わせる。
姑獲鳥は羽ばたく度に羽から血が飛び散り、その血が当たった場所は黒く変色して泡立ち崩れ落ちていく。
カルマは瓦礫を投げて姑獲鳥の近くの酸素ボンベを爆発させ、その衝撃で自由を失った姑獲鳥を左腕で貫き仕留め、その場はなんとかことなきを得る。
しかしそれによりカルマの左手は毒血に汚染され自由が効かなくなってしまった。
水の災いによりウォーターフロントである都市が崩壊し海に沈められるかもしれない。
それを知った二人は未曾有の惨事を防ぐために動くが、彼らを阻むのは住人達だった。
殺人を繰り返し病院を襲撃したテロリストとして指名手配されたカルマは警察による包囲と銃撃の中で疲弊していく。
この都市を支える柱に向かい、その破壊を防ごうとするカルマの前に、再びあの老狩人が立ちはだかる。
彼は黒い影に溶ける三匹の猟犬を従えてカルマに勝負を挑む。
カルマとウサギは協力してなんとか狩人を倒すが、彼が今際の際に放った銃弾が柱に仕掛けられた爆弾を爆破させ、都市が崩壊し始める。
爆発からウサギを守ったカルマの背中にはいくつも瓦礫が突き刺さり、彼は血を吐きながらもウサギと共に外を目指して崩壊する地下トンネルを走る。
変身が解け弱音を吐くカルマにウサギは君を一人になんてしないと叫び、彼に肩を貸して出口に急ぐ。
背後から濁流、上からは崩壊した天井が迫り、カルマとウサギは最後を覚悟して抱き合いキスをする。
カルマは雄叫びを上げて再び変身すると、降ってきた瓦礫を砕きウサギを出口に向かって投げた。
カルマの名を呼び彼に手を伸ばすウサギ。
そんな彼女の前でいくつもの瓦礫に串刺しにされ血を吐きながら、彼女に最後の笑顔を見せると、カルマは水の中に沈み、ウサギも濁流に巻き込まれて流されていった。
水に沈んでいく都市とカルマ。
目を覚ましたウサギはビルの屋上に流れ着いていた。
生きている人間の気配はなく。
カルマを呼んでも彼の姿はどこにもない。
世界でたった一人になったような感覚に襲われ、途方に暮れている彼女のまえに燐光を放つ魚達がカルマの亡骸を運び、ウサギの背後には占い師の姿があった。
占い師はウサギに彼女の自由を告げる
しかしウサギは彼を一人にしないって約束したからと占い師に襲いかかる
占い師が抜いた刀がウサギを斬り裂き
ウサギの爪が引き裂いたローブが風に舞う
ローブの下には黒いセーラー服を身にまとった漆黒の髪の少女紗夜がいた。
死の間際、人の姿に戻ったウサギの側には安らかに眠るようなカルマの亡骸があった。
ウサギはそんな彼を見て微笑み、その手を握りしめると息絶える。
紗夜は二人の亡骸を見て心痛に顔を歪めた。
しかし彼女は良心の呵責を弱さと切り捨て、被害者の慟哭のような激しい風の中、一人その場を後にするのだった。




