853回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 622:老狼ルガード
アジトは天然洞窟の奥の明らかにスペースの足りていない空間に民間人と自警団たちが入り乱れて生活していた。
換気も十分にできず澱んだ空気の中で生きる人たちの目は暗く、僕たちを見る目は殺気立っている。
聞くところによれば元々この地域と他の人間のコミュニティの関係は良好とは言えず、そんな環境をマフィアと海賊の作る経済活動によって賄っていた場所らしい。
そんな所に人間である瀑岺会の構成員とプレイヤーが攻め込んできた。
その上異端審問官のエゲツないスキルで仲間を洗脳された挙句、人間爆弾にされて。
そこに僕たちが味方ですよとやって来ても、人間しかいないグループを信用するのは無理な話だ。
マフィアが老狼獣人になにか耳打ちしながら僕らを睨む。
こんな条件で老狼獣人が僕のことを信じてくれた理由はなんだろう、おそらくあの若いマフィアの獣人もそれを確認してるんだろう。
老狼はブラドを親指で指すと「奴はナイトウォーカーだ」と説明した。
その言葉に周囲がざわめきだった。
「裏社会をつなぎ瀑岺会に対抗するレジスタンスを指揮してる組織、本当に存在してたのか」
自警団の誰かがそう口にする。
紗夜はそんな獣人達の雰囲気に複雑そうな顔をしていた。
「なにか困り事?」
「少し昔のことを思い出してね」
そういうと紗夜はこの世界に来る前のことを話し始めた。
日本には古代の大和民族に敵対する民族が居て、彼らは狼に変身する力を持つ人間だった。
朝廷は彼らを「罪人」と呼び、大和民族の平和を乱す悪と定め、それを狩人に狩らせ、根絶やしにした。
そのちょうど最後の一族を殺す場所に紗夜もこの国の正義の側で参加していた。
日本狼が滅んだのも罪人の多くは狼に擬態できる個体が多かったためなのだと彼女は言った。
「彼らと会話したことはないんだけれど、きっと今のこの人達みたいに私達を恨んでいたんでしょうね…」
紗夜はそういうと居心地の悪そうな顔をして人々から顔を背けた。
そんな彼女を見て怪しんだマフィアのヤマネコ獣人がツカツカとこちらに歩み寄り紗夜に手を伸ばした。
僕はすかさず間に割って入る。
「彼女今具合が悪くて、話なら僕がうかがいます」
「てめえらの目的を教えろ、何の利益が目当てで俺たちに近づいた」
後ろめたいことがあるんだろ!と言わんばかりに彼は唾を飛ばしながらいう。
その怒気ももっともだ、否定したくはない。
でも僕らのことも信じてほしいし、どうしたものか。
少し考えると閃いた僕は、ヤマネコ獣人にずんずん近づいてキスするくらいの距離で目を見つめる。
「おわっなんだよ…」
彼は僕の行動に驚きたじろいでいた。
その後僕はジト目でじーっと彼の眼を見つめ、そして周りのモンスターたちも見る。
みんなキョトンとしながらその手を守りたい人のそばに置いていた。
僕は確信して笑顔を見せて手を叩く。
「うん、みんな優しい目をしてる。いい人達だ助ける理由決定!」
「何バカなこと言ってやがる!」とヤマネコ獣人は汗をかきながら食ってかかろうとしたが、すぐに老狼獣人が「よせ」と止めた。
「瀑岺会の首領が探してる男がいると聞いたことがある、そいつは人間のくせに大罪魔法を使う魔王候補者の一人でもあるとか」
老狼獣人の言葉に獣人達は息を呑んだ。
やはり彼らにとって魔王候補者はそれほどに大きい存在なのだろう。
「ひとまずこいつらの力を借りる」
「なっ、でもよルガード」
ルガードと呼ばれた老狼獣人は目にも止まらぬ速さでヤマネコ獣人の顎の下に銃口を押し付ける。
「手間取らせんなフェリス」
気押されたフェリスは耳を伏せて「わかったよぉ」と引っ込む。
「妙な動き見せたらその場でてめえらぶっ殺すからな」
去り際に僕を指差しそういう彼に「うん、任せて」と僕は笑顔で答える。
「何がおかしい」
ルガードは銃をホルスターに収めながら聞く。
「みんなを助けることができるのが嬉しくて、へへへ」
そんな僕を見てルガードはキョトンとした顔をして顎を撫でると「妙なやつだ」と呟いた。




