845回目 異端のエクソシスト 血の聖典
835回目 異端のエクソシスト⓪死籠りの繭 の続きです
新人神父のクリフの原風景、それは姉の結婚式だった。
神父の祝福の姿が白く、大きな鳥が翼を広げるように神々しく輝いて。
その場にいるみんなを幸せにしている神の奇跡の体現者に見えた。
クリフは自分もあんな風になりたいと神学校に進み、
実地研修で先輩神父のもとで学ぶことになった。
「なんかすごい寂れた街」
クリフはたどり着いた街でついぽつりと口走り口を塞ぐ。
たどり着いた赴任先の教会をみて彼はまたしても唖然となり
「ずいぶんぼろっちい教会だけど…」と口にしてしまった。
クリフはこれからこの教会で新人神父として学ぶ予定だ、
それなのにあまりに暗い幸先で彼は動揺を隠せなかった。
いやこういうとこでも案外仕事内容は素晴らしくて聖人みたいな先輩なのかも。
そんなことを考えながら教会に入ると、
そこには悪霊化したエクソシストが祭壇に腰掛け酒を飲んでいる姿が目に入った。
「えぇ…?」
クリフはあまりの状況に絶句する。
悪霊化したエクソシストは服装は神父の 黒衣 だが、
ほぼ白骨化したミイラ死体のような風体に顔面に刻まれた刺青が禍々しく、
その相貌にゆらめく青い火は不吉さしか感じない有様だ。
「おーお前が俺の後任か、よろしくな」
彼は見た目とは裏腹に軽いノリで挨拶するとさらに酒を煽る。
彼はブラムスと名乗り、この教会の元神父で祓魔師だと自己紹介した。
酒と不摂生で体を壊し、もうすぐ復活する悪魔を殺す前に死んでしまった。
代理のエクソシストが必要なので死ぬ前に便りを出し、
そして送られたのがクリフなのだという。
「というわけで今日から俺がお前の師匠だ、ビシバシ鍛えてやるから覚悟しろ」
「あっあの、ちょっと待ってください。
あまりに話が急で、それに俺祓魔師の話は断ったはずなんですけど」
動揺するクリフの肩をブラムスががっしりと叩いて掴む。
「ヒィ」
「お前みたいな祓魔師向けの能力持ちが見逃されるわけないだろ。
諦めて悪魔と戦え」
悪霊そのものな外見のブラムスに肩を掴まれるのは、
死体にそうされてるのと同じ心地で彼の苦手なホラーそのもの。
クリフは震え上がりながら「そんなぁ…」と口にした。
クリフには昔から不思議な力があった。
悪魔に取り憑かれた者を見抜く力だ。
悪魔がいくら装おうと、
彼には悪魔に憑かれた者の影や鏡像が悪魔のものに見える。
それだけでなくブラムスが見えてさわれてしまっているのと同様、
浮遊霊や悪霊も見て触ることができてしまう。
そのため幼い頃から有り得難い恐怖体験の連続ですっかりトラウマになり、
神父には憧れているが祓魔師は絶対に嫌だと思うようになったのだ。
そんな彼の願いは脆くも崩れ去ってしまった。
ショックを受け呆然とするクリフを肴に、
ブラムスはカタカタと笑うとまたいっぱい酒を煽りタバコを蒸した。
翌朝、教会内の神父の部屋にシスターがやってきて挨拶をした。
彼女の名はヘレナ、先代の神父の頃からこの教会で働いているらしい。
目の下にクマを作りフラフラな様子のクリフを見てヘレナは
「もーお父さん、来たばっかりの人にいきなり無茶させたんでしょ」
とブラムスに怒る。
姿を隠していたブラムスはいるのがバレて、
スッと姿を表すと肩をすくめて惚けながらタバコをふかす。
どうやらヘレナはブラムスの娘で、クリフと同じく幽霊が見える体質らしい。
クリフは夜通しブラムスに祓魔師としての初歩的なノウハウを詰め込まれ、
必要な道具は彼女に聞けと言われていた。
「という事なのでお願いして良いですか?」
事情を聞きクリフから道具の場所を聞かれ、ヘレナは渋い顔をする。
「お父さんはどう言ったかわからないですけど、
エクソシズムは興味本位で手を出していいものじゃありませんよ」
メッと子供を叱りつけるような態度でヘレナは話す。
「悪魔と戦っていくうちに精神が蝕まれ人格が変わる事だって珍しくないんです。
悪霊と関わるということは心を蝕まれるという事。
お父さんだって悪魔祓いなんてしてなければ
お酒で体壊して死んじゃうなんて事なかったんですから」
「だそうだけど?」
「俺は悪魔の影響なんて受けてない。酒は美味いから飲む、それ以外にあるか?」
そう言いながらブラムスは酒瓶に手をつけようとしてヘレナに手を叩かれる。
「なんか妙に説得力あるんだよな…」
ブラムスのダメ人間具合を見てクリフは肩を落とすのだった。
その後なんとかヘレナを説得したクリフは、
ブラムスのエクソシスト仲間の悪友のもとに向かい、
借金のカタに今使ってる一式よこせと代理で言いに行くことになった。
ヘレナに彼のいる酒場を教えてもらい事情を説明すると、
エクソシストは怪訝な顔をした後に事情を察した。
彼にもクリフのような何かしらの能力があるようだ。
「つまりお前が二代目か、御愁傷様」
そう言って彼はコートの下から十字架、聖水、聖書を取り出し、
最後に物騒な形状の儀礼剣をテーブルに置いた。
クリフは周囲の目を気にして急いでそれをかき集め鞄にしまい、剣をコートの下に隠した。
そんな様子を見ながらエクソシストはため息混じりに尋ねる。
「お前は戦士として戦って死ぬ覚悟はあるか?」
そう問われ目を見られる。
クリフがその言葉に言いよどんでいると、
彼は少しがっかりしたかのように「なるほどなと」と口にした。
「悪魔との戦いは魂の削り合いだ、覚悟のない奴は悪魔に心を食われる。
人生がゴミになる前に荷物まとめて帰るのを勧めるぜ」
彼はそう言うと酒を煽った。
「そうできるならしてますよ」
クリフは愚痴りながらその場を後にした。
教会に戻り部屋に入ると
「お使いご苦労さん、戦利品を見せてくれ」
とブラムスがどこか嬉しそうに言った。
ベッドの上に受け取った物を出していくと、
ブラムスは咥えタバコで鼻歌混じりに物色する。
クリフは手にした聖水をじっと見た後、ブラムスの頭からそれをかけてみた。
「おわぁ、なにするんだ、タバコが台無しだろ」
「悪霊のくせに聖水効かないんですね」
そう言うとクリフはチッと舌打ちした。
「半人前ですらない坊やの除霊が効くか」
そう言ってブラムスはクリフにデコピンした。
「でも帰れって言われましたよ、覚悟のない奴は悪魔に心を食われるって。
ブラムスさんの知り合いにもおかしくなった人がいたんですか?」
その問いにブラムスは「ふーむ」と言葉を濁らせる。
「何人かは、な。だがお前がそうなるとは限らんだろ」
「俺がしたい仕事は普通の神父なんですが」
「仕事が欲しくて神職を選んだのか?ずいぶん要領の悪い生き方だな」
「そんなんじゃなくて」
反論をしようとしたが、
彼が言わんとするクリフの憧れた神の祝福にエクソシズムがあるとすれば、
彼にそれを否定することはできなかった。
クリフは悔しくて唇を噛む。
そんな彼を見てブラムスは優しい表情をした。
「初心を忘れるな、お前の今を作る重要な部分だ。
それさえ無くさなきゃ滅多なことじゃ食われはしないさ」
そういうとブラムスは彼が愛用していたリボルバー式拳銃と、
銀の弾丸の入った弾薬箱をクリフに渡す。
それから二人のエクソシズム活動が始まった。
基本は
・悪霊の詠唱を聖書を持ちながら復唱する。
・聖霊の声を聞く。
・聖水をかけた剣を使う時は聖霊の導きに従って振れ。
クリフはブラムスの指導に従い悪魔と対峙する。
彼は剣を振る経験などないのに玄人みたいに動ける自分に驚いていた。
「 共鳴 だ、万物に宿る聖霊がお前に力を貸す。
初めてにしてはまあまあだな」
ブラムスは満足気にそう言った。
次の仕事では結界を仕掛けた建設中のビルに悪霊の群れを誘導して起爆、
建設中のビルが倒壊し、そのまま悪霊達を一網打尽にした。
「建設中でよかったな、また作ればいい」
ブラムスが迷いなく言う中「そうかなあ?」とクリフは口を滑らせる。
次の仕事では悪霊が融合した巨人が出てきて逃げる羽目になった。
剣は弾かれ聖水は尽き、銃弾も無くなって万事休す。
逃げ込んだ学校でブラムスは少し考えた後
「お前野球には興味あるか?」と尋ねた。
「なんでこんな時に……学生時代に野球してたから多少は」
「ふーむ、まぁ仕方ないそれでいくか」
「自分から聞いといてなんですかその反応」
「とにかくどこかでバットを拾え」
「えーバット?バット……あった!」
クリフは校庭に転がっていたバットを見つけ校舎から飛び出す。
バットは手に入ったが同時に巨人がクリフを見つけてしまう。
「それでここからどうするんです」
「自分の人生にとって重要な意味を持つイコン、
お前が生きる意味を刻み付けたそいつを叩きつけろ。
まぁもっとも半端な気持ちでやってたなら
毛筋も効かずにお前が死ぬだけだがな」
「うぉお先に言ってくださいよ、
プロ選手目指してたわけじゃないんでそんな大業な思い入れないですって!」
巨人の攻撃を交わしながらクリフは泣き言を言う。
「気持ちで負けたら終わりだ、腹括って一発ぶちかましてこい」
クリフは脳裏に一番熱かった試合を思い浮かべる。
点差は3、9回裏の満塁、マウンドに立った時のあのプレッシャー。
クリフの目がギラリと光る。
彼の眼前の巨人、
そのプレッシャーがあのマウンドの時のピッチャーの放ったそれと重なり合った。
「負けるかこのぉ」
クリフは振り下ろされる巨人の拳をボールに見立ててバットで受け止める。
ジャストミートした拳は十字の光を放つ亀裂を作り、
亀裂が巨人の全身に広がり巨人は叫ぶ。
「灰は灰に、塵は塵へと帰れ。アーメン!」
そう叫びながらクリフがバットを振り抜くと巨人は粉々に砕け、
衝撃波で街を闇に包んでいた雲が晴れ青空が顔を見せた。
「ヒュウ、やるじゃないか」
ブラムスはカタカタと笑うとタバコに人魂で火をつけ煙を燻らせた。
青春を思い出し、やり切った感動と共に教会に帰ったクリフにヘレナが詰め寄る。
彼女が言うには壊れた建物の領収書が次々に届いているのだと言う。
ヘレナに押し付けられた領収書の数々を抱えて呆然とするクリフ。
そんな彼を見てブラムスはカタカタ笑うのだった。
その日の深夜、
自室である記者の手帳を眺め酒を飲むブラムスの元にヘレナが現れる。
彼女はクリフがこの先やっていけるのか、
今からでも代わりを呼んだほうがいいんじゃないかと心配する。
「ここに入ってすぐに俺が見えたくらいだ素質はある」
ブラムスはクリフに対する信用を口にした。
ヘレナには悪霊や悪魔が見える。
しかしその理由は彼女が悪魔契約者の末裔であるからで、
彼女は神の奇跡を借り祓魔を行う事はできない。
そしてその事実が明るみに出れば彼女は教団に捕縛され、
以降一生日の目を見ない地下室に封じられるか、
悪くして処刑されてしまうだろう。
その事情があるため、
秘密を探り当ててしまう可能性のあるベテランを呼ぶ事はできない。
この街に起きる怪異の元凶は彼女がその血に受け継ぐ血の聖典、
それを鍵とする地獄の扉がこの街の地下にあることに起因している。
悪魔の復活が迫るほどに街の住人が無意識に悪魔に精神支配されていく。
悪魔が取り憑いた人間の暗躍で神父の悪評を流され、
町中に嫌われ貧乏暮らしを強いられ、
医者からも相手にされずにブラムスが死んだ事。
悪魔側のプライドが高いのが不幸中の幸いで、
クリフを脅威と思っていないから今の所干渉も少ない、
その油断を突いて今のうちに彼を成長させ、
悪魔達を封じるしか勝ち目がない事をブラムスは語る。
ヘレナは複雑な感情を表情に浮かべてブラムスを抱きしめる。
「ごめんなさいお父さん」
「謝るな、お前は何も悪くない。なんとかして見せるさ、俺とあいつでな」
部屋の前で図らずもその話を聞いてしまっていたクリフは、
二人のために力になりたいと密かに覚悟を決めるのだった。
後日クリフは祓魔の仕事中、
誰にも理解できない幽霊や悪霊、悪魔が見えるわかるがゆえに
他者から阻害され偏屈に育った自分の過去を打ち明ける。
「分かり合えるかもって思ってつい話しかけて、関わりを持つことで後悔する。
話しかけなきゃ遠い星を眺めているだけでいられたんですけどね」
「どうした急に、俺はカウンセラーじゃないぞ」
「俺の人となりを知っておいてもらいたいだけですよ」
というのは名目で、
偶然でも彼らの話を盗み聞いてしまった事に対する彼なりの贖罪だった。
それを察してかそうでないか、ブラムスは若いエクソシストに助言する事にした。
「希望なんて持つから絶望するんだ。
期待なんてするな、縋り付くもの全て否定しろ、勝ち取る事がすべてだ」
「聖職者とは思えないことしか言わない人ですね」
「悪魔と渡り合うには弱さは命取りだ、悪魔を殺す神の武器としての自覚を持て」
「神様は祓魔師に厳しいなぁ」
「神は万人に平等だぜ?
生きとし生けるものの成長の為に試練を与えるのさ、それが神の愛なんだとよ」
「笑えない冗談に聞こえますよ」
クリフは悪霊と対決しながら冗談めかして言う。
怯えて精一杯だった以前に比べて、
戦いの最中に軽口が叩けるようになったクリフの成長は目覚ましいものがある。
ブラムスは満足気にうなづくと「同感だ」と口にして悪霊退治に集中した。
しかしクリフの成長に比例するかのように
街の霊障は日を追うごとに悪化の一途を辿っていた。
そんな中、教会から派遣された一人の祓魔師、
通称「悪魔使い」と彼の助手である三人の少女がやって来た。
ルナは無口の人形のような娘。
フレイアはギザ歯のバトルジャンキー。
そしてアマンダは悪魔使いを溺愛する不安定な少女。
三人は本来処刑される予定だった重度の悪魔憑きであり、
悪魔使いレイヴァルトに使役される従者としての関係にあった。
彼らが来てから街には三体の強力な悪魔アモン、エリゴス、マルコシアスが現れ、
それに呼応するようにこの地に封じられて来たクドラクと呼ばれる悪魔達が現れ、
より状況は逼迫していく。
クリフが買い物中に財布がなくて困っていると、
そこに糸目のレイヴァルトが現れ代わりに代金を払ってくれて、
クリフは彼のような親切な先輩が来てくれて助かるなと思う。
彼の連れている少女達の影が皆悪魔の形をしている事を耳打ちすると、
レイヴァルトは一瞬冷たい目でクリフを射抜く。
その後この子たちは俺が保護してるんよと朗らかに説明すると、
三人にクリフに挨拶させてさって行った。
教会に戻った後ブラムスにレイヴァルトの話をすると、
彼は緊迫感のある雰囲気を匂わせた。
クリフがどうかしたかと尋ねるが彼は答えず、その場を後にする。
不思議がるクリフにヘレナは
「自分が祓われちゃうんじゃないか心配なんですよ」とお茶を濁される。
その日の晩、悪霊対峙に向かったクリフの前に悪魔アモンが姿を現した。
アモンは悪霊を貪り食い、クリフに襲いかかる。
クリフはブラムスから悪魔との戦いは避けろと言われていたが、
今までの経験を元にアモンと渡り合い、
行けると確信し街の機構結界により封じて止めを刺そうとする。
次の瞬間何者かの攻撃でクリフは吹き飛ばされた。
クリフが痛む体を抑えて起き上がると、
その目に映ったのは彼を吹っ飛ばした槌を持つ少女とレイヴァルトの姿だった。
悪魔の放つ人を狂わす緋光の中、
レイヴァルトの体にはツギハギにされた傷跡が光って浮かび
それらは彼を縛る禍々しい刺青のように見えた。
「他の悪魔を狩って貰えます?
目標を叩くまでこの子に普通になってもろうては困るんや」
「なんの話を、目標って何のことですか」
「何や、なんも知らんかったんか?
この街の異変の元凶、地獄門の鍵を潰しに来たんよ」
その言葉を聞いてクリフはブラムスとヘレナの話を思い出す。
異端の神、悪魔契約者の末裔のヘレナ。
その血に受け継がれた血の聖典がこの町の地下に眠る地獄門の鍵。
つまり彼らはヘレナの命を狙いに来たのだ。
教会に帰った後クリフはブラムスの名を叫ぶ。
初めて出会った時と同じように彼は祭壇に腰をかけ、
タバコをふかしながら姿を現す。
ブラムスはクリフに「帰れ」と言った。
「奴らが来た以上もう終わりだ」
クリフにはブラムスが絶望に沈んでいるのがわかった。
「汝この門を潜るもの、一切の希望を捨てよ」
クリフが口にすると、ブラムスは「神曲の地獄の門か……」と答える。
「前にあなたは俺に希望なんて持つから絶望するんだって言ったでしょう?
勝ち取ることが全てだって」
ブラムスはクリフを見る。
表情の読み取れない亡骸のそれが何故かひどく悲し気に見える。
「絶望なんてしてる暇はないはずだ、やれることをやりましょうよ」
「だが…」
ブラムスは言葉を濁らせ「下手をすれば死ぬぞ」と続けた。
「あんたに無茶させられて何度死にかけたと思ってるんですか、今更でしょ」
クリフはそう言って笑う。
強がりだ、内心怖くてたまらない。
だがそれよりも今クリフは、
ブラムスとヘレナを助けたいと言う気持ちで胸がいっぱいだった。
大切なものを手放そうとしている友人にどうか諦めないでくれと、
そう伝えたい気持ちだけがあった。
クリフの不器用な真心を感じたブラムスは正気に戻り、自嘲を込めて笑う。
「馬鹿だなぁ、お前は」
「あなたの弟子ですからね、師匠譲りですよ」
クリフはそう言って、ブラムスと固い握手を交わした。
状況は最悪に近い、だがまだ手がないわけではなかった。
幸いまだ地獄門の鍵の正体をレイヴァルトは知らない。
彼がそれに気づく前に悪魔使いの武器を奪うことができれば勝機はある。
悪魔憑きの力、
それは取り憑かれた悪魔の力をそのまま使えるという途方もない能力だ。
街の中に現れる悪魔アモン、エリゴス、マルコシアスは
彼女達を苗床にして影を街に放っている。
悪魔憑きを殺せば対応する悪魔は消える。
しかしそれでは効率が悪いとレイヴァルトが提唱し、
悪魔憑きの娘を保護して悪魔と戦わせている。
レイヴァルトが手首に巻いた鎖と、悪魔憑きの少女達の首輪は、
少女の正気を保ちながら悪魔の力を行使するための 軛 だ。
レイヴァルトの指揮のもと三人同時に繰り出されれば勝つ手段はない。
しかし逆に考えれば悪魔を個別撃破してしまえば彼女達は普通の女の子に戻る。
そうすればレイヴァルトの脅威はなくなるといっていい。
提案するクリフにブラムスは待ったをかける。
「だが倒すと言っても相手は悪魔だ、一筋縄ではいかんぞ」
「アモンは倒しかけたんですよ、
レイヴァルトに邪魔されてトドメはさせませんでしたけど」
「お前勝手に悪魔と戦ったのか」
「しかたないでしょ、貴方がいなくなるのが悪いんです」
「ぐぬぬ、まぁいい。だがまさかお前にそこまでの実力がついているとはな……」
ブラムスは少し考えを巡らせたあと、
ついてこいとある小さな本屋にクリフを連れていく。
その本屋は本の表紙のついたカードをカウンターに持っていき引き換える方式だ。
そこでクリフはブラムスが指示した表紙の描かれた紙を彼の指示した並びで重ね、
カウンターに持って行くと代金の請求後に十字架を見せる。
すると店員はあたりに人がいないのを確認し、カウンターのボタンを押す。
カウンター裏の床に地下に向かう階段が現れ、店員はクリフをそこに案内した。
地下にはどう見ても非合法な銃火器や、
どこかの博物館や教会から盗んできたとしか思えない神聖な武器の数々があった。
この店のオーナーは世界有数の資産家にして武器商人で、
娘が霊障で死にかけた際、教会の命令を無視したブラムスに救われた事から、
彼を影から支える協力者となったらしい。
クリフはブラムスの勧める選りすぐりの武器で武装すると、悪魔狩りに出る。
タイムリミットは夜明けまで。
それまでに決着をつけなければレイヴァルトに対策を取られてしまう。
彼のバックにあるのは教皇庁だ。
対策に出られればいよいよ手の打ちようがなくなる。
ブラムスが不在にしている間に、
彼が行っていた調査で突き止めた悪魔の居場所に向かうと、
そこには悪魔憑きの少女の姿があった。
レイヴァルトはクリフによる妨害を警戒し、
悪魔を対応する悪魔憑きの少女に守らせる手段を選んだらしい。
ルナは礼儀正しく挨拶をすると、
悪魔の翼を広げ「では死んでください」と襲ってくる。
翼から眷属を放ち誘導弾のように突進させてくる攻撃。
翼から口のついた無数の触手による攻撃。
巨腕を出してタンクローリーを投げつけたり、
巨腕による超人的機動で攻撃してくる。
クリフは彼女の攻撃を凌ぎながら、エリゴスの潜んでいる影のありかを推理する。
仮説に従い爆破の炎による光で動かなかった影を見つけ、
そこに剣を突き立てエリゴスを撃破、ルナは普通の女の子になる。
ルナはレイヴァルトに捨てられちゃうと怯えるが、
クリフはその冷たい手を握り締め温める。
何もない場所だけどよかったらうちにおいで。と教会に連れて行き
彼女をヘレナに預けると、次のターゲットの元に向かった。
次の相手はアモン、対応はバトルジャンキーの元気っ子のフレイアだ。
彼女は翼から強風を生み出し飛翔する。
彼女は背負っていた可変式の武器を槍に変え、
縦横無尽にクリフに攻撃を仕掛ける。
その翼の羽ばたきの度に、その場の風がどんどん強くなり視界も塞がれていく。
戦いながら煽る声を頼りに攻撃をいなし、挑発することで攻撃を単純化させ、
風に変化して強風に紛れ攻撃してくるアモンを見抜いて貫き撃破。
次の相手はマルコシアス、対応は様子のおかしいアマンダだ。
アマンダはレイヴァルトのために死ねと叫びながら襲ってくる。
彼女は翼から宙に浮かぶ割れた鏡を生み出す。
自身を映した鏡の前に瞬間移動しながら、狂気的にナイフでクリフを切り刻む。
クリフは戦いながら鏡の位置をずらし、
瞬間移動したアマンダを二重鏡の無限牢獄に閉じ込め封じる。
そして唯一クリフの姿を映さなかった鏡を貫きマルコシアスを撃破する。
アマンダを教会に連れ帰ると、教会にレイヴァルトが現れた。
「やってくれるやないの」
笑いながら言う彼からはひりつくような怒りと殺意が迸る。
「もうあなたには武器はない、引き返してください。この街は俺が守ります」
レイヴァルトはそう語るクリフに昔話をし始めた。
レイヴァルトは幼い頃、
姉と一緒に地元住民に英雄視されていた父の祓魔を見に行った。
その時姉が悪魔に憑かれて父を殺し、そのあと彼自身もバラバラに引き裂かれた。
その後かろうじて生きていた彼に地下墓地から発見された天使の亡骸が移植され、
悪魔狩りに取り憑かれた復讐の天使の魂が彼を現世に引き戻し、
レイヴァルトを復讐鬼へと変貌させた。
「悪魔使いの肩書は僕を縛るための鎖でしかないんよ」
そういうと彼の体に怪しくつぎはぎの傷跡が光始め、
その体に光の紋様が広がると禍々しい堕天使へと姿を変えた。
クリフには悪魔退治の力こそあれ、天使と戦う力なんてない。
かろうじて銃火器で攻撃をやり過ごしながら、
ヘレナと子供達を逃し戦うしかできなかった。
次第に追い詰められ、
クリフを庇ったブラムスがレイヴァルトに消滅させられてしまう。
クリフとブラムスを心配して戻ってきたヘレナはその場面に出会し絶叫、
地獄門が開きこの地に封じられていた悪魔の王、名もなき神が姿を表す。
名もなき神は堕天使化レイヴァルトを圧倒する。
武器もないブラムスもいない、
満身創痍のクリフはただ異形の神を眺めるしかできることはなかった。
ボロボロになったレイヴァルトの元にルナ、フレイア、アマンダの姿があった。
彼女達もレイヴァルトを心配して戻ってきたらしい。
そのことが彼にも意外だったらしく驚いていた。
娘たちは彼を兄のように慕っていて、
それを彼は馬鹿馬鹿しいと一笑に伏していたが、
その目には優しい光が宿っていた。
「おい新人、まだ動けるか」
彼はクリフにそう尋ねる。
クリフは物陰に隠れながらレイヴァルトの元に近づくと、
彼は一枚の羽をクリフに手渡した。
その羽は堕天使に残された最後の信仰心であり、
白銀のように輝く白い羽だった。
クリフは何も言わず、ブラムスから託されたリボルバーを引き抜く。
そしてその弾倉に羽を入れると銃が光輝を放つ異形の形に変貌した。
” 共鳴 ”
クリフはブラムスに教わった言葉を思い出していた。
聖霊がクリフと共鳴し、彼になすべき事を教え、
それを実行しうる力を与えている。
エクソシストは神の武器だとブラムスは言った、
その意味をクリフは身をもって体現していた。
そして立ち上がると、異形の神の禍々しい姿を直視する。
姿を見るだけで生じる破壊的な精神攻撃と幻覚の中、
目を閉じて真実のありかを探る。
クリフの脳内にブラムスとの日々がよぎる、
その最後に彼がクリフを呼ぶ声が聞こえた。
瞼を開くと、そこには宙に浮かぶ赤い光を放つ闇、
目玉まみれの翼の生えた異形の肉塊だけがあった。
彼は迷いなくその中心に狙いを定め引き金を引く。
その直後真っ白な闇が広がり
全身を粉々にされるような衝撃で吹き飛ばされて
クリフは意識を失った。
数ヶ月後。
消し飛ばされた教会が再建され、その様子を見にクリフが訪れていた。
そのそばにはヘレナの姿もある。
レイヴァルトはあの後ルナ、フレイア、アマンダと共に教皇庁に戻り、
教会再建のために尽力してくれたらしい。
全てが元通りになり平穏が戻りつつあった。
ただブラムスがいない、その事を除けば。
クリフはブラムスがいる間は一度も足を運んだことのない彼の墓に訪れていた。
「花よりあなたはこれの方がいいでしょ?」
そう言ってクリフが墓に彼が好きだったスコッチウィスキーの栓を開ける。
あんな消え方をした彼が天国に行けたのか、
クリフにはそれだけが気がかりだった。
でも彼が守りたかったものは守ることができた、
クリフはヘレナの肩を抱きながらこれからも彼女を守る決意を固める。
ウィスキーを墓にかけようとした時、クリフに話しかける声がした。
「おいおい、もったいねぇな。石にかけるくらいなら俺にくれよ」
聞き覚えのあるその声に驚きクリフとヘレナは振り返り、声の主を見て涙ぐむ。
そしてクリフは彼の名を呼んだ。




