842回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 617: 夢幻闘士
「あなたがスキルで街を廃墟に見せていたのね、デュー」
紗夜は僕の隣に座っていた少年に声をかけた。
「やぁ紗夜、久しぶり。少し…事情があってね」
デューは少し影のある笑顔を見せ、紗夜はかすかに表情を曇らせる。
「ローグから何か言われたの?」
「山桐雄馬と戦って殺さなければ、この街の人達を殺すと言われたよ」
デューの言葉に僕は臨戦体制に入る、しかし彼は今の所交戦の意思はないようだ。
「幻覚を見せてる間に襲わなかったのはなぜ?」
僕は気になり彼に尋ねた。
彼はおそらく幻影師のプレイヤーだ。
ティタノマキアのイベントの時、幻影師とコンビを組んだ敵に苦労した記憶が蘇る。
「君の人となりを知りたくなったんだ。とてもまっすぐで優しい音色を奏でる人だね、君はきっといい人だ」
デューは屈託のない笑みを見せる。
演奏を兼ね合わせた僕にはその笑顔に嘘はないのがわかった。
彼は音楽を愛している、きっと彼も優しい人なのだろう。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「ローグは君について言及しなかった、狙われたのは俺の甘さ故だ。自分で街を滅ぼしたというシナリオでやり過ごすつもりだったけれど、彼と演奏してもっといい方法があると気づいた」
デューは僕をまっすぐ見つめる。
「もし俺が倒れても、彼ならこの街の人を悪くは扱わないだろう」
「戦うつもり?」
紗夜は彼を止めて欲しそうな顔で僕を見る。
「やるよ、多分それしか解決方法はない」
僕はそう言ってデューを見ると彼は嬉しそうに柔らかくうなづく。
「奴はごまかしを許す女ではない、連れて行くにしてもこの街の住民は人質にされるか見せしめにされるか。優劣をつけるほかあるまいよ」
ショウは動揺する紗夜を嗜めるようにいう、そして小さな声で僕にお手並み拝見だと言うと怪しく笑う。
僕とデューは表に出る。
デューのトリガーウェポンは楽器のようで彼がバイオリンを構えると、バイオリンに光の文字が浮かび上がった。
デューの演奏が始まると何もない空間からの攻撃が届き始めた。
プレイヤースキル幻影闘士だ。
人型の戦士をスキルで生み出し、幻影で姿を隠しながら攻撃する。
僕は闘士の振る剣の音を耳で聞きながら身を交わして逆袈裟に斬り裂く。
倒した確実な手応え、しかし追撃の音が迫りかろうじて交わす。
足音を聞くと一人が二人、二人が三人。演奏の時を経るごとに数が増えている。
時間をかけるほど不利になる。
僕はデューに迫るため走り出す。
闘士が陣形を組みデューを守ろうと動いた。
僕の直線的な動きを阻止するために動いた彼らの位置は把握しやすい。
僕は音に集中して2体斬り裂き走る。
「残り一人」
そう呟き位置を探るが、デューの演奏が変わり急にぐにゃりと空間が歪んで走ることができなくなった。
「調律の迷宮、このメロディは敵の感覚を狂わせ行動を封じる。君はカゴの中の鳥だ」
僕は迫った剣の音を山刀で払い、幻影闘士の体を蹴ってデューに近づく。
空間は歪められても幻影闘士の体は歪められない。
増殖し迫ってくる足音を頼りに攻撃を交わし、蹴りで応戦しながら宙を走るようにデューへと向かう。
「静寂のメヌエット」
デューがそう口にするとあらゆる音が消え、幻影闘士の位置がわからなくなる。
闘士の剣をもろにくらい吹き飛ばされる。
「ぐぅっ!!」
山刀の腹で防いだから切り傷はないが、この状況はまずい。
「響きのハーモニクス」
デューが言うと音の斬撃がいくつも迫り僕を宙に吹き飛ばした。
「さぁ終わりだ、断罪のエチュード」
デューの周囲の空間が歪む、ジェノサイドクラススキルだ。
空中で身動きが取れない僕に破局的音波の渦が迫る。
僕は琥珀のダガーで生み出した蔓を掴み攻撃を交わすと、種子を投げて木の槍にして応戦する。
「無駄だよ、時のセレナーデ」
投げた木の槍が宙に止まり、それを幻影闘士の剣が粉砕する。
僕はここまでの戦いで奇妙な感覚を抱いていた。
彼との戦いには連弾をしていた時のような一体感がある。
「もしかしたら」
僕は目を閉じて体をリズムに委ねて戦いだす。
「なにをしてるの」
紗夜が驚き声を上げる。
しかし僕は不思議と次に来る攻撃に合わせて自然と動きが重なり反撃を決めながら先に進んでいく。
まるで踊っているかのような感覚。
リズムと一つになる高揚感の向こうにデューの姿が見えた気がした。
闘士を倒しきり音波の無数の刃が迫る。
僕は地面に向けて衝撃波の斬撃を放ち砂煙を起こして音波を可視化、音波を交わしながらデューに肉薄し彼に斬撃を見舞う。
彼は音波のバリアフィールドを生み出し山刀を弾き、背後から生み出された幻影闘士の攻撃が迫る。
僕は足捌きで身を伏せながら背後からの斬撃を交わして幻影闘士を斬り裂き、そのまま回転を加えた斬撃を放つ。
バリアフィールドを中和する逆位相の波を衝撃波を纏わせた山刀がデューを袈裟斬りにする。
致命の一撃が入った手ごたえ。
彼のHPはあと僅かだ。
デューはゼロ距離で断罪のエチュードを放つ。
僕は瞬時に彼の背後に回り込み、デューを一刀に斬り伏せた。
瞬間彼の幻覚は完全に解けて、ゴーストタウンだった街が息吹を取り戻す。
「ああ、やっぱり。君とのデュエットは心が躍る」
デューは心から満足気にそう言うと脱力し地に伏せた。




