839回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 614: 願いを砕く者
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紗夜が元の世界にいた頃。
彼女は学校に通う合間も忙しく祓魔業に駆り出されていた。
なんて愚かで醜い生き物なんだろう。
仕事の度に紗夜はそう思う。
狂ってしまえ、壊れてしまえばいい。
彼を騙して横に居座る邪魔な女、お前さえいなければ、お前さえいなければ。
お前なんて狂って害獣のように駆除されてしまえばいい。
呪詛の解析をしていると必ず呪いの主の意思が伝わってくる。
本人には切実なのだろうが他人からしたら聞かされるだけうんざりする様な悪質な悪口の様なものだ。
紗夜はため息をつきながらも手慣れた手つきで印を結ぶ。
彼女の耳に聞こえ始めた無数のざわめきの中に小さな鈴の音が響く。
「掴んだ」
彼女は呪いの正体を解析し、それを陰陽の回路に組み込むことで新しい呪いとすることができる。
四方に貼った札が黒く焦げていくのに合わせ、呪詛の塊が黒く焼けこげ、呪いの主人の顔を見せた。
彼女は紗夜を憎々しげに睨みつける。
「憎いでしょうけどね」
彼女は呪いに苦しむ女の子と、彼女を心配して付き添う青年の姿を横目に見ると刀を抜く。
「あなたは境界線を越えた」
彼女がそういうと
『悪は裁かれなければならない』と妖刀が囁き、彼女の体から生気を一気に吸いあげ、紗夜は少し苦しみの声を上げながら女の子に取り憑いた呪詛を両断する。
遠くで呪詛を返された主の命の火が消えるのを感じながら、紗夜はまた自己嫌悪する。
他者の痛みに寄り添うこともできず、こうして平気で人を殺す。
優しさの欠けた自分には幸福なんて得られようはずもなく、ふさわしくもない。
目覚めた女の子と青年が涙を流しながら抱き合い喜び合って紗夜に礼を言う。
その光景に複雑な感情を抱いたまま、彼女はいつものように仕事上の義務的な笑顔を見せる。
彼女は他の生き方を知らず、また許されることもなかった。
ただ人の世の仕組みの上で、正義の執行者として生きるしかなかった記憶。
それは消えない鎖の様に紗夜の心を縛り、彼女の自由を奪う呪いのような物だった。




