838回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 613: 双月の夜
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荒れ果てた街を見て紗夜が憂鬱そうな顔をしているとショウが声をかけた。
「瀑岺会に攻め落とされた場所は程度に差はあれ皆こうなる、初めて見るのか?」
彼の言葉に紗夜は複雑そうな顔をした。
「ソウハはプレイヤーを救ってくれる、それは信じているけれど。彼の支配がこんな形になるなんて」
「信じるのは構わないが、考えることをやめるのは阿呆のすることだぞ」
ショウはそんな紗夜を嘲笑うように言う。
「真実であっても多数が不都合だと思う情報なら握りつぶされ、耳障りのいい虚言を印象で装飾したものを信じようとする。それがいわゆる迷信というものだ」
正義の執行者の血筋に産まれた紗夜には馴染みのある話だと思った。
善悪はそれを受け取るものの都合の良し悪しでしかなく、自身の利益を最大にするために流された結果人は過ちを犯すものだ。
「でも何かを信じなければ前には進めないわ」
「進歩とは行動の先にしか存在しない。盲信は依存であって行動ではない、他者に依存し支配して強請るだけの豚どもにはこれがお似合いの光景だ」
ショウは汚物を見るような目で不快そうに街を眺めながら言う。
紗夜はそんな彼に酷く潔癖な面を見た。
「この国の住民どもは醜い豚だ、ゆえに虚実を信じ印象に操られる。瀑岺会は豚の新しい飼い主にすぎない、効率を重視すれば豚小屋は糞に塗れる、それだけの話だ」
志の高さくる不寛容、傲慢とも思える高潔、正義を信じていた頃の自分のようで紗夜は顔を 顰 める。
それと同時に自分の中の小さな変化も感じていた。
以前の彼女ならこの状況でもソウハを信じ切っていた。
今の彼女にあるかすかな迷い、それはソウハを知るために近づいた雄馬による影響なのかもしれない。
それこそがソウハが雄馬に固執する何かの正体なのかもしれないと彼女は思った。
「あなたもソウハを知るために彼に近づいたの?」
ショウは何も答えないまま、感情のない透明な表情で紗夜を見下ろす。
無機質で冷たいそれは微かな殺意を隠している。
紗夜は彼がソウハに関する何かのために雄馬に近づいたことを悟る。
「雄馬にはまだ用があるの、それまではおかしなことはさせない」
ショウは「できるものならやってみろ」と言うように彼女の言葉を鼻で笑い去っていく。
紗夜はショウから雄馬を守ると言う新たな決意と共に、自らの中に芽生えかけている雄馬への感情に戸惑っていた。




