833回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 610: ショウ・タイフォン
風を切る音が耳に入り僕は咄嗟に背後に跳躍した。
僕のいた場所を何かの影が横切り、ショウが僅かに腕を動かすとなんらかの攻撃が僕を追跡する。
紗夜は彼がもう一方の腕から繰り出した攻撃の対応をしている。
彼の武器が見えた 縄鏢 、紐の先にクナイのような鏢という刃を取り付けた暗器だ。
僕は壁を走り攻撃を交わしながら彼に蹴りを放つ。
ショウがもう一方の手から放った縄鏢の刃がそれを阻み、僕は身を翻して背後からの追撃をかわす。
刃を交わしたはずが僕の皮膚が瞬時に弾け飛び、紗夜も彼に倒され気を失っていた。
驚くまもなく追撃が迫る。
体制も立て直せてないっていうのに。
僕は一呼吸の間心の中で呟きながら慣性を踏み台にして体を宙に浮かせ、回転しながら攻撃を避ける。
ヒュウッ。
と風切る音がよぎるとまた皮膚が爆ぜる。
ああ、これは違うな。
僕は音と状況から彼の獲物が縄鏢ではないと理解する。
地面についたつま先を蹴り床を滑るように走ると、迫り来る刃に向かい衝撃波を乗せた山刀の斬撃を見舞う。
斬撃の軌跡が爆風の壁となり縄鏢の刃を粉砕すると、その縄に巻きついていた細い銀色の線が一瞬光って解けた。
やはり。
彼の獲物はこの銀の線、斬糸鋼線だ。
縄鏢の刃とロープはブラフ、そちらに意識を向けて回避すると斬糸鋼線がこちらの体を斬り刻む。
「わかったところで避けられまい」
彼は息も切らさず涼しげに言う。
ヒュウッ。
耳に聞こえる音を頼りに見えない鋼線が僕の首に巻きつこうとしているのがわかった。
音と敵の目標を頼りに見えない鋼線を山刀で薙ぎ払う。
首の皮が一枚、何筋かの血の線を引いて切れる。
鏢が解け全方位から鋼線が迫る中、僕はあえて彼に向かい全力で飛び込む。
衝撃の大罪魔法を乗せた山刀の一振りで爆風を起こし鋼線の結界を乱すとさらに踏み込み。
先端に集中させた衝撃波を彼の首元に突きつける。
僕の一撃は彼のHPを奪い取り、切先が彼の首皮一枚に食い込む。
しかし同時に鋼線が寄り集まって刃となり、僕の胸の辺りに突きつけられていた。
彼の武器はプレイヤー能力に依存しないらしい。
「お互い殺す気ならどちらが先に死んでたかな?」
彼は涼しげに不敵な笑みを浮かべて言う。
表面に出そうとはしていないが、その氷のような冷静さの奥にどす黒く煮えたぎる憎悪を感じた。
「理解いたしました。どうぞおやめください、我々は敵ではありません」
老人はそう言うと僕たちを嗜める。
「ここからが面白くなるところだ、水を刺されては困るな」
ショウは不満げに言う。
「噂に聞く大罪魔法、それを振るう姿を見られた。それで十分証拠となりましょう、何卒」
老人が彼に懇願するようにそう言うと、彼は肩をすくめてフンと呟き獲物を収める。
「やれやれ、肝を冷やした…」
僕はため息をつきながら山刀を鞘に刺す。
そんな中、ショウはその状況でできる僕の殺し方を幾つか殺気で示し、僕はそれに対して脳内シミュレーションで全て捌き切り納刀を終えた。
それを察した彼は僕を見つめながら凶刃の様な危うい笑みを浮かべていた。




