825回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 605: 瀑岺会
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雄馬たちが移動している頃、彼らが向かうディアロボスの議会堂に集まる者たちがいた。
そこは真昼だというのに薄暗い場所だった。
窓辺に座る一人の少年を中心に彼らは集まっていた。
彼は窓際に座り外を眺めている、それだけなのにまるで玉座に座る王の様に見えた。
彼にはそこにいるだけで他者を支配する魔性のカリスマのようなものがあった。
「なんでソウハがいる場所ってこんな日の入る場所で真っ昼間でも暗いんだ?」
集まったものの一人、粗野な服装の男が言った。
「彼の存在を混沌のエネルギーが恐れているのかもしれません」
眼鏡をかけた学者風の男が興味深げに返す。
「人の思念が鏡写しみたいに混沌の渦から漏れ出て、それが俺たちの世界の太陽の光みたいに世界を照らしてるんだっけ?」
あどけない少年が学校で教わったことを復習するように聞く。
「こっちで暮らして何年にもなるけどまだしっくりこないわね」
道士のような服装の少女が肩をすくめながら言った。
「プレイヤーである俺たちはいわばこの世界にとってバグみたいなもんだ、異物なんだから馴染めるわけがない」
真面目そうな青年がこの世の全てを嘲る様に口する。
「って事はさー。ソウハって異物中の異物なんだ、世界に拒絶されるほどの」
少年が言うとその場に緊張感が走る。
彼は悪戯っぽく笑いながら、ソウハの反応を見ようと彼を見る。
しかし依然とソウハは窓の外を見つめたまま、少年には興味を示さない。
少年はプレゼントを奪われた子供の様に不満げな顔をしてチェッと言った。
「言葉を慎みなさい、これは畏怖です」
学者風の男がソウハに心酔する様に言った。
「混沌のエネルギーでさえ敬い恐れる、彼こそがこの世界を真に導ける存在である証」
彼はそんな存在のそばにいられる自分に酔う様に、うやうやしく口にする。
その場の大半のメンバーが嫌そうな顔をするが誰もがその話を否定できない。
みな何かしらの形でソウハの存在に救われ、彼を象徴とした瀑岺会という組織の一部であることで居場所を得た者たちばかりだからだ。
混沌のエネルギーがそうである様に、その場にいる誰しもがファンソウハという少年を恐れながら惹かれていた。
彼らにとってソウハという存在はこの世界で生きる上においての希望そのものだ。
しかし彼はその場の誰にも興味を示さずただ窓の外を眺めるばかり、その視線のいく先が山桐雄馬という一人の男にしか注がれていない。
その事は今の彼らにとって微かな不安と不満を抱かせるには十分な状況だった。
そんな中、一人涼しげな顔で彼のそばに立ち、資料を読み耽る女性がいた。
美しいその顔は不思議と性別と年齢の特定が難しい顔立ちをしている。
美しさとはその時代における平均値に近い顔がそう評価されるという話がある。
その理屈で言えば彼女の美しさはどこにでもありどこにもない究極的な無個性と言えた。
すれ違っただけでは彼女の顔を記憶できるものはいない、天使の相貌とかつて彼女をそう呼んだ者もいた。
彼女の名はローグ、伝説に謳われた暗殺者集団不浄なる刃の次期頭首に目されていた女だ。
「でもさーなんでこんな場所で集まんの?ここって商人王だかがやろうとしたハリボテの民主主義の象徴だった場所でしょ」
張り付いた空気を変えようとチャラチャラした服装の男がニヤつきながら言う。
「たしかにマフィアが支配する汚れた街には不似合いな場所だ」
無骨な男が自嘲にも似た声色で言った。
「だからここが良い」
ローグが口を開くと皆彼女の言葉に耳を傾けた。
「新しい秩序である瀑岺会がここを正しく機能させる事で民衆は理解する、本当の統治者が現れたのだと。その後に存在するのは憧れにも似た象徴への畏怖と確固たる忠誠だ」
「だってさ、あんたはどう思う?」
その空気を嫌ったチャラチャラした男がソウハに尋ねる。
彼は何も答えない。
「興味ないってさ」
男はニヤつきながら言うが、ローグははなから理解していたかの様に歯牙にも掛けない。
「山桐雄馬、どんな奴なんだろうね」
誰ともなく言ったその言葉にその場の全員が、その場にいるもので唯一雄馬と会った少年を見る。
少年はさぁねとジェスチャーする。
「真面目ぶったつまんない男だったよ、なんでソウハがそこまで気にかけるのかわかんない」
「誰にもソウハは理解できない、彼は常に手の届かないところにいるから」
ローグは機械的に淡々と言った。
「君も随分ご執心だ、恋愛感情でもあるのかな?」
学者風の男が彼女の出方を探るかの様に言葉を放つ。
「私はシステムだ、この国に秩序をもたらすためだけに存在している」
彼女の機械的な表情は理由さえあれば躊躇なく対象を殺す凶器のそれに似ている。
それは生物に本能的な恐怖を感じさせる死そのものの化身の様にも見えた。
その場にいるソウハ以外の全員が彼女を恐れていた。
プレイヤーである彼らにとってただの人間である彼女は敵ではない、頭では理解しているはずなのに。
「さすが仲間を殺して身売りした人は覚悟が違うねぇ」
強がり混じりにチャラチャラした男は憎まれ口を叩く。
しかしローグは何の感情もない無機質な視線を彼に向け、その得体の知れなさに彼は口をつぐみそっぽを向いた。
「もうすぐ彼が来ますよ、ソウハ」
ローグがソウハに言う。
ソウハはただ外を眺めるばかりだが、彼の心情を表すかの様な一陣の風が吹き、一瞬彼の口元が笑みを浮かべた様に見えた。




