824回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 604: 商人王ニルバ
時間があるのでマックスに集めてもらったムカルム商国とその王ニルバについての経歴を読み返す事にした。
ムカルム商国は古くはアカバと呼ばれかつては隆盛を極めていたが、いつしか国は別れて衰退。
アカバの名を残したこの国は周囲を勢いのある武装国家に囲まれ、略奪を繰り返され貧しい国に落ちぶれていたらしい。
そんな中に商人のニルバが現れ、アカバの国の機能をになっていた全てを買収。
その後国名をムカルムと変え、ここを拠点に貿易で莫大な資産を形成。
周辺国の経済の要所としてのポジションも獲得。
いつしかムカルムは商人の聖地となり商国と呼ばれ、ニルバは商人王と呼ばれるに至った。
国家を成立させる三大要素は領土、国民、主権。
それを担保するために政治力と軍事力が必要になる。
ムカルム商国は商人の商売力を軍事力の代わりに、商談力を政治力の代わりにしている国のようだ。
「そんな相手とこれから話をしないといけないわけか」
正直ちょっと気が重い。
瞼もなんだか重くなってきた。
あっこれ寝ちゃうかも。
僕は急に襲ってきた眠気と闘いながらニルバを待った。
---
--
-
うとうとしていると、ふっと腰掛けていた椅子がふかふかの極上な椅子に変わった。
顔を上げると自分が豪華な貴賓室のような場所にいることがわかった。
僕の目の前には大きなテーブル、その向こうにたぬき獣人の中年の男が腰掛けていた。
ふわふわもこもこながら威風堂々とした雰囲気、商売繁盛のために置かれるたぬきの置物にも似ている。
どことなく憎めないひょうきんさすら感じる風体だ。
人間の国の王様がモンスターなんて事あるだろうか?
それに彼の雰囲気は堅苦しい王様というより親しみやすい道化師のそれに思える。
「意外かもしれへんけどワシがムカルム商国の代表やらせてもらっとるニルバ言います、よろしゅう頼んまっせ雄馬はん」
コテコテの関西弁でニコニコとニルバは言った。
「いきなり呼び出してすまんなぁ。あんさん時間もないようやし、確実な契約のが話も早いやろ思うてな」
僕が反応に困っていると彼は言葉を続けた。
ニルバが手を一つ叩くと、僕の前に数枚の契約書とペンが現れた。
契約書にはこちら側の会社の仕事内容について、関係者しか知らないことまで書かれている。
こちらの状況はリサーチ済みということらしい。
おそらくここは混沌兵装みたいにオブジェクトを組み立てて生み出した空間。
双方に商談したいという意思があれば呼び出せるのだろう。
そしてその意思をもとに絶対に破れない混沌侵蝕を交えた契約を結ぶ場所の様だ。
「ロアノークのディオニスはんにうちらとの有利な通商契約結ぶのを条件にあれこれ約束されはったんやろ?」
「そこまでご存知でしたか」
「この国はこの周辺地域の経済の心臓部。つまりワシらと契約すればこのあたりの支配権に近づけるっちゅーわけや」
彼は困った顔をする。
「今ワシらが抱えとる問題についても聞いとるやろ?」
「瀑岺会がムカルム内で支配域を拡大してる、という話ですね」
「せや、プレイヤーばかりで構成した連中は軍隊を使っても対抗できへん。その上で連中はこの国の在り方を自分達中心に書き換えていっとる、この国の現状は生きたまま解体されるまな板の鯉っちゅーとこなんよ」
「僕達は彼らに対処する為に来ました」
「対処すると契約しシラクスを救う為に、やな。でもなぁ、あんさんには悪いんやけどワイはロアノークとの契約は断らせてもらうで」
「なぜですか?」
「ワイらは瀑岺会と戦う気はあらへんねん、勝ち目あらへんさかいな。もちろん屈服もせぇへんよ、そのためにロアノークとの契約は結べへんのや。そんな事しとったら瀑岺会の対処で疲弊したこの国をロアノークに食われかねへん」
彼の話を聞いて僕はしまったと思った。
ディオニスはそのつもりで僕に契約してこいと話を振ったようだ、ムカルムを落とす為に。
「ちょっと予定外だ、困りました。というかほとんど鉄砲玉みたいな立場ですね僕」
「せやろなぁ、あの野郎め文句言ったら丸め込まれたほうが悪いとでも言いそうやで」
ニルバは苦笑いしながら言った。
「そこで代わりの提案なんやけど、シラクスにムカルム商国が支援するという条件はどうやろ。
武器や物資だけやあらへん、付き合いのある国から増援を送ることもできる。
代わりにあんさんの会社にムカルム商国も一枚噛ませてくれへんか」
たしかに悪くはない話だ。
宝輪はロアノークにはなく、シラクスの支援にはなる。
でも現状のムカルムにできる支援ではシラクスの死期を先延ばしにする程度に過ぎない。
あくまでベター、それではシラクスも救えず宝輪にも手は届かないだろう
「僕に必要なのはベストです」
そう言って僕は契約書に条件を書き足し、サインする。
「これがあなた方の武器になる」
そう言って契約書をニルバの眼前に滑らせた。
契約書を見たニルバは目を丸くし、全身と尻尾の毛を膨らませた。
僕が書き足したのは僕の会社と金融インフラの全権利をムカルム商国に渡すという一文だったからだ。
「金は力です。
金融システムにより加速した経済の力を得たムカルム商国は瀑岺会に対抗するための多くの選択肢を得る。
このシステムは関係国にも拡大可能だ、そこで加速した経済から利潤を得れば瀑岺会に対処する為に十分な資産を得られる。
それに僕らにはプレイヤーと戦う十分な力がある。そんな僕らと共に瀑岺会に立ち向かえば、これは貴方にとって現実味のある商売になるはずだ」
「まさか全部この時のためにお膳立てしたゆうんか」
「瀑岺会の代表は僕の古くからの宿敵でして、これくらいの準備は必要になると考えていました。
あとは貴方の返答次第です」
「わははは!!」
僕の言葉を聞いたニルバは愉快そうに大声で笑った。
「条件を出してサインを迫るつもりが立場が逆になってもうとるがな!
なるほど商人相手の話し方をよく知っとりますな、若いのに大した悪党や」
そういうニルバの顔は確信を得た様にニヤリと笑う。
「よろしゅうおま!この博打ワイも一口乗らせてもらいましょ。
この商人王を丸め込んだ男の策略なら旨みはありそうや」
そう言ってニルバがサインすると、僕の右手に契約の証の金の指輪が現れ、部屋の景色がぐにゃりと歪み始めた。
「魔王候補者山桐雄馬、お手並み拝見といかせてもらいますわ」
信頼した温かな笑顔でニルバは僕を見送り、瞬きをすると次の瞬間僕は自室に戻っていた。
夢の中の出来事だったんだろうか?
そう思って右手を見ると、契約の指輪が光っていた。
商人王との契約は無事結べた様だ。
「さてここからが大変だ」
僕は伸びをすると窓を開けて夜の空気を吸う。
港街の景色を眺めていると、夜遊びから帰ってきた仲間達が僕の名を呼び手を振った。
翌日、ニルバが手配した馬車が迎えにきて、僕らは瀑岺会が支配権を広げているエリアに向かった。




